番外1905 白銀狼との出会いは
イングウェイ王、イグナード公、氏族長達は一旦王都を巡ってから王城に向かうそうだ。
「街中で新しい獣王陛下のお姿を見せてから城で式典をし、森の精霊や祖先の霊への挨拶といった儀式も行うのです。儀式に関してはお見せすることができないのが心苦しいのですが」
案内役のマウラが申し訳なさそうに教えてくれる。
「いえ。そういった儀式を部外者に見せられないというのは分かりますよ」
そう答えると、マウラは微笑んで一礼していた。儀式に興味がないわけではないが、まあそこは控える場面だろう。
継承戦に参加した他の面々についてもそうした儀式には参加するそうだ。それが終わるまで俺達は王城でのんびり待っていればいい、と。
イングウェイ王が獣王となったことについては国外への報告はしても構わない……というか、ありがたい話でもあるそうなので、それに関しては進めておこう。後で水晶板越しではあるが、イングウェイ王と同盟各国の面々の挨拶等もすることになるかな。
そんなわけで王城へと移動し、案内された部屋にて同盟各国に連絡を入れ、即位の儀の様子について各国の面々に見てもらったり、みんなと獣王継承戦の内容を振り返り、談笑したりして過ごさせてもらった。
「どの試合も熱戦、激戦だったわね」
「相手を倒すために考え抜かれた技術……竜のような種族からは中々出てこないと思う」
アドリアーナ姫が言うと、ヴィンクルもこくこくと頷いていた。ヴィンクルに関しては、色々と今回の試合は良い刺激になったようだ。拳を軽く突き出したりして思案を巡らせていたようだった。だから……ヴィンクルなりに飲み込んで後々昇華してくれるのではないだろうか。
エインフェウスの爪撃の技法。闘気術。尾の使い方等々……ヴィンクルとしても自身に置き換えて学べる事は多かったはずだ。闘気を扱うグレイスやシーラもそうだが……俺も、色々と参考にできる部分は多いな。
武技に関しても色々と話をする。やはり話題になるのはイグナード公の奥義だ。
「あれほどの速度が出るのであれば、知らないと回避は難しいですね」
「ん。一点集中している分、普通の防御では抜かれてしまう」
「勘と反応で身体ごと避けたのだとしても、ああした対応ができたイングウェイ陛下もすごいものね」
グレイスやシーラ、母さんがそう言って頷き合っていた。初動と射程距離、発射される闘気弾の速度。物理的な貫通能力から来る威力。それらが噛み合って、実戦における切り札として本当に強力だ。流石は獣王の奥義だな。
興奮冷めやらぬといった様子なのはみんなだけではなく、街中も同じだ。シーカー達から中継映像も送られてくるが……エインフェウスの国民性も相まって大人子供を問わずイグナード公や候補者達の技を真似るような仕草をしながら継承戦の話題で盛り上がりを見せている。
あちこちで酒盛りをしたりといった様子も見受けられ、当分森都はお祭り騒ぎだろうな。
そうしてあちこちに報告したり、街中の様子をみながら話をしていると、イングウェイ王やイグナード公達……式典と儀式に向かっていた面々が戻ってきたと、女官達が知らせに来てくれた。
祝宴が行われるということで、俺達も再び広間に移動する。料理は既に運び込まれていてイングウェイ王やイグナード公達と共に……継承戦でも演奏していた楽師達と歌姫が準備万端といった様子で俺達の到着を待っていた。
「待たせてしまい……しまったな。いや、いきなり言葉遣いを変えるというのも中々慣れないものだ」
苦笑するイングウェイ王である。
「いえいえ。陛下は立ち姿が堂々としていますから、王としての振る舞いも見事なものかと。同盟各国への報告等もありましたから。みんなで話をしながら楽しく待たせてもらいました」
「それは少し面映ゆいが。退屈しなかったのであれば何よりだ」
そう答えるとイングウェイ王も笑って頷いた。それからイングウェイ王はみんなが揃っていることを確認すると酒杯を掲げる。
「皆、大義であった! こうして新たな獣王となったわけだが……これは私一人の力によるものではなく、これまでの出会いがあってこその今だと思っている。だからこそここに並ぶ皆、森都に集まってくれた者達を見るにつけ、エインフェウスという国の力強さを形としたようで、心強く思うのだ。また同盟を代表し、継承戦を祝福に来てくれたアドリアーナ姫とテオドール公達にも感謝を伝えたい。これからの我が国と、同盟各国の発展と栄光を願おう! 我らの前途を祝して!」
「我らの前途を祝して!」
酒杯を掲げ、広間にイングウェイ王の口上を受けた皆の祝福と乾杯の声が響き渡る。楽師達が楽しげな音楽を奏で出し、そうして祝宴が始まった。
用意された料理は、肉と果実、山菜や香草、野菜にキノコと……森の幸が主体であるが、エインフェウスは肉と香草の扱いが上手いので料理も美味だ。この辺は様々な氏族を抱えているエインフェウスならではだな。
そうして料理を楽しみながら談笑にも興じる。
「そう言えば、イングウェイ陛下と候補者の皆さんは面識があるようですが。その辺りの話を聞いてみたかったのです」
「確かに、興味が尽きませんね」
俺がそう言うとエレナがにっこり笑い、マルレーンもこくこくと頷く。
「俺の場合は、普通の出来事ではあるが楽しかったな。陛下が教導の見学に来て下さってな。互いに一手指南し合い、教導の手伝いもして下さったのだが……まあ、話が合ったからその後に酒を飲みに行ったりもした」
というのはシュヴァレフだ。その酒の席での武術談義も中々に充実していたそうで。
「継承戦で会おう等と話してはいたが……まさか決勝で当たるとは」
そう言って苦笑し合うイングウェイ王とシュヴァレフである。
「俺の時は、共に魔物退治だな。沼地での戦いも上手くて感心したものだ。あの時は……旅をしてきた陛下が氏族の子を助けて下さった」
と、レグノスが言う。
「あれは蛙の魔物が大発生した年だったな」
その時にイングウェイ王が見聞を広め、人助けと修行も兼ねて魔物退治にやってきたという話だ。そういった話を聞きつけると積極的に足を運んでいるあたりはイングウェイ王らしいというか。
「私はよく顔を合わせていましたね。近隣の森の調査を何度か手伝って下さったりと懇意にしていただいています」
「これからはフォリムから依頼を受けていた形とは違ってくるかとは思うが……今後とも、よろしく頼む」
「ええ。陛下。こちらこそ」
フォリムは森都とその近郊担当のドルイドだからな。イングウェイ王との関わりは今後も多くなると思う。
「私は――そうね。遺跡の探索と魔物退治で、何度か一緒に行動したのが最初だったのだけれど……孤児院が大変な時にも助けてもらってたの。遺跡探索の時は――ケルネも一緒だったわね」
「はい。私も修行中でしたので、力を必要としてくれるところに赴こうとイングウェイ陛下の話を聞いて感銘を受けまして」
「遺跡調査も興味があったからな。最初は修行を兼ねてと思っていたのだが――イェルダを通して孤児院の子供達とも仲良くなって、それから何度か北方に足を運んでいる」
ケルネとイングウェイ王がイェルダの言葉に応じてそんな話をしてくれた。
イングウェイ王、イェルダとケルネでパーティーを組んでの遺跡探索か。低温による特殊攻撃もできるイェルダとイングウェイ王が前衛。ケルネが治癒術師ということで中々バランスの良さそうな面々だが。
「遺跡調査の話は興味があるな。面白そうだ」
シュヴァレフが言うと、他の候補者達や氏族長達も同意していた。それは確かに。それに……そうした面々で向かうということは遺跡と言っても危険がありそうなにおいがするが。