番外1897 勝者へ託す想いと共に
派手な大技の応酬による決着ではあったが、フォリムのダメージは……それほど大きくないようだ。
手をやってかぶりを振っているが……無事であることが分かると観客達からも安堵の息が漏れていた。特に観戦に加わっている小さな精霊達はほっとしている様子が傍目からも分かりやすい。
憑依も解除されて契約精霊であるドライアドも顕現し、フォリムを心配しているようではあるが。
「ん……。私は、大丈夫ですよ。ごめんなさいね。もっと上手くやれたかも知れないのに」
そんな風にドライアドの頭を撫ででフォリムが言うと、ドライアドの方も首を横に振って、自分の力が足りなかった、というように胸のあたりに手をやってフォリムを見やる。
「それなら……また二人で頑張りましょう。今回の参加は、色々と勉強になったわ。きっと私達はもっと強くなれると思うから」
そう言うとドライアドもにっこりと笑い、こくこくと頷いていた。そんなやり取りにみんなからも笑みが零れている。契約精霊との関係も良いもののようで、見ている小さな精霊達も嬉しそうだ。
治療班も駆け付けてきて、俺達も舞台上に降りる。早速シュヴァレフとフォリムの治療に移った。両者とも細かい手傷を受けていたり、手足に防御や相殺の時の負荷がかかっているのは見て取れる。少なくともシュヴァレフは相当に消耗しているが、大きなダメージはないな。
フォリムについては――細かな傷や攻防での負荷の他に……限界を超えてしまった事による反動と結界まで吹っ飛んだ際のダメージがある。反動ダメージについては循環錬気で魔力の流れを整えていくのが良さそうだ。
「治癒魔法は背中側に重点的に。憑依の反動については、こっちで流れを整えておくから、それで回復までも相当早くなると思う」
「分かりました」
アシュレイがにこにこしながら背中側に治癒術を施していく。
「ありがとうございます。お話には聞いていましたが、素晴らしい技術ですね……」
フォリムは循環錬気を受けて感動しているようにも見える。やがて治療も終わり、フォリムとシュヴァレフは言葉を交わす。
「力及ばずでしたが……最後は上手く制御してもらったようで、感謝しています」
「いや流石に、あれだけの力をそのまま叩きつけるというのは、な」
フォリムの言葉に苦笑するシュヴァレフだ。闘気の制御を行って、最後に闘気を炸裂させるのではなく押し流すようにしながら力が集約しないよう拡散させた、というわけだ。その結果が派出な見た目の割にダメージが小さかったフォリム、というわけだな。
「私としては……最後の技を含め、決着や参加自体には納得しています。この子と力を合わせても尚届かなかったのは悔しいというのは確かにあるのですが――勝ち上がった方々を見るに誰が獣王になったとしても獣王国の未来は明るいな、と。勿論、私達に勝ったシュヴァレフさんのことは個人的に応援していますよ」
フォリムがそう言って笑う。イグナード王やウラシールから聞いた話も含めると、フォリムはエインフェウスが外に向かって門戸を開くようになったこの時期に、獣王が継承されるというのが心配で出場したということだからな。
ドルイドや精霊使いとしての矜持もしっかりとあることが伺えるから、優勝を目指していたし獣王になることもしっかりと見据えていたようではあるが。
その上で……勝ち残ったのは前半戦ではケルネ。後半戦で残ったのがイングウェイとシュヴァレフ。ケルネとフォリムの面識は分からないが、イングウェイについては元々評判が良かったし森都でも知られている人物でもある。シュヴァレフとも直接拳を交えて人となりを知り……色々と安心できたというのはあるのではないだろうか。
シュヴァレフは全力を振り絞って尚、最後はフォリムに大きな怪我をさせないように制御まで行っていたからな。教導官として後進の育成に当たっていること。若い頃から民を守るために奔走していたこと。それら諸々の話を含めて実感として理解できた、というところか。
「……それは……身が引き締まる思いではあるな。全力を尽くすと約束しよう」
シュヴァレフが手を差し出し、フォリムと握手を交わす。ドライアドもにこにこしながら一緒に手を重ねていて、二人が表情を綻ばせる。周囲からも大きな拍手が起きていた。
俺達もそんなやり取りと、王城に戻っていく二人を見届け、舞台の修繕班に後を頼んで観戦席へと戻る。
後半戦ともなると舞台も毎試合壊れてしまう印象だな。高度な闘気技等がぶつかり合うから激戦になれば仕方のない事だが。ともあれ決勝戦後にもう一度修繕と考えれば、修繕が必要なのは最低でもあと1試合とも言える。魔力やマジックポーションがもたない、ということもないだろう。
というわけでみんなのところへ戻る。
「準決勝から決勝ということで、試合間隔も短くなっておりますから、修繕の状況を見ながら少し休憩を挟むこととなります」
案内役のマウラがそう教えてくれた。
「ああ。体力や怪我は治っても、集中力等はそうとは限らないですからね」
メンタル面や集中力に関しては必ずしも時間があれば良いというものでもないから本人次第ではあるが……少なくとも双方備える時間は必要だ。
まあ、先程までの試合と同様、少し感想戦や分析などをしつつ待っていればいいだろう。
というわけで腰を落ち着けてみんなと話をする。
「先程の試合も内容の濃いものでしたね。精霊憑依への対策や知識がシュヴァレフさんにあったのかはわかりませんが、増大する力を見てああした対処ができるというのは実力もそうですが、経験の豊富さ故かも知れません」
力が増大していく相手に対し限界があるだろうと見積もり、そこを探って仕掛ける、というのは……分析能力や情報が足りなければ賭けになってしまう部分もあるが、こうした試合形式であれば問題はない。外部から力のリソースを引っ張ってきているなんて事はないだろうしな。対策として、精霊憑依の使い手を相手にした時以外でも出番があるだろう。
「耐久戦ではなく消耗戦、でしたね。確かに、術者と武人が互いに挑み合う構図としては、この上なく正面からの衝突とも言えるでしょう」
ウラシールが顎に手をやって真剣な表情で言った。
「獣王継承戦に相応しい内容と言えましたな。シュヴァレフ殿もほとんどの力を使い果たしていた様子。どちらが勝っていてもおかしくはない内容でした」
氏族長が言う。そうだな。試合で当たる順番が違っていれば――例えば憑依の力が高まっている第二試合だったならば、フォリムの初動はもう少し低調でも、終盤には余裕が出てくるから展開や結末もまた違うものだったかも知れない。
その場合は序盤を凌ぎ切れずに負けてしまう可能性もあるし、先程の試合でも勝負を仕掛ける前にどちらかの攻撃が直撃して勝負の趨勢が決まってしまうことだって有り得た。何とも予想の難しいものだ。もしもの話にあまり意味はないというのはそうだが。
「私としては、放った闘気の渦をもう一度自分に纏い直す技が気になりましたね。私の戦い方にも応用ができそうです」
グレイスはそう言って笑みを見せている。
「ふむ。あれも闘気術としてはかなり高度なものだな。攻撃の為に渦として放った後、自爆しないように強化用へと、細かく制御を行っている」
イグナード王が闘気技の解説をしてくれた。
「渦を放った空間には相手は踏み込めないから、間合いを自分のものにしやすいのも利点」
シーラもそう言って頷いているな。水の渦に闘気を重ねた技を使っているから、その辺は経験に裏打ちされた部分があるのだろう。うん。得られるものが多いな。
先程のシュヴァレフとフォリムのやり取りもみんなに伝えると、観戦席の面々も満足そうに笑みを見せていた。勝ち残ったイングウェイもシュヴァレフも、どちらも気兼ねなく応援できるような武人。イグナード王や氏族長達としては喜ばしい事だろう。