番外1902 師弟のように
舞台の上にイングウェイがやってくる。真剣な面持ちと四肢に漲る闘気。適度な緊張と集中を維持しているようで……調子はかなり良さそうだ。イグナード王との戦いを迎えるにあたり、しっかりと良いコンディションに持ってきているらしい。こういう大勝負に対応できるのかというのも、有事に際しての対応力、王としての資質を見られるということではあるな。その点で言うならイングウェイはかなり理想的な資質と言える。
対するイグナード王は――こちらも言わずもがなだ。かなりコンディションは良いように見える。但し、モチベーションの高さや漲る闘気に比して、自然体。この辺りは長年獣王を務めてきた経験故か。
イグナード王は舞台の上にやってきたイングウェイに対し、観戦席から立ち上がり、堂々たる仕草で腕を振って言う。
「あの時の少年が、よくぞここまで来たものだ。幼き日に交わした言葉を忘れず、研鑽を積み、皆の信頼を勝ち得て……獣王位を継ぐ者として我が前に立ったことを、心より賞賛する」
「勿体ないお言葉です。この場にて陛下と拳を交えることを、夢に見ておりました」
臣下の礼を取りながらイングウェイが答える。イグナード王は一つ頷くと、大きく跳躍して舞台の上に降り立った。期待感から盛り上がる舞台。
「顔を上げて立ち上がるが良い、若き英雄よ。儂もまた、獣王としての最後の務めを果たすとしよう。先人から引き継いだものを伝え、次なる獣王の礎となることは我が望みでもあるのだが……戦士としてそなたと拳を交えることも楽しみでな。素晴らしき時間となることを願っておるよ」
「はっ!」
イグナード王の言葉を受け、笑みを見せたイングウェイも立ち上がる。既に観戦席のみんなも舞台周辺の観客達も期待感に胸を膨らませているようだ。
さて……。イグナード王とイングウェイの戦いについては――そうだな。体力面や反射速度だけで考えるのならば……やはりイングウェイの方が有利というのは否めないだろう。
イグナード王は現役として戦えるのはこれが最後だろうという頃合いで、獣王として最強の挑戦者を万全の態勢を以って迎えるために退位を決めたわけで。それでもやはり、戦士として見るならば高齢なのだ。
但し、直近の戦い方をイングウェイはイグナード王に見せている。特に……闘気衝撃波や自前でのマジックシールドの発動による空中機動といった、独自に仕上げてきた隠し玉だな。
そういう点ではイグナード王の方が有利だ。イグナード王の実力や戦い方等は獣王であったし、肩を並べて戦った事のあるイングウェイは勿論、他の者にも知られている。
とはいえ、イングウェイがそうであったように、イグナード王が更なる研鑽を積んでいないわけがない。何かしらの新しい技を仕上げてきている可能性は高い。
それに加えて経験に裏打ちされた対応力や駆け引き、長年培ってきた技量……。そういう部分を加味すると、イングウェイも相当な苦戦を強いられるだろうと予想される。
とはいえ、実戦というのは初見殺しが飛び交うのも当然だ。継承の儀ではあるが、挑むのはイングウェイ。迎え撃つのはイグナード王。継承戦とてそういう系式であった以上、イングウェイはそれも承知の上で継承の儀に望んでいるだろう。
「では――始めるとしようか」
「はい、陛下」
そうして二人は向かい合って構えを取る。その四肢から闘気を漲らせ、小さな火花を散らす。傍目からの印象以上に闘気が凝縮されているというのを物語るように、二人の生命反応は強い輝きを放っている。
イグナード王が横目で猫文官を見やって頷く。ここまでの司会進行を務めてきた猫文官も畏まった様子で頷き、高く腕を掲げた。
「それでは、獣王継承の儀――始めッ!!」
思いの丈を込めた言葉と共に猫文官が声を上げ、腕を振るえば――銅鑼の音が打ち鳴らされて、とうとう獣王継承の儀が始まった。
開幕と同時にイングウェイが前に出て、イグナード王がその場にどっしりと構えて迎え撃つ。挑戦者であるイングウェイと、王者であるイグナード王というのが、分かりやすい構図だ。
「おおおおおッ!」
真正面。咆哮と共に初撃として繰り出されたのはイングウェイの爪撃だ。凝縮された闘気はここに至るまでの万感の思いを込めたような目の覚めるような一撃で。
目を見開き、牙を剥いて笑ったイグナード王は、真っ向からそれを迎え撃つように、自身も爪撃を以って応じた。その場から動かず、後から技を出して尚、凄まじい初速。身体の捻り、関節の使い方で爪の振りを加速させ、突っ込んできたイングウェイの攻撃に合わせる。
闘気を纏った爪撃と爪撃がぶつかり合って、大きな衝撃と火花を散らした。眼前で散るスパーク光に照らされて、視線がぶつかり――笑う。互いに笑う。
鍔迫り合いの形になっていたのは長いようで僅かな間だけのこと。拮抗しての力比べという形にはならず、申し合わせたかのように動いた。
打ち込む正拳、薙ぎ払うような爪撃。影さえ留めない程の速度で拳足が交差する。
噴き上がる闘気の操作と打ち込む攻撃の角度を以って相手の攻撃を逸らしながら自身の攻撃を打ち込む。動作一つ一つが回避と攻撃を兼ね、虚実が入り混じり――凄まじい高等技術の応酬だ。
何気ない動作でイグナード王の蹴り足が跳ね上がる。同時に闘気が間欠泉のように噴き上がった。闘気を地面に打ち込む動作すら見せていない。闘気操作の理想形とも言うべき技にイングウェイが目を見開きながらも感動の表情を見せ、転身して噴き上がる闘気を回避しながらも横薙ぎの爪撃波を見舞う。
イグナード王もコンパクトな動作で爪撃波を放ち、正面からぶつけて相殺していた。
いや、僅かにイングウェイの爪撃波の方が威力は勝っている。ただ、それをしてイングウェイの攻撃力が勝ると単純に考えることはできない。
後から動いて、より少ない力でダメージを受けないレベルにまで相殺しているイグナード王の技量こそを驚異的と見るべきだろう。
それは闘気の操作と見極めが卓越しているという証左でもある。イングウェイの腕力、体力、速度といった若さから来る強みに対しての差を埋める部分だろう。
そんなイグナード王の技量を見て、イングウェイは持てる全ての技を駆使して突っ込んでいく。叩きつけるような力技。速度を活かした刺突。闘気によるフェイント。持てる全ての技を総動員し、感動に目を輝かせながらもイグナード王に挑む。
そんなイングウェイの、力を逸らし、初速の差を技で埋め、虚実を両天秤で対応できるように闘気操作の速度を以って応じる。格闘術、闘気術という枠で見た時に、イグナード王のそれはまさしく達人のそれと呼ぶに相応しいものだ。候補者達も目を見張っている様子であった。
そして、イングウェイに比べて高齢とはいえ、イグナード王の破壊力と速度も相当なハイレベルであることは言うまでもない。戦士としてはイングウェイやシュヴァレフと同じハイスタンダードで弱点らしい弱点のない万能型だ。二人が至るべき延長線上にある姿と言って良い。
だから。イングウェイとしては自身の武器を前面に出し、まさしく挑む形となる。力と速度を以って挑み、それを獣王が技量と経験を以っていなす。
挑戦者と王者の戦いは、師弟の修行にも通じるような印象があった。継承の儀の理念を体現した戦いと言っても良い。
無論、双方とも相手を倒すための技を惜しみなく振るってはいる。技量で上を行く相手に対しイングウェイがどう出るかと言えば――自身が勝っている部分を前面に出して活路を見出すしかなく、そしてそれを十分に分かっている。
イングウェイが力と速度、反射神経やスタミナによってイグナード王の牙城を崩すのか。それともイグナード王が技量と経験を以ってイングウェイを封殺するのか。
スタミナの使い方という点では二人の質は違うが、総合力をぶつけ合う総力戦だ。それらを前提に攻防を応酬し、その中で相手を上回る戦術、技が叩き込まれれば、天秤が大きく傾くこともあるだろう。勝敗は揺蕩っており、その行く末の予測は難しいものと言える。