番外1896 削り合いの果てに
王城から武官、文官達に先導されて、シュヴァレフとフォリムが舞台上へとやってくる。
「フォリム殿か。噂に聞く森都のドルイドの力、目にするのが楽しみだ」
「私こそ、シュヴァレフ殿のお噂は幾度も耳にしていますよ。北方の教導官……その任に就く前は……魔力溜まりで起きた魔物の大移動への対処で名を馳せた御仁でしたね」
「懐かしい話だな」
そんなやり取りを交わす二人だ。お互いに対して好意的なやり取りだが……二人とも闘気と魔力を漲らせ、これ以上ない程に臨戦態勢を整えているな。
「魔力溜まりの主が世代交代して大きな渡りが起こったという事件だな。シュヴァレフは近くの集落を守る為に奔走し、強力な魔物の何体かを討伐したのだ。シュヴァレフの実力や判断力、雪山への知識もさることながら、雪上の高速移動ではクズリ氏族の得意分野でもある」
イグナード王がその時の事件について説明してくれた。
なるほどな。まあ、魔力溜まりの主に絡んだ渡りは周辺地域への影響がでかいからな。当事者にとっては大事だ。そうして軍部で名を馳せて、後に教導官になったという経歴なわけだ。
試合前に舞台周辺やお互いへの挨拶を終えた二人は、距離をとって向かい合う。その時には表情も纏う雰囲気も友好的なものから緊張感のあるものに一変していた。
司会進行に合わせてイグナード王が立ち上がり――そうして合図を送る。
「では――始め!」
腕を振り下ろすと同時に銅鑼の音が打ち鳴らされて試合が始まる。開幕と同時に、フォリムの術とシュヴァレフの闘気弾が飛び交った。
フォリムの術は――木魔法、トランプルソーンだ。茨の玉を形成して効果範囲にいる対象の動きを封じたり、茨玉を障害物や武器として用いるというもの。
無詠唱で放たれたそれは、丁度二人の中間地点辺りに作り出され――飛来した闘気弾がそこに炸裂する。両者、その初手の後にも止まることなく動いていた。
シュヴァレフは茨玉を避けるように迂回する位置へと疾駆し、フォリムも闘気弾で砕かれたトランプルソーンの欠片を回避しながら、マジックサークルを展開して精霊を憑依させる構えを見せる。
シュヴァレフは経験豊富故に、術者に対して警戒して開幕と同時に真っ向から突っ込むのを避けたか。候補者相手に試合形式で勝ち上がってきた、ということはそうして限定的な空間内で速攻を仕掛けられる事にも対策があると読んでのものかも知れない。
一方でフォリムも、シュヴァレフの実力や速度を高く評価しているから、精霊憑依の前に妨害と目眩ましを兼ねたトランプルソーンという一手を挟んだのだろう。
迂回したシュヴァレフは、茨玉を盾にするように動くフォリムの影の端を視界に捉えたのか、右に左に跳躍しながら間合いを詰めていく。
接触するその時には――もうフォリムの精霊憑依の術式展開も終わっていて、爆発的に増大した魔力を纏っていた。
やはり、一回戦目、二回戦目の時より段階的に憑依までの速度や力を発揮し始めるまでの速度が増している。
そして、発揮される力自体も。シュヴァレフの爪撃を受け止めたのはマジックシールドではない。イェルダが氷の手甲を展開したように、フォリムの手足にも植物の手甲や脚甲が展開されていた。指の先端が棘のように尖っているあたり、エインフェウスの武術に合わせて爪撃を可能とするものだろう。
宿る魔力や増強されている身体能力も相当なものだ。エルフとドライアドの相性が良いというのもあるのだろう。だから身体能力や闘気の扱いに優れるシュヴァレフとも爪撃で打ち合う事が出来る。
矢継ぎ早にぶつかり合う攻撃と共に、闘気と魔力が干渉しあって火花が弾ける。幾度も衝撃が走り、その感触はシュヴァレフをして満足させるものだったのか、口の端から牙を覗かせて好戦的な笑みを見せると、更に闘気が膨れ上がった。
それを解放するよりも一手早く。フォリムが横に手を振るえば、舞台中央に残っていたトランプルソーンの残骸が意思を持つかのように動いた。
茨が伸びて鞭のようにシュヴァレフに迫る。木精霊として干渉したのだろう。風を切って薙ぎ払ってくる茨に対し、シュヴァレフは裏拳を繰り出すような動作から闘気の波を放って粉砕する。
その時には茨鞭の迫ってきた方向から対角線上に移動したフォリムが間合いの内に飛び込んでいた。茨と本体による波状攻撃。こういった多角的な波状攻撃を仕掛けられるのも術者の強みと言える。
が――シュヴァレフの対応力も流石のものだ。教導官の前身として実戦に身を置いていたこともあり、多対一の戦いにも慣れている様子が見て取れる。同時攻撃と見るや、即座に高めた闘気の一部を広げて視覚外から迫るようなフォリムの動きを感知し、そのまま爪撃をもう一方の手で受け止めている。
受け止められたと見るや、後ろに引きながらの横薙ぎ。棘爪から四条の斬撃波がシュヴァレフへと迫る。それを――シュヴァレフは前に出ながら受けた。踏み込みながらも肘と膝で挟み込んで上下から叩き潰すように受け、最短距離を突き抜けるようにしてフォリムに迫る。
踏み込む動作と共に打ち下ろしの裏拳がフォリムの頭上から放たれた。こちらも視覚外からの一撃。だが、見えているかのように転身して避けるフォリム。
終わっていない。弧を描くように打ち下ろされた裏拳から地面に向かって闘気が放たれ、掬い上げるようにシュヴァレフの掌が跳ね上がると、闘気が間欠泉のように噴き上がった。フォリムもまた回避するが――その陰から迫っていた茨が噴き上がる闘気に呑まれて消し飛ぶ。
動き全てが次の攻防に繋がっているような両者の動き。ただ、フォリムの動きは少し異質だ。反応して避けた、というより闘気の動きからそう来るのも予想していた、というような対応。憑依体故の、何かしら五感以外の感知能力があるのかも知れない。
そのまま切り結び、攻防の中に斬撃波を混ぜ込むように飛ばす。互いへと飛来する闘気と魔力の波を砕き、掻い潜り、踏み込んでは打ち合って弾かれ、また飛び込んでいく。両者共に流れるような攻防。密度もレベルも相当なものだ。
シュヴァレフの闘気の扱いが巧みなのは分かっていたが、フォリムもまた魔力の扱いが上手く、加えて何かしらの感知能力によってシュヴァレフの攻撃、防御への対応が非常に速い。棘の爪も植物であるが故に、リーチは一定ではない。攻撃がシュヴァレフの頬の、すぐ横を掠めていく。あれも、何かしらの感知をしているからこその攻撃だろう。
植物の遠隔操作も感知も、前の試合までは見せていなかったものだ。シンクロの度合いが上がっているこそ使えるようになった能力か。
木……木精霊か。生命反応の動きを見ている? それとも憑依しているが故に、意識を分散できるのか。判断材料は傍から見ているだけでは足りない。戦っているのが自分なら考え付く可能性とその対策を試み、対処法を見てそれを特定するところではある。
シュヴァレフも、フォリムの対応速度に特異なものを感じたのだろう。切り結びながら、イングウェイがしたように闘気の操作と実際の肉体の動きによるフェイントを交えだした。
その動きに対するフォリムの対応は――変わらない。シュヴァレフの見かけだけ膨らせた闘気の波を無視して、本命――闘気の凝縮された刺突にのみ反応して見せた。
「闘気の動きそのもの――生命反応の動きを感知しているのかな」
意識を分割して多面的な攻撃に対処できるのだとしても、ああして正面から視覚に訴えるフェイントを仕掛けた場合に惑わされない理由にはならない。
ならば闘気自体の感知ということになるが……そうであるなら闘気を主体とする戦士にとってはかなり厄介な力と言えるだろう。
憑依させているから高い身体能力と魔力に基づく攻撃力を備えている。闘気を使わなければ攻撃への対応が難しく、しかし闘気を使った動きは鋭敏に察知する。感知能力と技量の高さから被弾を許さず、再生能力を持つからこそ闘気を消耗させながら持久戦も仕掛けられる。
対処法は、ある。憑依体故の弱点も存在する。それを考え付くか、或いは知識があったとして、実行できるかはまた別の話となるが――。
「こおおっ!」
息吹と共にシュヴァレフの身に纏う闘気が膨れ上がった。揺るぎのない重厚な闘気だ。
そう。それも対策の一つ。イェルダのように低温を使えるような場合ならばまだしも、闘気術を主体とする戦士に取れる手段は、そう多くはない。
第一試合、第二試合では仕掛けた側の力が足りずにフォリムに圧倒されたが、シュヴァレフならばどうか。
「は、ああッ!」
フォリムもまた、応じるように魔力の噴出量を上げた。蔦が筋繊維のように四肢に伸び、更なる増強を行う。相手の狙いが明確故に、同じ土俵で戦うという意思表示だ。
舞台を蹴り足で砕くほどの勢いを以ってシュヴァレフが迫る。速度も威力も増した両者がぶつかり合う。空気を震わせるような衝撃が幾度も走った。
その攻防の中で――。弾かれて、離れ際。軽く前に出すように構えたフォリムの掌の先端に――何か棘のある種子のようなものが生じる。そう思った次の瞬間に弾けていた。
ホウセンカの種子のように弾けて、散弾が放たれていた。魔力の込められた尖った種子は十分な威力を秘めている。
が、その散弾ごと吹き飛ばすように、シュヴァレフが腕を振るえば闘気が渦を巻いて吹き飛ばす。範囲攻撃で諸共に叩き潰す。散弾や感知能力への対策としては、正しい。
渦巻く闘気の中に自ら飛び込むようにして、シュヴァレフが間合いを潰すように突っ込んでくる。先に放った闘気渦の制御を手放していない。身体の捻りと渦の動きを同調させて、続く攻撃を更に増強している。
これも感知能力潰しの一つ。闘気の流れが乱れている空間なら、正確な動きを読み取ることはできない。渦を纏った拳を手甲で逸らそうとして――フォリムの身体ごと渦の回転方向に流される。
目を見開くが、逆らわない。側転するように渦の流れに自ら乗って。迫るシュヴァレフの蹴りを空中に浮いた体勢のまま、髪から伸びた蔦を使って身体を支え、魔力を集中させた手甲で受ける。
横に弾かれながらも直撃は避けている。蔦によってどんな体勢からでも最速で立て直せる分、更に踏み込んでくるシュヴァレフの追撃への対応も間に合っている。
勢いに押されての防戦一方ではない。フォリムもまた突き、払い、かち上げ、打ち下ろして応戦する。至近から散弾と闘気波が飛び交い、凄まじい密度で縦横に飛び回りながらの攻防戦だ。範囲攻撃、威力を重視した波状攻撃に対応するには、攻撃こそが最大の防御ということでもある。互いの技を相殺し、力に力で対抗する。長期戦を考えていないという程の飛ばしようだ。
「持久力では――」
クズリの氏族長が表情を曇らせる。そう。持久戦、持久力という面は再生能力を持つフォリムが有利になる領分だ。但し――。
「いえ、こういう形の……消耗戦となればまた話が違います」
持久戦ではなく、消耗戦。これも精霊憑依への対策の一つとなる。マルレーンもそのあたりの知識はあるのか、こくんと頷いた。ウラシールもまた、真剣な表情で戦いの行方を見守っていた。
これが第一試合、第二試合であったなら前提も変わっていたか。その場合はまた序盤から全く違う展開になっていたから、予測の難しいところだ。
精霊を身体に宿し、力を引き出す。時間経過と共に更に同調して大きな力を引き出せるようになる。しかし。自分以外の存在を身体に宿し、本来持ちえない力を振るうというのはメリットばかりではない。
「は、あああああああっ!」
フォリムが裂帛の気合と共に更に魔力を増大させる。気合を込め、魔力を噴出する振りをして、揺らぎそうになったのを隠したのだろう。弱点を見せるわけにはいかない。
そうだ。精霊憑依の弱点。大きな力を引き出すことはできても、術者としての器に限界はある。その力は諸刃の剣であり、キャパシティを超えれば反動が生じる。
だからこそ、持久戦ではなく、消耗戦と呼べる形にまで拮抗してしまえば、いずれ限界は来る。第一試合、第二試合ではフォリムに届かず、そこまで至れなかっただけで。だから、対抗するために限界が近付く程の力を引き出させたのはシュヴァレフの実力だ。
では、フォリムはどうするのか。こちらもまた、勝負を仕掛けに行っていた。
ぎりぎりの力を引き出し、それによって攻勢に回る。受けようとしたシュヴァレフの闘気による防御が弾かれ――それでも退かない。当たれば勝負の決まる巨大な爪撃を皮一枚の距離で回避し、牙を覗かせて踏み込み、闘気を叩きつけるように放つ。
ぶつかり合い、弾き弾かれ、反転して踏み込み、逸らして打ち込む。相殺したかと思えば受け流し、砲弾のような闘気や魔力が瞬間的に叩き込まれ、爆風を突き抜けるように跳び込んで、目まぐるしく攻防が入れ替わる。
どちらの息が先に切れるか。或いはその前にどちらかが直撃を許して趨勢が決まるというのも十分に有り得る。
見ている方すら息苦しくなる程の削り合い。その中で。
「かっ、はっ!」
弾かれて両者の距離が空いた、その瞬間。今度こそ、フォリムの魔力が揺らいだ。限界点。それともそう見せかけたブラフか。
「おおおぉぉおおおッ!」
シュヴァレフの判断は――咆哮と共に全霊を以って残った闘気を掌に込める事だった。距離の空いた、その位置から。突き出される掌底と共に闘気の巨大な砲弾が放たれていた。
フォリムもまた、持てる魔力を振り絞るように緑色に輝く巨大な魔力弾を放つ。
「ぐ、うううぅうッ!」
「かああああッ!」
ぶつかり合った力と力が眩いほどのスパーク光を散らし、拮抗しながら押し合う。放出しあった力の果てに――。
がくんと、フォリムの身体が揺れる。揺れて僅かに放出する力が逸れて拮抗が崩れる。咄嗟に両手を交差させるようにしてフォリムは受けた。防御の構えを見せるが、押される。濁流に流されるように。
そのまま手もなく押し流されて、フォリムの身体は場外の結界壁にまで吹き飛ばされていた。そして舞台の上には、全ての闘気を放出し尽くして、肩で息をするシュヴァレフの姿があった。