番外1904 新たなる獣王
継承の儀が終わったことが宣言されたところで、俺達や治療班も共に舞台に降りて二人に治癒術を施していく。
「まずは治療ですが――継承の儀が終わったことにお祝いを申し上げます。お二方とも、素晴らしい戦いでした」
「ふっふ。儂も肩の荷が降りたな」
「まだ実感がわかないのですが……ありがとうございます」
そう言葉を掛けると、イグナード王は楽しそうに。イングウェイはまだ少し戸惑っているという様子ながらも、笑って応じてくれた。
まず手傷からの出血箇所が多いイングウェイから。こちらは頬、手足、肩口、脇腹等々……外傷は相当な数に上る。これはまあ、技量で上手をいくイグナード王に対してはギリギリどころかここまで身を晒さないと勝ちを目指せなかったというのもあるのだろう。
骨に罅もちらほらと。純粋な筋力という点ではイグナード王はレグノスやシュヴァレフあたりには譲るものの、瞬間的な闘気の操作が早く、その精密さも群を抜いている。だから……これはイングウェイをして受け切れなかったものだ。
いや……このダメージでよくあれだけ動いていたな。戦闘中はハイになっていたから痛みを感じていなかったというか、それだけ集中力が高まっていたり、精神的な部分での影響が大きかったのだろうと思うが。
戦いが終わってその辺りが沈静化してくれば痛みも戻ってくると思われるので、それまでに治療を終えてしまうというのが良いだろう。
掌の穴は――綺麗に抜かれている。こちらはそれなりに高位の術式が必要ではあるが、治癒術をしっかり施しておけば予後も良く、きちんと治る。イグナード王としてもそういった知識があるからこそ奥義を継承の儀で使えたのだと思うが。
「被毛に関しては少し再生に時間がかかります。問題はありませんか?」
「そうですな……。痛み等もないようですし、問題はなさそうです。凄まじい技でしたな」
イングウェイは左手を閉じたり開いたりしながら笑みを見せた。その反応にイグナード王が少し真面目な表情になって問う。
「ふむ。あの技。しかと見たな?」
「はい。この身と目に焼きつけました」
イングウェイもまた、真剣な表情でイグナード王に答える。
「ならば良い。そなたなら更に先に行くものと思っておるよ」
「はっ。精進します」
その言葉を受けてイングウェイは拳を握り、噛み締めるように目を閉じていた。
イグナード王の切り札であったわけだ。あの貫通力と弾速は――まともな構造を持つ生物相手なら文字通りの一撃必殺の特性と破壊力を持っていた。間合いの外から不意を打って倒すということもできるし、知っていても尚、回避できない状況にしてから撃てばそれで終わる。
イグナード王としてはあの技を継承し、更なる奥義を編み出して欲しい、というわけだ。
とはいえ、身体の使い方、闘気の使い方等は間近で見て、その身に受けたイングウェイでなければ早々模倣もできないだろうな。相当な高等技術に見えた。
さて……。一方でイグナード王の怪我の方はと言えば、外から見えていた以上に右腕のダメージが大きい。大技の瞬間的な切り替えと対抗するための強力な闘気衝撃波が相まっての過負荷で、毛細血管や筋組織が大きな損傷を受けている。右手が使えなくなったというのも頷ける。
それに加えて、限界近くどころかそれ以上の力まで発揮して飛ばしていたイングウェイを抑えていたわけで。
後半での手傷……掠めた爪撃や攻撃を受け止めての骨格や筋組織へのダメージと……こちらもかなりのものだ。相当な激戦だったと言えよう。
とはいえ、ダメージと疲労は大きいとはいえ、特殊な傷ではないから、治療と補強をすれば問題はなさそうだ。
そのことを伝えると、イグナード王本人よりもイングウェイの方が嬉しそうな表情をしていた。イグナード王を本当に尊敬している、というのが良くわかるな。全力で激突はしたが、その武が損なわれるようなことになって欲しくはないと思っているのだろう。まあ……それはイグナード王からイングウェイに対しても同じだろうが。
循環錬気でしっかりと補強をしつつも、細かな損傷も残らず伝えて、アシュレイやロゼッタ、治療班の面々に治癒術を施してもらう。
「お加減は如何ですか?」
「うむ。流石というか。全く違和感もなく、元通りだな」
「こちらも同じく。助かりました」
程無くして治療も終わり、改めて二人から礼を言われた。そうして俺達も頷いて、舞台から観戦席へと戻る。それを見届けてからイグナード王が立ち上がり、そして声を上げた。
「そなた達が見届けたとおりだ! かくして過去より連綿と続く志は継承され、勇猛にして思慮深き英雄は、栄光と共に王位へと至る! 若き英雄に喝采を!」
その言葉と共に、大きな歓声と拍手が二人に降り注ぐ。満足そうに笑みを見せるイグナード王と、真剣な表情で静かにそれを受けるイングウェイ。
イグナード王を称える声も多いな。獣王として慕われていたということもあって、感極まった様子で涙を流している者もいる。治世の長さや継承の儀の内容、獣王位の引退等々……イグナード王を慕っている面々としては色々と胸に去来するものがあるのだろう。
暫しの間盛り上がりを見せていたが、イグナード王が視線を向けて頷くと楽師達が銅鑼を鳴らし、声が静まっていった。
「それでは、ただいまより即位の儀に移ります!」
そうして猫文官が声を上げ、楽士達のファンファーレが響き渡った。
さてさて。試合も終わったし、ここからは俺もハイダーやシーカーを通して中継や記録ができる。
イグナード王とイングウェイも武官、文官達の護衛を受けて観戦席へと移動してくる。階段を昇って、後方に作られたスペースの中で……二人も試合用の服装から式典用へと着替えてきていた。誰が獣王位を継ぐのかは不明だったから、イングウェイは用意されていた服に着替えてマントを羽織るといった装いだ。イグナード王も礼服を纏い、王冠を被ってきているな。
集まった国民達の前でというのは様々な氏族を抱えるエインフェウスらしいとも言える。式典等はこの後王城でも行うそうだが、しっかりと即位するところを国民に見せるのだろう。
イグナード王とイングウェイは観戦席前方の演説用スペースまで揃って移動する。そうして、イングウェイが恭しく膝をついた。楽師達が厳かな音楽を奏でて盛り上げる。
「志を受け継ぎ、今まさに獣王になろうとする者よ。我ら獣王国に生きる者の庇護者たらんとする者よ。そなたの王としての道行きに、栄光と慈愛と共に治世があることを願っているぞ」
「謹んでお受けします。未熟なこの身なれど先人達の名に恥じぬよう、王として精進を欠かさぬよう学び、歩んでいく所存です」
イングウェイの返答にイグナード王は鷹揚に頷き、自身の王冠を脱いでイングウェイの頭部に乗せる。
イングウェイ――イングウェイ王が立ち上がり、イグナード王が声を上げた。
「イングウェイ王と獣王国に栄光あれ!」
「栄光あれ!」
氏族長達がイグナード公に続けて唱和する。候補者や集まっている国民達も続けて唱和して、舞台周辺は物凄い熱気だ。
イングウェイ王が手を振ると、唱和の声はますます大きくなって――しばらくの間……二人が演説用のスペースから下がっても尚、その唱和は鳴り止むことなく続いたのであった。
さてさて。この後は王城でのいくつかの式典や儀式を経て祝宴となるそうだ。観戦中は飲めなかった酒も国民に振舞われるとのことで、大分盛り上がりそうだな。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
報告が遅れてしまい恐縮ですが、コミックガルド様のサイトにてコミック版の最新話や無料公開分が更新されております。楽しんでいただけたら幸いです!
今後もウェブ版、書籍版、コミックス共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。