番外1912 秋の湖にて
さてさて。獣王継承戦の見学と、イングウェイ王の獣王即位への立ち合い、エインフェウスの面々と交流を経てからフォレスタニアに戻ってきて、イグナード公を歓待しつつ、一夜が明けた。
北方への旅の空ではあったが向こうが取り立てて寒いと感じるようなこともなく、念のために循環錬気で確認してみたが、みんなも体調を崩したり等はしていないようだ。
「子供達もみんな体調は良いみたいだね」
「それは何よりだわ」
循環錬気を一通り終えて、ベビーベッドの上で上機嫌に微笑んでいる子供達を撫でたりくすぐったりしてあやしながら言うと、クラウディアもにこにこと微笑んで応じる。
成長の度合いはどうかと言えば……誕生日が早めのオリヴィア、ルフィナとアイオルト、エーデルワイスは生後から半年も過ぎ、段々と歯も生えてきた。
「少しずつだけれど、喃語の種類も増えているわね。良い傾向だわ」
そう言って笑うローズマリーである。喃語というのは……赤ちゃんの話す子音混じりの言葉だな。もう少しするとそこに赤ちゃんの意図したいこと、意味も伴ってきて、更にママ、パパといった単語を発するようになる、とのことだ。
「寝返りやお座りもするようになってきましたから、身体の成長も順調ですね」
「良い事だね。言語の発達もそうだし、身長も体重も伸びてるから安心するよ」
そう言うとみんなもにこにことしながら頷いていた。勿論、ロメリアとヴィオレーネもきちんと成長している。獣人とラミアの子は少し成長が早いようだから、案外先に生まれた姉達に追いついてくるかも知れない。そんな調子で日々成長して驚かせたり笑顔にさせたりしてくれる子供達である。
だが、もう少しするとハイハイもし出すと思われるので注意が必要だな。行動範囲が広がるからきちんと見ておく必要があるし、誤飲や怪我をしないようにしておく必要もある……と。まあ、その辺はハイダーやティアーズ達に見てもらったり、フロートポッドに落下防止機能をつけたりと、色々と対策をしてはいるのだが。
「ふふ。テオドール君が色々と先回りして危なくないようにって考えてくれるから安心よね」
「ん。細やかで良い事」
そう言ってハグしてきたりするシーラである。イルムヒルトもそれに続いたりして。そんな調子で朝目を覚ましてからみんなとスキンシップをしたりしてしまった。
さてさて。今日の朝食は迎賓館の食堂にてイグナード公やアドリアーナ姫、エリオット達と一緒にとる予定だ。その際にエリオットの子であるヴェルナーの体調も確認させてもらうというのが良いだろう。
「――ヴェルナーも元気そうだね。これなら旅の疲れで体調を崩すなんてことはなさそうです」
「ふふ、安心しました。ありがとうございます」
食事の前に顔を合わせたエリオット夫妻と共に、ヴェルナーの体調を循環錬気によって確認すると、カミラがエリオットと笑顔を向け合っていた。そんな様子にイグナード公やアドリアーナ姫も表情を緩めている。
そうしていると配膳も終わったので、みんなで談笑しながらの朝食である。
「今日は何をしたいなどの要望はありますか?」
「そうさな――。船もあるようだし、湖の方をのんびりと周遊したいとも考えておった。メルヴィン公の新居にも挨拶をしに行きたいところではあるな」
イグナード公が応じてくれる。
「では、メルヴィン公のところにも先ぶれを送り、訪問に都合の良い頃合いを確認しておきましょう」
「おお、手数をかけるな」
「いえいえ」
イグナード公に笑って応じる。王位が長かった者同士、イグナード公とメルヴィン公は色々話題が合いそうでもあるしな。王位を退く前から交流もあったし。
そんなわけで朝食の席も和やかに進んでいったのであった。
食事が終わってから船着き場に場所を移した。まずは食後のお茶や菓子などをのんびりしてからのボートでの湖遊覧を予定している。
イグナード公の来訪と滞在を歓迎しているのだろう。マギアペンギンやカーバンクル達がやってきて、イグナード公のところに挨拶しにいったりしていた。マギアペンギンの雛やカーバンクルの子供達の様子に、イグナード公も表情を緩めている。
「可愛らしいものだな。森都の子らを思い出す」
子カーバンクルを頭に乗せたマギアペンギンの雛。そんな子供達が寄り添ってくるのを、大きな手でそっと撫でたりしてイグナード公が言った。
「みんな割と人懐っこいですからね。カーバンクルの子らは相手次第では近付きませんが」
そう苦笑する。カーバンクル達は感覚的に嘘を見抜くからな。相手に不信感を覚えると近付かない。その点、イグナード公は武人タイプでカーバンクル達としても安心しやすいタイプなのではないだろうか。
「ふわふわしていて可愛いですね」
「冬場は温かくて良さそうだわ」
オルディア、レギーナ。そこにシャルロッテも混ざってうんうんと頷いたりして、マギアペンギンやカーバンクル達と触れ合っている。マギアペンギンは何というか、親しくなった相手にぴったり寄り沿うような習性だからな。雛の頃からそれは変わらない。シャルロッテもご満悦だ。
そうして触れ合いやお茶、茶菓子を楽しんでから頃合いを見て湖の遊覧に出かけた。
フォレスタニア城の船着き場にある船は……まあ、ちょくちょく実験というか改修もしていたりする。遊覧用でそこそこ大きく、みんなで乗り込んで寛いだりできるし、バブルシールドを形成し、湖底まで乗ったままで移動できる。
舟底がグラスボート仕様になっていて、船内にいながら水面下の様子を眺めたりもできるな。船の動力は東国との交易に使っている舟、ヘリアンサス号と同じ水流操作のパネル形式と、ゴーレムの船頭が漕ぐ形式、両方を選べる。
前者の水流推進なら水上、水中問わず高速で動くことができ、船頭ゴーレムなら低速で風情のある遊覧を楽しむことができる、というわけだ。
今は船頭モードで、オールを使ってのんびりと船を漕ぎながら雰囲気を出しつつ湖上を遊覧中である。
「うむ……。こうしてのんびりする時間は久しぶりだ」
「こういう時間も良いものですね」
イグナード公は湖上から見る秋の景色を眺めつつ目を細め、オルディアが笑う。デッキの座席に腰かけて、水の音と波に揺られる感覚を楽しむ。
船の周りにマギアペンギン達やマーメイド、セイレーン達が姿を見せて、フリッパーや手を振ったりして歓迎してくれていた。
アシュレイやマルレーンやエレナも子供達を腕に抱えて手を振り返したり、イルムヒルトの奏でるリュートにゆったりとした音色に合わせてセイレーン達が歌声を響かせたりして。
そうしていると、メルヴィン公に連絡を入れに行ったアルケニーのクレアがフォレスタニア城に戻ってきたらしく、水晶板で報告を入れてきた。
『戻って参りました。メルヴィン公の予定は空いていらっしゃるとのことです。イグナード公の来訪を楽しみにしているそうで、改めて来訪の日時をこちらに合わせて下さると。似た立場の御仁とお話できるのは楽しみだとも仰っておいででした』
「ありがとう。イグナード公と予定を合わせたらもう一度連絡するよ」
『はい。お待ちしております』
というわけでクレアとの通信を一旦打ち切り、イグナード公にもメルヴィン公の言葉を伝えた。
「確かに……同じ立場の相手というのは初めてではあるな。儂もメルヴィン公との話は楽しみだ」
と、笑みを深くするイグナード公である。確かに……長い在位で治世を続けてきた先王同士。国の形態は違えども多種族を抱えている点は同じだし、色々と共感できる部分も多そうだ。