番外1901 継承の儀へと
イングウェイは休息と集中力の回復のために王城へと向かい、シュヴァレフは観戦席へと移動した。
「継承の儀か。いよいよだな」
「新しい獣王の誕生ですね」
氏族長達と候補者達は和気藹々とした雰囲気で言葉を交わしていた。不正の防止や候補者達の見極めという役目もあって氏族長達も継承戦の進行中は気を張っているところが見受けられたが、次の獣王もイングウェイということで正式に決まったからな。
後はイグナード王とイングウェイの試合――継承の儀を残すのみとなって、そうした役目からは解放されたということだろう。
氏族長達と候補者達も、普段はこうして気軽にやり取りできる間柄なのだろう。氏族ごとの英雄ということもあって、元々の付き合いもあるのだろうしな。
問答は獣王や他の氏族長が関わってくるのでそうした身内の甘えを許さない構造になっているようだが。
ともあれ、氏族長も候補者も一先ずは肩の荷が下りたというわけだ。
「イングウェイが獣王か……。まあ、中々にこれからが楽しみね」
「あいつになら協力するのは吝かではない」
イェルダやレグノスがそんな風に言って、武闘派もそうでない氏族の者達も頷いている。イングウェイと直接戦ったかそうでないかは関係ないようで……流石に人望があるな。イングウェイなら次期獣王も間違いないだろうという、信頼や安堵も感じられる。
「ヴェルドガル王国で学んだことも取り入れ、戦いの中で見せる事で新たな道も示していますからね」
「ああ。継承戦でイングウェイが見せたものは、外での修行の成果でもある。今手元にあるものを突き詰めて研鑽を積むことも大事だが、外から学べるものも多い。それで今まで以上に強くなることができるという事を示してくれた。俺としても……歓迎だな」
見極める為に参加していたフォリムも、力を認めているシュヴァレフも穏やかに笑っていて、素直に祝福しているようだ。
「私も、外の治癒術や医術には期待しています。特に、イングウェイさんは理解のある方ですし」
兎獣人の治癒術師、ケルネも嬉しそうだ。どうやら彼女もイングウェイとの面識があるようだな。
幅広い層から慕われていて……景久の知識でも獣王となったイングウェイが名君と呼ばれていたのも納得だな。
ただまあ、正式に獣王として即位するのも継承の儀が終わってからだ。
イグナード王との継承の儀での勝敗はさておき、イングウェイが獣王となることは既に決定している。
現獣王との戦いを経て、というのは過去の獣王達、候補者達からの誇りや志を引き継ぐ、といった意味合いがあるそうで……そこでの勝敗は重要な部分ではない。
現獣王が勝つならば若い獣王にこれから偉大なる獣王になる道を示すという意義があり、次期獣王が勝つならば偉大な獣王を超えた若い獣王が誕生するということになって……どちらであれ喜ばしいというわけだ。
いずれにせよ、皆の見ている前で獣王や次期獣王が無様な戦いはできない。城に向かっていったイングウェイもそうだったが、観戦席の後ろの方――少し離れたところに座って集中力を高めているイグナード王も、戦意は十分といった様子だ。
儀式云々だとか皆の手前だとかよりも、お互いがこれからの戦いを楽しみにしているようだ。
イグナード王もイングウェイをかなり気に入っているようだしな。あの研鑽も獣王を目指してのものともなれば半端なところは見せられまい。養女であるオルディアも観戦に来ているし、イグナード王としても全力を以って勝ちに行くのではないだろうか。
花道を持たせるだとか、次の王を立てるだとか。そういったことを気にせず晴れの舞台で戦うというのは……そうだな。二人としてもきっと楽しいだろう。
そんなわけで、継承の儀もまた激戦が予想される。
イグナード王はと言えば、戦いの前ということで、オルディアやレギーナとも言葉を交わしていた。
「陛下が嬉しそうにしているところを見るのは、私も楽しいですよ」
「そうね。イングウェイさんを気に入っているみたいだし」
「ふっふ。そうだな。イングウェイがまだ小さな頃に知り合ったが……獣王を目指してひたむきに努力してきたことも知っておる。出会った時のやり取りで志を抱き、ここまで来てくれた事は実に感慨深いことだ。あれの想いには獣王として応えてやらねばな」
そう言って牙を見せて笑うイグナード王は、拳から闘気の火花を散らす。
そう、か。イグナード王も在位が長いからな。
「陛下が長雨の被害が出ていないかと視察に向かった際、丁度災害が起こった時のことですね」
「うむ。土砂崩れが起こってな。イングウェイの住んでいた集落の一部が飲み込まれそうになった」
そこにぎりぎりでイグナード王の救援が間に合ったという。斜面から崩れてきた土砂を闘気の砲弾で吹き飛ばし、転がってきた岩を闘気拳で砕いた。それを……まだ幼いイングウェイが見ていたそうだ。
「その時に言葉も交わしたが、元々賢い子であったと記憶しておるよ。自分も強くなって、人助けをできるようになりたいと目を輝かせていたが……ならば沢山の者達と仲良くなり、力を貸してもらえるようにもする必要もあると答えると、色々と考えている様子であった。他にも様々な経験をしてきたのだろうが、出した答えがこれ、というわけだ」
そう語るイグナード王は嬉しそうだ。
災害の損害は軽減させたがそれでも集落の受けたダメージはあったので、その後の支援も行われたということだが……そうしたイグナード王の行いや人望を見て学んだ結果が今のイングウェイの生き方か。
イングウェイにとっては――イグナード王は直接の恩人である事もそうなのだろうが人生の師であり、武人としての憧れであり、為政者としても尊敬に値するというわけだ。
武者修行として旅をしていたのも、イグナード王にそう言われて考えた結果の生き方なのだろうし……強くなるためと言っているが、人助けをしながらの旅だったようだしな。
そうした相手と獣王としての志を引き継ぐための戦いともなれば……モチベーションは俺達が思う以上に非常に高いはずだ。ある意味で、元々志を引き継いでいた者がここまで来たとも言えるしな。そんなイングウェイの想いに応えたいと思っているイグナード王の戦意が高いのは、こちらも納得だ。
そんなイグナード王とイングウェイが出会った頃の話に、みんなや候補者達も感じ入るものがあるのだろう。真剣な表情で聞き入っていた。
さて。そうした話をしている間に決勝戦で破壊された舞台の修復も終わったようだ。
修繕班はやり切った、というような表情をしているな。継承の儀が最後の戦いだ。その後にももう一度舞台の修繕はされるのかも知れないが、戦いに影響等が出ることを考えなくて済むのだから、彼らも一安心といったところか。
歌姫と楽士達も、継承の儀の期待感を煽るように勇壮ながらも爽やかな印象のある歌曲で場を温めている。
「そろそろ、といったところか」
頃合いを見ていたイグナード王が言うと、王城の方から武官、文官達に先導されてイングウェイがやってくるのが見える。
「ただいまより、獣王継承の儀へと移ります!」
歌姫と楽士達が曲調を変えて一旦演奏を切り上げ、猫文官がそう声を上げると大歓声が巻き起こった。イグナード王もイングウェイも人望と人気があり、しかも勝敗を気にする必要もないとあって、まさしく祭典の盛り上がりだ。イグナード王を応援する者、イングウェイを応援する者とそれぞれではあるが、みんな晴れやかな笑顔であった。フォリムの応援に駆けつけてきていた小さな精霊達も楽しそうに応援していて、フォリムも微笑ましそうだ。
「ふふっ。楽しみね」
ステファニアが言うとみんなやアドリアーナ姫も頷き……継承戦の雰囲気も相まって明るい表情になっていた。心置きなく応援できるというのは良い事だな。うん。