番外1895 技の歴史は
「そこまで! 勝者、イングウェイ!」
イングウェイの勝利が宣言され、レグノスとの戦いに決着がついた。大歓声の中で治療班が駆け寄り、早速レグノスとイングウェイに治療を施していく。例によって俺達も舞台に降りて手伝いに加わった。
イングウェイも、最後の攻防でレグノスから受けた胸の傷は中々にダメージが大きかったようだ。
闘気による止血を施している。命に係わるような深手ではないが、止血をしなければ戦闘続行には関わってくる、だろうか。逆に言うならまだ戦える余地を残している、というあたりは流石と言うべきか。
治癒術が施されると、イングウェイ自身も安心したのか、自前の止血を切り上げて腰を落ち着けていた。レグノスとの戦いも……イェルダ戦同様、かなりの激戦だったと言えるだろう。
レグノスの方は――身体を打ち付けているので循環錬気で隈なく見ていく。こちらも……命に別状はないな。試合で命を奪うつもりはお互いにないというのもあるだろう。勿論、手加減している余裕はないだろう。
ただ……候補者達は相手の防御技術、闘気を含めた耐久力や、戦闘続行の可否を見極める審判達の目、治療班の腕への信頼もあって、ギリギリのあたりで闘気を込めて、技を振るうことができる。
致死確実になるような急所攻撃さえ避ければどうにかなるという過去の継承戦での経験則もあるんだろうな。
「この部分、それからここは重点的に治癒術を施した方が良いかと」
「おお……! 助かります」
ダメージの大きい部位について治療班にアドバイスしていくと、イングウェイとレグノスの状態も良くなったようだ。
「ありがとうございます。随分と楽になりました」
「いやはや……。改めて素晴らしい技術ですな」
レグノスが笑い、イングウェイがうんうんと頷く。二人とも問題はなさそうだ。
「最後の技は驚いた。あの攻防で決着が付かないまでも、かなり優位に立てると思っていたのだが」
「あれは――境界公の技を参考にさせてもらったものですな。これほど切羽詰まった状況で使う事になるとは思ってもみませんでしたが」
「ほう……。やはり外に目を向けるべきなのだろうな。世界は広い……」
と、そんな会話を交わしている二人であるが。少しだけ誤解があるので訂正しておこう。
「僕も自力で開発した技、というわけではないですよ。以前戦った高位の魔人……ガルディニスの使っていた技を模倣して再現したもので……更に源流を辿れば月の民の武術を元にした技ですから。それに……用いるのが魔力と闘気ではまた、必要とされる技術も細かい部分で違ってくるかと。紛れもなく、イングウェイさんの努力の結晶ですね」
魔力も精神状態で出力、性質等が左右されることがあるが、闘気もそれは同じだ。例えばヴェルドガル王国の伝説的な騎士……鏡の騎士ラザロの使う破魔の力を持った水鏡の太刀等がそうだ。あれは精神統一で清浄な気を闘気に宿らせることで効果を発揮する技である。
グレイスの漆黒の闘気もヴァンパイアの衝動、性質を宿らせたものなので、こちらも色々と特殊なことができるな。
イングウェイの先程の技も……そうした特殊な変化に通じる部分があるように思えた。精神集中が必要なあたり、水鏡の太刀とも近いような気がするが……対魔人の剣を追求していたラザロとは求めるものが違う、ということなのだろう。獣王として相応しい在り方を求めた結果の絶技というべきか。
「なるほど……それほどの歴史が……。しかし、長い戦いの中で本来あるべき使い手のところに収まったというのは運命的なものを感じますな」
レグノスは目を瞬かせ、感嘆の声を漏らしていた。
「運命的……そうかも知れませんね」
ガルディニスと戦った時点では魔人の背景も知らなかったしな。自分のルーツにも関係のある技だとは思いもしなかったというか。
ともあれ、舞台上であまり記憶に浸っている場合でもないな。レグノスの言葉に笑って頷いて応じる。
イングウェイとレグノスが共に立ち上がり……それから試合の興奮冷めやらぬといった調子で盛り上がる観客席に一礼した。また観客達の歓声が一段と大きくなり、拍手や賞賛の声を背に受けながらも二人は武官、文官達の先導に従って王城へと戻っていったのであった。
俺達も観戦席へと戻る。またも舞台が壊れてしまったが……まあ、修繕に関してはまだ魔力的な余裕もあるので大丈夫、とのことだ。
「中々の熱戦であったな……!」
楽しそうなイグナード王である。イグナード王としてもイングウェイと試合をする可能性はあるから他人事ではないはずだが……まあ、イグナード王の場合は対戦相手の実力があることは寧ろ喜ぶ性質だろう。
若しくはイングウェイがそうであるように、同じような技を隠し玉として開発していたり、対策用の技を考えていたりしてもおかしくはないな。
「最後の技には驚かされましたね」
と言ったのはエリオットだ。テスディロス達も含めて同意するように首を縦に振っていた。魔力衝撃波はエリオットやテスディロス達も見ているしな。その闘気版を編み出したというのは――参考になるものがあったとはいえ、相当な修練の賜物と言える。
「あの闘気の込められた掌底は、それほどのものだった、と。あれで戦いの流れが決定づけられたように見えました」
非戦闘員型の氏族長が確認を取るように言った。
「装甲や鱗、表皮……それに防壁の類を貫通して内面に衝撃を通すという技ですね。見た目以上に破壊力が大きいですよ」
「確かに我らにとっては未知なる攻撃やも知れません。我らには堅い鱗がありますから」
リザードマンの氏族長は顎に手をやって答える。生来堅い鱗を持つ種族だからこそ、内面への攻撃は未知のもの、か。確かにそうかも知れないな。
「ん。最後の攻防もすごかったけど、レグノスの体術もすごかった」
「リザードマンの体術も興味深いものですな。あれはやはり、技術として確立されたものなのでしょうか?」
シーラの言葉を受けてオズグリーヴが尋ねると、リザードマンの氏族長が首肯する。
「そうですな。我らの間で伝わっているものもありますし、レグノスもそれを身に付けてはいます。とはいえ……高水準で技を修めて、独自の動きをいくつも編み出しているあたり、他の者が同じようにできるというわけではありません」
基本は同じで……レグノスは実力者故にそのあたりを独自のものにまで昇華しているということらしい。特殊な体色を持つことからも分かるように、あの張り付く力もレグノスは独自の変化ということだから、体捌きも含めて他の者には真似できないそうだ。だから……自身の性質に合わせて自分で道を切り開いた、とも言える。中々希少なものを見せてもらったように思う。
そうやって先程の試合を振り返り、分析したり感想戦をしている内に舞台の修繕も終わり、猫文官が司会進行を行う。
続いては準決勝第二試合。シュヴァレフ対フォリムだな。
「こちらの試合も注目ですね。フォリムさんは憑依の段階が進んで、更に力を発揮できるようになっていると思いますし」
「試合を追うごとに調子を上げてきているな。勝敗の行方は分からん」
シュヴァレフはイングウェイと同タイプで弱点のないハイスタンダードな部分があるからな。裏を返せば相手に応じて弱点を突けるということでもあり……速攻を仕掛けられるとフォリムが苦戦すると予想していたが、契約精霊との同調が強まっている状態であればそうした弱点も消えるだろう。