番外1911 獣王国のこれからは
帰り道は空からの景色を眺めながらののんびりとしたものであった。イグナード公とオルディア、レギーナを交えて、みんなと談笑しながらの旅であった。
イグナード公はふとした時に、水晶板モニターから外を見ながら物思いに耽っている様子であった。紅葉で色付いた大森林は綺麗なものだが……景色に見惚れているというのともまた違う様子で、それを見たオルディアが声をかける。
「やはり、色々と考えてしまうものですか」
「そうさな。いざこうして肩の荷が降りると、色々と昔のことを思い出してしまうものだ。イングウェイ王やイェルダの話を聞いたから余計に、か。親しくなった者や王城にいた者との別れもあった、とな」
イグナード公が少し苦笑して応じる。それから再び水晶板に視線を移し遠くを見るような目になって、言葉を続ける。
「妻とは随分昔に死別しておってな。あれはやや病弱な体質であったが……生きていれば今頃はオルディアやレギーナと共に旅の空であったのだろうか、などとふと思ってしまったのだな。これも獣王であった時には吐露できぬ想いではあっただろうが――」
獣王妃……か。イグナード公の横顔は穏やかなものではあったが、こうして昔のことを思い返した時に脳裏に浮かぶというのは……今でも大切に思っているような相手なのだろう。
「親しい者と別れたとしても、王として成すべきことがあり、皆に見せなければならない姿というものがある。だからこそ悲しみに浸っている暇がないという事に儂は助けられていたのかも知れぬ。それでもな。あの頃は中々に堪えたものだ」
「イグナード様……」
心配そうな表情のオルディアとレギーナにイグナード公は穏やかに笑って首を横に振る。
「いや、昔の話だ。気持ちの整理はついている故、心配には及ばぬ。あの頃は確かに、ウラシール達にも少し気を遣わせてしまったがな。伝えたいのはそういうことではなく……」
イグナード公はその瞳をオルディアに向けた。
「オルディアに出会ったのはそれから少ししてのことだな。儂には子もおらなんだから、そなたを養女としたことで助けられていたのは、実はこちらの方だったのかも知れぬ。だから、改めて礼を言っておこう。そなたやレギーナ……王城の者達には獣王として在る為に随分と支えてもらったと、そう思っておるよ。勿論、オルディアやベルクフリッツの件で助力をしてくれたテオドール公達にもな」
イグナード公がこちらを見て言う。オルディアが大切だからこその追憶か。真っ直ぐに見て頷くと、少し笑って応じるイグナード公である。
「そう……そうだったのですか。私は――力を振るうことが出来ませんでしたから、イグナード様の重荷になっているのではないかと、そんな風に悩むこともありました。けれど……お力になれていたのであれば嬉しいです」
オルディアは、そう言って胸のあたりに手をやって微笑んでいた。
「ふっふ。まあ、儂が何を教えたわけでもなく、オルディアは使うべき時に正しく力を使えておったからな。養父としても獣王としても負けてはいられぬと身が引き締まる思いであった」
そんなイグナード公の言葉に、レギーナが目を閉じてうんうんと頷く。オルディアは……レギーナを守る為にも覚醒能力を振るっていたんだったな。それからも続いているレギーナとの交友関係である。
「まあ、振り返ってばかりではなく、これからの事にも目を向けなければなるまい。であるから――そなた達もあまり儂の事は気にせず、好きなように生きるのだぞ?」
にやっと笑いながらも冗談めかして言うイグナード公は、いつもの通りの表情だ。しんみりした空気も弛緩したものに変わる。
「ありがとうございます、イグナード様」
「私は――どうしようかな。状況が変わったと言っても……イグナード様やオルディアと一緒にいられれば、不満はないのだけれど」
「ふふ。これからもよろしくね、レギーナ」
「ええ。こちらこそ」
そう言って微笑み合うオルディアとレギーナである。仲の良い友人同士で結構なことだ。そんな二人に和やかな雰囲気が漂う中、アドリアーナ姫が言う。
「これからの事と言えば……イェルダ嬢とイングウェイ陛下のことも気になるわね」
「確かに。お互い好印象のようですし、そうであるなら上手くいって欲しいですね」
アドリアーナ姫の言葉にエレナが同意して、頷き合う女性陣である。少なくともイェルダの方は――イングウェイ王に異性としても好意を抱いているようだ、というのが女性陣の見立てだ。
イェルダが獣王妃になる……かも知れないわけだ。エインフェウスだと獣王位の継承は血縁ではないので、獣王妃やその子らはそれほど重要な位置を占めるわけではない、というのはイグナード公の弁だ。
「王妃となっても新しい獣王の施策に対して与える影響が少ないと考えれば……良い話かも知れないわね。政策方面では、見ている方向性が同じなのだし」
「イェルダは北方の孤児達を支援する活動をしているが、政治的基盤という点では氏族長ぐらいのものだからな。王妃の外戚が妙な影響を与えるよりは好ましかろう」
ローズマリーの分析にイグナード公が同意する。
「二人に関しては今後に期待したいところだね」
そう言うとみんなもにこにこしながら頷く。
そうしてシリウス号は外に見える紅葉を楽しみながら、のんびりとタームウィルズを目指して飛んでいくのであった。
シリウス号がタームウィルズに到着すると、セオレムからもイグナード公歓迎のための迎えが来ていた。ジョサイア王からの歓迎ということで、まずは王城で歓待、という事になっている。
そのため、イグナード公は俺達と共に一旦王城へ向かう。その後フォレスタニア城にて滞在という形だな。
俺達もジョサイア王に獣王継承戦の報告がてら同行した。継承戦の結果は水晶板の中継でジョサイア王も知っているが、実際に現地で見てきた者の報告ならば情報量が違うし、口頭での話も重要、というわけだ。
そうして王城での歓待も滞りなく終わり、イグナード公と共にフォレスタニアへと向かう。事前に連絡していたという事もあり、フォレスタニア城でも夜からの歓迎の準備はできていたりするのだ。
まずはイグナード公を迎賓館の貴賓室に通し、手荷物等を預けて身軽になってもらう。
「フォレスタニア城は迎賓館にしろ、風呂にしろ、居心地が良いからな。楽しみにしておったよ」
そう言ってにやっと笑うイグナード公である。
「それは何よりです。のんびりしていって下さい」
「うむ。世話になる」
というわけで、手荷物を預けたら夕食までの時間は中庭でのんびりと過ごす形だ。フォレスタニアの遠景や中庭も、季節に合わせて秋の装いなので中々に紅葉が見頃である。赤や黄色に色付いたフォレスタニア城の遠景やそれが映り込んだ湖、中庭の様子を見て、イグナード王は「おお」と嬉しそうに声を上げていた。
「庭園も季節に合わせた装いになるとはな」
「フォレスタニアは一年通して気温はあまり変わりませんが、環境部分は迷宮側の制御も受けていますからね」
解説をしながらも庭園を見て回り、それから東屋でオルディア達を交えてのお茶を楽しむ。迷宮村の住民達も楽士役を買って出てくれているな。夕食までの間、オルディアやレギーナと共にのんびり過ごしてもらえたら良いと思う。
その間に俺はセシリアやゲオルグ、文官達から留守の間の報告を受け、軽く問題がないかを確認したりしておく。といっても、継承戦と観光で留守にしたのは数日の事なので特に問題も起こっていないようだ。
イグナード公は滞在するにあたり、ユイやヴィンクルの格闘術や闘気術の指南等もしてくれるとのことで。そちらも有意義なことになりそうである。