番外1900 獣王として
試合終了と共に俺達も治療班と共に舞台上にすぐ移動する。二人ともかなり大きな怪我をしている。すぐさま命に別状はないにしても、楽観できるような傷とダメージではあるまい。
ダメージの度合いで言うならシュヴァレフの方が大きいが、イングウェイも腕に爪で穴を穿たれたり、途中で重い攻撃を結構まともに受け止めていたからな。その辺のダメージも心配だ。
「助かります」
「かたじけない」
「いえ。そのまま楽にしていて下さい」
礼を言ってくる二人同時に循環錬気や血析鏡、魔力ソナーで状態を見ながら、治癒魔法を施していく。
クリアブラッドと発酵魔法で傷口からの細菌感染等も防げるというのは良い事だな。
二人とも表面的な部分だけでなく、目に見えない内面のダメージも気がかりだったからな。シュヴァレフについては……内面に割と万遍なくダメージを受けている。循環錬気で魔力の流れを整えて補強していくと、シュヴァレフはかなり楽になったのか、少し息をついた。
「心臓を中心に治癒魔法を施していってね」
「分かりました」
アシュレイが魔力ソナーを使いながら頷く。
「内面の強化しているところに闘気の衝撃波を食らったから、でしょうかね。治療を施せば、一先ずは予後が悪くなることもなさそうではありますが」
「それは――良かった」
安堵の表情を見せるのは攻撃を仕掛けたイングウェイの方だ。試合だし、お互いに遺恨があるわけではないので、その辺心配していたらしい。
「流石は境界公。私の技についても察しがついていると」
「魔力由来ではないようですし、あまり外には闘気の噴出が見られなかったので。時間間隔のずれと体温の上昇から見て、心臓の鼓動かなと」
少し小声にしつつ言うとシュヴァレフは頷く。
教導で様々な氏族を指導したり見ている内に、元の動物の知識もあった方が良いと色々と調べたり観察したりした結果、平均的な寿命や動きの速さの違い等があることに気付いた、という話だ。それがヒントになって編み出されたわけだな。
心臓の鼓動を速めることで時間間隔が変わり、外には闘気が噴出されずに自己強化にも繋がる、と。
代わりに肉体に負担がかかるため、自爆しないように細かく調整をする必要があるというわけだ。一朝一夕に真似できるようなものでもないので、ネタが割れたからと真似できるようなものでもあるまい。教導官として限界部分の見極めなども分かっているシュヴァレフだからこその技とも言える。
「これが自爆も辞さないという技だったら……闘気衝撃波の影響ももっと大きなものになっていたでしょうね」
「内面に衝撃を通してきた技ですか。あれもそうですが、マジックシールドには驚かされました」
「魔力については知れたものなので、精度も良くないものですが……一度ぐらいなら切り札になり得るかと身に付けたものですな」
「それが見事にはまったのだから大したものだ」
苦笑するイングウェイにシュヴァレフは感心するように応じていた。
そんなやり取りを見ながら治療を進めていく。
イングウェイの怪我については……目に見えている怪我も結構重いものだが、見えてない部分でのダメージも結構大きい。特に左腕の骨に罅が入っていて……ああ。だから左腕を捨て石にして闘気衝撃波を通したというわけか。
循環錬気で補強しつつ、内面で痛手を受けている箇所を伝え、そうした部分も重点的に治療していく。
しばらくそうやってアシュレイとロゼッタ、治療班と共に治癒魔法を施していくと、程無くして一通りの治療も終わる。
「これでお二人とも問題はないかなと。シュヴァレフさんの予後も大丈夫かと思いますが、少しの間は様子見をして無理はしないようにして下さい」
そう伝えるとシュヴァレフは静かに頷いていた。
それから二人は、改めて向かい合う。
「力が及ばなかったことは残念に思うが――戦いは楽しかったよ。この大舞台で、お前と戦えた事を誇りに思う」
「私もです。シュヴァレフ殿のその研鑽に、幾度となく感動を覚えました。きっとこれからも、貴殿と拳を交えられた事を誇りに思う事でしょう」
イングウェイとシュヴァレフはそう言葉を交わすと握手をし……それからシュヴァレフがイングウェイの腕を高々と掲げた。
割れんばかりの大歓声と拍手。二人を、戦いを、獣王国を称える声が響き渡る。
俺達も頷き合い、観戦席へと戻る。戻ってきたタイミングでイグナード王が立ち上がると、周囲の声も段々と静まっていく。
頃合いを見計らったかのように、イグナード王が声を上げる。
「獣王継承戦、決勝の名に恥じぬ素晴らしい戦いであった! 候補者達の戦いは終わり、勝者もここに決したわけだが――」
そこで一旦言葉を切り、イグナード王は更に声を響かせる。
「獣王としてその戦士としての実力と高潔なる人柄を鑑みるに、勝者であるイングウェイの獣王位継承に否やはない! その資質に疑念のある者がいるのならば! 或いはより獣王として相応しい者がいると思うのならば! 今ここで申し立てるが良い!」
そう宣言して、イグナード王はたっぷりと時間を掛けて周囲を見回すが――。
氏族長達、候補者達、居並ぶ文官、武官、応援に来ている観客達、いずれもイグナード王を見て、祝福するような笑顔であったたり真剣な表情ではあっても異議を申し立てる者は出てこない。
獣王継承戦で勝ち残る事が絶対条件ではない、というのはこういうことだな。こうして呼びかけられるのは、勝ったからと無条件で承認を受けるためのものではないのだ。
資質に疑念がある、或いはもっと相応しい者がいると判断された場合。或いは隠れて悪事を行っていた場合、ここで異議を唱えられたり告発されたりする、というわけだ。
仮に異議が出たり告発がなされた場合、獣王国として真摯に対応される。
エインフェウスの将来にとっての重大事でもあるため、異議を唱える者が氏族長や候補者であった場合は勿論、観客であろうとその発言は蔑ろにされず、内容がしっかりと検分されるから、悪意や愉快犯による難癖等もない。
武術大会であり、祭典であり、公的な継承の場でもあるのだ。
実際、過去にはそうした出来事もあり、獣王位を優勝者以外の者が継いだケースがあったという話だ。武闘派氏族以外の候補者が獣王となるのはこうしたケースでの事が多いそうな。優勝者の否定であるから、力以外で統べられる知者や人徳が求められるというわけだ。
当然ながら……イングウェイに対してそんな声は上がらない。十分な時間を使って異論が出ない事を確認すると、イグナード王は満足そうに頷き、身振りを交えて宣言する。
「では、獣王イグナードとしてここに宣言しよう! 次なる獣王をイングウェイとする! イングウェイより、何か皆に伝えたい事はあるか?」
それを受け、イングウェイは僅かな間感無量といったように目蓋を閉じたが、やがて目を見開き、堂々とした態度で言葉を紡ぐ。
「まず、ここに集まった沢山の方々に次期獣王として認められた事に、深い感謝を申し上げます。そして――謹んで獣王の責をお受けしたく思います。奢らず、志を忘れず、獣王の名と拳を交えた戦士達の名誉を汚さぬように。そして、何よりエインフェウスに生きる者達の為に、これからも精進したいと思う次第です」
「うむ。であれば、これ以上言うことはあるまい。少しの休息の後に、継承の儀にて拳を交えるとしよう。獣王として、若き英雄と見える事ができることを嬉しく思うぞ!」
イグナード王がにやっと笑うと、イングウェイも笑みを見せた。そうしてまた居並ぶ者達から祝福の声が上がる。
氏族長や継承戦で戦った面々、フォリムの応援に来ていた小さな精霊達も笑顔で拍手を送り、イングウェイを素直に賞賛し、祝福しているようであった。拍手と歓声は何時までも鳴り止まず、継承戦の舞台とそこに立つイングウェイに降り注ぐのであった。