番外1898 確かめるように
決勝戦に先んじて、王城から他の候補者達も姿を見せる。自分達の戦いの結果を見届ける、ということだ。
「自分達に勝ち残った者達が戦う姿を見届け、その資質を見定める、というわけだな。獣王としての資質に問題があると感じられた場合、決勝戦の後に我らや氏族長同様、獣王の継承に異議を申し立てる事ができる」
イグナード王がその意図するところを教えてくれた。なるほどな。決勝戦になれば、後は獣王位を継承する者を決めるだけとなる。
継承戦が行われている間、候補者同士や外部との接触を禁じているのは、不正や工作が行われるのを防ぐためでもある。だから最終的には敗れた候補者達もまた見定める側に回る、というわけだ。
実際に勝ち上がった者を目にしないままで見定めることはできないだろうしな。その上で、衆人環視の上なら内外からの工作等もできない、というわけだ。
観戦席に案内されてきた候補者達は落ち着いている様子だ。観客達からも大歓声や賞賛の声で迎えられ、笑みを浮かべて応援に駆けつけてくれた面々に手を振ったりしていた。
特定の候補者を応援しにきている面々に関して言うのなら、応援していた候補者が敗れた後は勝った者や次点で応援できる者を応援しているようだ。北方出身や軍事関係者出身と思われる者はシュヴァレフの応援に回っている者が多いかな。やはり、シュヴァレフは北方では高名ということなのだろう。
「先程はありがとうございました」
「お陰で体調も良く感じます」
「いえ。それは何よりです」
やってきた候補者達に挨拶をしつつ、決勝戦の始まりを待つ。歌姫と楽士達も勇壮で壮大なアップテンポの音楽で場を盛り上げてくれているな。
舞台の修繕も終わり……候補者達と試合を振り返ったりしていると、イングウェイとシュヴァレフの準備も整ったということで、猫獣人の文官が声を上げる。
「それでは――獣王継承戦、決勝戦に移りたいと思います!」
その宣言に、観客席が湧き立つ。歌姫が「我ら獣王の民なり! 英雄の誕生を祝い、迎えよう!」と声を上げ、音楽と歌声に合わせて「英雄を! 英雄を!」と合唱するように繰り返し、足を踏み鳴らす。フォリムを応援していた小さな精霊達までそれに倣うように腕を振り上げ、足を踏み鳴らしたりしている。
血沸き肉躍る演出というか。外から来た俺達でも気分が高揚するな。
そうした歓声の中で、イングウェイとシュヴァレフが王城からやってくる。うねるような大歓声。楽士達が曲調を変えると声も静まっていく。
「勝ち上がってきた二人の英雄を、改めて紹介したいと思います! まずは白銀狼の異名で知られるイングウェイ殿! エインフェウス各地を巡り、様々な事件の解決、困窮した者の救済に手を貸しているため、その武勇を知る方も多いでしょう! 近年ではヴェルドガル王国にも赴き、武者修行の旅に出ていたというお話です!」
そう猫文官が紹介すると、イングウェイが一礼で応じた。イングウェイを応援している面々からの声援も飛んでいる。
「続いて、黒き陣風、シュヴァレフ殿! まだ若かりし頃に魔物の大規模な渡りからいくつもの集落を守った話は未だに語り草となっております! 今現在は北方にて軍部の教導官をなさっており、高名な武人として武官や武芸者の方々に広く名を知られております!」
紹介に合わせてやはり歓声が上がり、シュヴァレフもまた静かに頭を下げた。
「決勝の場にてシュヴァレフ殿ほどの相手と見えることが出来ること、誇りに思います。しかし、託された想いに懸けて、負けるわけには参りませんな」
「それはこちらも同じこと。全霊を以って挑ませてもらう」
二人ともこれ以上言葉は必要ないとばかりに構えを取り、全身に闘気を漲らせて向かい合う。知り合いなのかどうなのかは……今のやり取りで判別はできなかったが。少なくともお互いのことは知っていて、その実力を認めているように思えた。
「では――」
イグナード王も立ち上がり、僅かな間、感慨深そうに目を閉じる。これで獣王位も決まるとなれば、イグナード王としても胸に去来する想いがあるのだろう。しかしその感傷か追想か。そうしたものも、そう長くは続かない。
「始めッ!」
合図を送れば銅鑼の音が鳴り響き、決勝戦が始まった。
「おおおおぉおッ!」
「はあああああッ!」
咆哮を上げて。どちらも真っ向から切り込んでいく。示し合わせたように爪に闘気を込めて、光の尾を引きながら。
そして、彗星を思わせる二つの爪撃が舞台中央で激突した。
ぶつかり合って、重い音と共に大きな衝撃が弾ける。爆発するような火花。お互いの開幕の一撃にはそれだけの想いと威力が込められていた。
獣王を目指し、研鑽を積んできた者同士。そこに込められた想いと力はどれほどのものか。
激突の大きな衝撃にイングウェイもシュヴァレフも上体が揺らぐが、それも一瞬の事。刹那の後には凄まじい密度の連撃が繰り出される。
爪撃。刺突。拳と拳が交差して弾き弾かれ、続く攻撃を回避しながら跳ね上がるのは恐ろしい程の威力が込められた膝蹴り。肘をぶつけるように受け止め、脇腹を狙うようにイングウェイの掌底が叩き込まれる。
そう来るのは読んでいたとばかりに同じく掌底が叩きつけられたかと思うと力の流れを逸らして組み技に持ち込むように更に踏み込む。掴まれれば投げや関節技に持ち込まれるが――そう易々と腕を取られる程イングウェイも甘くはない。すぐさま腕を引いての至近戦。
先程の攻防に増して密度の濃い攻防だ。投げ技、組み技の心得は双方とも持っているようで、掌底と刺突、薙ぎ払いといった技の中に、爪を立てるどころかそのまま肉ごと抉り取るような掌握が入り混じり、影さえ留めないような速度で互いの腕が交錯する。
掴み技に対する対処法は、腕の動きで逸らすか弾く、体捌きによって回避するといった技術に加え、闘気を噴出させて纏い、相手が実体を掴めないように妨害するといったものだが……互いに本職かと見紛うばかりの巧者だ。
高速の攻防の中での攻め方、いなし方といった駆け引きが上手く、まともに捉えさせない。二人とも万能型というのは分かっていたが、打撃以外でも、ということだろう。勿論、まだ様子見の段階で、防御に重きを置きながら相手の技量を確かめているという部分もあるだろうが。
打撃と斬撃、掴み技の入り乱れる攻防の中でも闘気を応酬し――無数の火花が弾ける。防御寄りに戦っているかと思えば肋骨や筋繊維の隙間を貫くような危険な技も要所要所で混ざっており、油断をすればあっという間に勝負が決まる。非常に高度で密度の濃い技術戦だ。
腕を回すように受けたかと思えばイングウェイが上体を逸らす。好戦的な笑みを浮かべたシュヴァレフも、応じるというように上体を逸らした。
重い音が響く。相手の研鑽や性格、考え方を確かめるというように同じ技で応じて見せた。つまりは全身のバネを使っての頭突き。闘気の込め方が甘ければそのまま意識を失いかねないが、双方ともそのまま動く。上体が後方に弾かれたかと思えば横飛びに動く。今度は並走しながらの機動戦だ。
一つ一つ相手の手札を確かめているのは間違いない。双方とも万能型であるからこそ、細かな差を理解してそこを起点に勝機を見出そうということなのだろう。力、速度、技術。どれほどの実力があるのかを隠しながらも凡そのところを推測し、戦い方を組み立てている最中。勿論、攻防の中に偽情報を織り交ぜているが、だからこそその中に本命の攻撃を混ぜ、それへの対応を見ている。
機動戦の展開はと言えば――こちらも凄まじい速度だ。白銀と黒の疾風となり、交差の瞬間に空間ごと切り裂くような爪撃が繰り出される。軌跡と闘気の残光が交差して火花が散ったかと思えばもう通り過ぎていて。体勢を立て直したと思った瞬間には反転。右に左に跳んで間合いを詰めて切り結ぶ。中央から舞台端までを使って跳び回り、斬撃と闘気波が飛び交う。場外ギリギリでの攻防というのもまた、相手の対応力を見ている感があるな。
共に柔軟で駆け引きにも長け、身体から闘気を噴出して苦しいはずの体勢も支えられるから早々に場外負けということはなさそうではあるが。
試合はまだ始まったばかり。共に探りを入れ、偽情報を与えながら瞬間的に仕留める隙を伺うという、総合力を競いつつも緊迫感に満ちた展開。
しかし……そんな探り合いのまま、様子見のままで終わるはずがない。
力で切り崩し、ねじ伏せるような動きは両者ともにまだ見せていない。力と技は、補い合うもの。二人が技術戦や高速戦闘だけで済ませるはずがない。
何より、両者の表情が物語っている。二人とも、笑っているのだ。牙を剥き、楽しそうに。
技量が。実力が。思考が噛み合う相手。だからこそ、持てる手札の全てを以っての戦いとなるだろう。