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258 謁見の間にて

 シルヴァトリア王城における謁見の間の作りは、居並ぶ要人の防御に適した場所だそうだ。

 正面に位置する大きな扉を開けば、そこにはダンスホールのような空間が広がっている。扉から真正面は階段状の構造になっており、その上にシルヴァトリア王の玉座、王妃の座が並んで据えられているというわけだ。

 広間の左右には諸侯や法衣貴族達といった者達が、謁見の間に出席する際に座る席がある。


 ここをザディアスを招き入れる場所に定める。正面の玉座周辺と左右の貴族席は、有事の際に強力な魔法障壁を張ることが可能というのがその理由だ。


 ザディアスを謁見の間に呼び出し、その場で初めてエベルバート王の復調を報せると共に、改めてヴェルドガルからの使者を国王が正式に迎えるという形を取るわけである。公式な場なのでエベルバート王が自ら選んだ側近達に出席して証人になってもらう。


 俺達もザディアスと同じ、障壁のない場所で奴と対峙するわけだ。


「テオ、あれを……!」

「……何だ?」


 グレイスに呼ばれて城の窓から賢者の学連のある方角を見てみれば……そこには空飛ぶ帆船とでも言うべき物がこちらに向かってくるところであった。シルヴァトリアの国旗を掲げる船。あれは……BFOでも見たことが無いな。


「……あれは何ですか?」


 尋ねるとエベルバート王は眉を顰める。


「空を飛ぶ船。大分前に賢者の学連で開発に着手すると言っていた代物だ。完成したとは聞かされておらなんだが……この機会に発表しようという腹づもりであろうな」


 ……飛行船か。これがザディアスの自信の一端というわけだ。

 はっきり言えば、航空戦力という点でヴェルドガルは他国より頭1つ抜きんでている。

 これは俺の空中戦装備を抜きにした話であるが……その理由が迷宮の存在だ。オークあたりの魔物肉をある程度安定的に供給してくれるから飛竜隊などを抱えていられるのである。

 だから他国の場合、保有する飛竜の頭数がどうしてもヴェルドガルに比べれば小規模なものとなる。


 そういう観点から飛行船を見た場合――多数の人員や武器、食料を輸送できる飛行船は確かに強力な武器になり得るだろう。


 BFOであればシルヴァトリアの秘蔵している兵器という位置づけになるのだろうか……? このタイミングであんなものを出してきたというのは、春の晩餐会でお披露目した空中戦装備の話が伝わったという可能性もあるかも知れない。

 ともあれザディアスにしてみれば既に国内に敵はいないという宣言にも等しく、ヴェルドガルに対する保有戦力のアピールでもあるだろう。


「失礼」


 と言って、光魔法を使って望遠レンズを作り、遠くに見える飛行船を拡大する。


「ほう」


 エベルバート王が感心するような声を上げる。みんなが興味深そうに後ろから覗き込んできた。


 船体を観察していく。竜骨部分は金属で作られているようだ。見る限り強度はそこそこだろうか。完全に軍艦としての運用を考えて作られているな、これは。

 甲板の上に黒騎士達がいる。操舵輪を握るザディアスと、隣に控えるローブを纏った魔術師。不健康な白い肌に、こけた頬。灰色の髪を持つ、神経質そうな男だ。


「この魔術師は?」

「学長ヴォルハイムだな。やはり完成の報告を行うために登城するつもりなのだろう」


 それはある程度予想していた答えではあるが……。ザディアスと並んで王城に来るか。飛行船のお披露目なのだから責任者も同席するのは当然かも知れない。


「お披露目なのだし、さすがに船に兵器は積んでいないようね」


 アドリアーナ姫が言う。確かに……ヴァリスタのような代物は見えないが。


「いえ……。ここを見てください」


 船体の横には青い球体のような物が横一列にはめ込まれている。


「これは?」

「何かしらの兵器と見るべきでしょう。見て下さい。球体の近くには小窓もある。ここから狙いを付けて魔法の弾を発射するだとか、そういった機構ではないかと」


 地球側の帆船と比較したうえで設置されている位置から考えると、大砲的な用途を持つ代物ではないかと思うのだ。

 古き血統の保有する魔法技術を得られないから新兵器を作っていたというわけだ。威力の程は定かではないが、これが魔道具絡みの兵器だとすれば射手の魔力か魔石を動力とする代物だろう。とはいえ、そこまで大きな威力にはならないと思うが……。


「ま、拙いのではありませんか? あれで乗り付けてくるということは……黒騎士達も同行してくるということです。兵器まで積んでいるとあれば……殿下お1人に大人しくしていただけば済むという話でもありますまい」


 側近の一人が慌てたような声で言う。エベルバート王は顎に手をやって思案すると、俺に尋ねてきた。


「単刀直入に聞こう。そなたはあれをどう思う?」

「兵器としては……優れているでしょうね。ただ、この場で戦ってみろと言われれば、それほど脅威には感じません。あの手の魔道具の兵器では魔石に威力を依存するために、性能に限界があるからです」

「馬鹿な――。貴方は……例えるなら軍船を単身で相手取ろうと言っているに等しい」

「第8階級程度の魔法で撃墜できないようなら、脅威だとは思いますが……」

「な――」


 俺の言葉に側近は絶句し、エベルバート王は苦笑いを浮かべた。ステファニア姫は落ち着き払っているし、シーラなどはさもありなんとばかりに頷いている。


「……であろうな。そなたが循環錬気を行った時の魔力を見る限りでは……それ以上のこともできるのであろう?」

「はい」


 頷き返すと、側近の表情が引き攣った。それでも……エベルバート王にとってザディアスは実子だ。

 眉を顰めて渋面を浮かべたが、迷いを振り払うようにエベルバート王は言った。


「よい。方針は変わらぬ。ザディアスを謁見の間に呼び出し、手筈通りに事を進める。ヴェルドガルからの情報が真実であれば、今を逃せば更なる専横を行うことになろうし、ザディアスとヴォルハイム主導であの船を何隻も作られるとなれば、その足がかりは盤石なものとなろう」


 そうだな。手札を晒す以上はザディアスも自分の有利を確信してのことだろうし。不満を唱える諸侯は武力で従わせるという方向に転がっていくだけだ。エベルバート王としては、魔人が不穏な動きを見せている現状では容認できない行動だろう。まして、ベリオンドーラの一件やザディアスと魔人が繋がっているなどという情報まで出てきては。


「……余は、あれの間違いを強く咎めることができなんだ。余が変異したことを、いずれ我が身に来るものと恐れるは当然であろうからな。だが、そんなものが何の免状になろうか。故に王として真偽を確かめねばならぬ。事実であればザディアスの行いは許されぬし、あれも後には退けぬであろうよ」

「父上……」


 アドリアーナ姫が気遣わしげに声をかける。エベルバート王は少し寂しそうに苦笑した。


「そして、それを確かめるならば、今をおいて他に機はない」


 エベルバート王にしてみると今この時が決断を下すか、このまま座したままでいるかの分水嶺なのだ。

 だから俺達の持ってきた情報の真偽を、ザディアスの反応を見て確かめなくてはいけない。理屈で分かっていることではあっても、感情はまた別なのだろう。


 俺は……エベルバート王のようにザディアスの内心を気遣うこともできないし、変異を恐れてそんな行動に出たと言われても、腑に落ちないところがあるけれど。いずれ我が身に降りかかるからというのが理由であるならば、研究の建前にしようとはしないはずなのだから。


 そもそもエリオットの誘拐と洗脳、ジルボルト侯爵にやったこと、ヴェルドガルでしようとしたこと、どれ1つとっても言い訳にさえならないだろう。エベルバート王の言う通りだ。

 だけれど、それを今口にしようとは思わない。感情を整理し、決断を下す時間はエベルバート王にも必要なものだし、全てはこれから確かめればいいだけの話だ。




 飛行船は城に船尾を向ける形で停泊した。そこからは2つほど意味が見出せる。あの球体がやはり飛び道具に分類される兵器である可能性が高まったという点がまず1つ。


 お披露目である以上、船の性能などをある程度説明するつもりではあるのだろう。その際に飛び道具を城に向けて停泊していたなどというのでは、武威を示すためだとしても些か拙い。

 もう1点は……ザディアスが罠に気付いているわけではないということだ。もし察知していれば、説明を済ませていないのだから兵器は城に向けたまま停泊させる形を取るだろうからだ。


 謁見の間に続く控えの間で俺達が待機していると、ザディアスとヴォルハイム、そして黒騎士達が控えの間に入って来た。ザディアスとヴォルハイムは武装していないが、黒騎士達は王太子の護衛ということで帯剣しているようだ。


「これはステファニア殿下、ご機嫌麗しゅう」


 ザディアスは余裕ぶった笑みを浮かべて挨拶をしてみせた。


「これはザディアス殿下」


 ステファニア姫は優雅に一礼すると答える。

 

「陛下へのお見舞いが滞りなく済みましたので、謁見の間にて父上からの挨拶を奏上することになりました」

「私共も晩餐の前に、使者の挨拶の席には顔を出してほしいと宰相より言われましてな。こうして学連の学長と共に参った次第です」

「そうでしたか」


 そう。それでザディアスらは謁見の間の左側の席に並ぶというわけだ。病床にある国王の代理として宰相が謁見の間にて挨拶を受け、親書を受け取るという手筈になっている。少なくとも、ザディアスにはそう伝えられている。


「治療はどうなりました?」

「陛下からは感謝の言葉を頂戴しました。容態は……私の想像を超えていましたが」


 具体的な結果には言及せず、静かにステファニア姫が言う。

 それをどう受け取ったか、ザディアスは形だけ神妙な面持ちで頷いてみせる。


「仕方がありますまい。我等とて手の打ちようがなく、戸惑っている部分がありますからな。話題を変えましょうか。外の船をご覧になりましたか?」

「はい。先程王城の窓から。シルヴァトリアはさすがに魔法大国だけあって、すごい物を作るのですね」

「そうでしょうとも」


 ステファニア姫の返答に満足したのかザディアスは笑みを浮かべる。


「殿下さえよろしければ後で船に乗せて差し上げましょう。空からのシルヴァトリアの眺めは格別ですぞ」

「そうですね。機会があれば――」


 そこで謁見の間の奥からラッパが吹き鳴らされる。宰相が到着したという合図だ。


「では後ほど」

「それでは」


 控えの間を横切り、左側の席へとザディアスが入っていく。

 高らかに奏でられるラッパに合わせるように、ゆっくりと正面の扉が開かれていく。使者として、ステファニア姫の後ろに一歩控えて謁見の間へと進む。

 左側にザディアスと学長。黒騎士。右側に国王の側近達。

 兵士が高らかにシルヴァトリアとエベルバート王を称える文言を唱え、ラッパが吹き鳴らされる。謁見の間の奥の通路から姿を見せたその姿に、ザディアスが目を丸くして小さな声を漏らす。


「な、に?」 


 そこでザディアスが見たものは――エベルバート王の壮健な姿であった。

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