番外1888 森都のドルイド
シュヴァレフの勝利が宣言され、拍手と歓声が送られる。
治療を受けたギヴレッドが立ち上がるとシュヴァレフと言葉を交わしていた。
「流石に、お強い。教導官とは聞いていたが、これほどとは」
「ギヴレッド殿も。格闘術と闘気術の確かな研鑽、しかと見せてもらった」
シュヴァレフは真剣な表情で頷く。ギヴレッドの動きは堅実な武芸の動きを基調に変化を加えた闘気術といった形だったからな。しっかりとした基礎を土台に変則的な中距離攻撃を備えていて、その実力はかなり高いと言える。
教導官をしているシュヴァレフとしては、ギヴレッドに好印象を抱いたようだ。その動きを高く評価しているのかも知れない。
「一度シュヴァレフ殿が指導をしているところを見に行きたいところだな」
「では――近く森都に教導を受けている者達が集まる機会がある。その折でよければ招待しよう」
「ああ。楽しみにしている」
シュヴァレフが少し表情を柔らかいものにして応じる。そうして握手を交わし、二人は拍手と歓声を浴びながらも再び一礼し、王城へと戻っていった。
「両者共に闘気術を主体とした展開でしたね」
グレイスが微笑む。自身も闘気術を使うグレイスとしても、色々な技を見られて自身の参考になる部分があったのだろう。
「相手の闘気による防御を見極め――斬撃波を撃つと見せかけて、闘気で強化した実体の爪撃を、間合いを変化させて繰り出す。あれが決め手になったな」
「あの辺は教導官らしいというか。巧者という印象でした。元々強者を相手にするのに慣れているのでしょう。シュヴァレフさんは……どの要素もかなり高い水準を持っているように見えましたが」
イグナード王の言葉にそう応じる。
弱点らしい弱点が見当たらない高水準な戦士というのは、イグナード王やイングウェイと似たようなところがあるな。
さて。続いての試合の準備も進んでいく。エルフの文官達が土精霊を使って舞台を補修していた。
闘気を使う以上、舞台の破壊も最初から想定しているのだろう。特にさっきの戦いは変化させた闘気技が主体になっていたからな。
足下から上に向かって闘気を噴き上げるタイプの術は一旦足元に闘気を展開するので、その動作を隠すために踏み込みや打ち下ろしの打撃、斬撃に見せかけたりする。そうした技を繰り出す過程で舞台の素材に罅が入ったのだ。
やがて舞台の修繕と点検も終わり、次の試合の候補者達がやってくる。
エルフを代表して獣王継承戦の候補者となっているフォリムと、その対戦相手であるヘラジカの獣人だな。
フォリムは森の管理を行うドルイドではあるが……。武術の心得も十分にあるようで、武闘派としての参加だ。まあ僧兵のような立ち位置というべきか。その立ち居振る舞いから感じさせる武術の腕前もかなりのものであると予想される。この辺は長命な種族故に研鑽だろうか。あまり継承戦に出てこないというのも、そうした部分でエルフ達が遠慮しているというのはありそうだ。
「精霊使いの場合は、しっかりと契約を交わしている精霊一体のみの力を借りられるもの、と規定されております」
マウラが教えてくれる。
「なるほど。その場にいる精霊をいくらでも引っ張って来られると公平性の面で問題が出るわけですか。精霊も含めると二対一の状況ではありますが……。かといって精霊使いとしての力の研鑽を無視するのも公平ではない……というところでしょうか」
「そうなるな。そもそも魔法や精霊術を主体に戦うというのは、舞台の上で前衛もいないという戦闘の開始状況や環境といった条件からして術者側には有利とは言えない。しかしそれでも精霊を無制限に使役できるというのは流石にな」
そう言って苦笑するイグナード王である。確かに下級精霊を大量に動員して物量での戦いとなったらもう武術大会ではないしな……。
個人的に言わせてもらえるなら、ある程度実戦に即した上でバランスをきちんと考えたレギュレーションだとも思う。
「契約精霊が複数いる場合はそれも精霊術師の力量ということで、一旦送還させれば召喚し直したり力を借り直したりすることは可能です」
ウラシールが補足するように説明をしてくれた。
「攻防の最中にそれが可能かどうかはまた別の話として、ということね。確かに手札が多ければ相手との相性に応じて変えられるというのは強力な武器にはなるけれど、切り替える際の危険性もまた大きいわね」
「確かに前衛がいるわけでもないし、近接戦闘に対応できなければ厳しいわね……」
「わたくしなら足止めや行動阻害能力を持つ精霊から切り替える、というのも考慮に入れるけれど、この辺はどの程度有効かによるわね」
クラウディアやステファニアの言葉にローズマリーがそんな対策を口にすると、マルレーンも真剣な表情でこくこくと首を縦に振る。自分も召喚術を使うマルレーンとしてはフォリムから学べるものもあるだろう。
「その点、自身の近接戦闘能力に関して言うなら、フォリムさんは問題無さそうに見える。武芸の腕は間違いなくありそうだからね」
纏っている魔力もかなり洗練されているが、立ち姿から感じる隙の無さからすると、近接戦闘能力もかなりのものだと思われる。まあ……エインフェウスの術者はみんなそんな感じだが……
そんなフォリムに相対する相手はヘラジカ獣人のラーズネル。草食獣系統の氏族ではあるが、獣人氏族としてもその巨躯は特徴として出ているな。身体能力もそれに比して高く、武闘派氏族として扱われているわけだ。
ただ……ヘラジカの氏族は割と温厚という話ではあるが、だからと言ってその部分が戦士や武術家としての実力の有無に関わってくるわけではないからな。
「フォリム殿か。森の護り手としての噂はかねてより耳にしている。その力を見る事が出来るのは……正直楽しみだな」
「ラーズネル殿のお噂も聞いていますよ。ご期待に沿えるかはわかりませんが、全力を尽くしましょう」
フォリムとラーズネルは静かに向かい合って言葉を交わしてから一礼し合う。
森都のドルイドだけあってエインフェウスでは有名という話ではあったが、ラーズネルの口ぶりだとこの辺は実力面でも有名、というニュアンスに聞こえるな。
そうしてフォリムとラーズネルは歓声の中で向かい合い、魔力と闘気を高め合う。両者とも戦意は十分といった様子だ。
契約精霊の召喚も――試合が始まってからだ。そうでないと魔術師系統はいくらでも事前準備できてしまうしな。
臨戦態勢になってから接敵までの間。或いは戦いの中でどれだけの術が使えるのか。どれだけの力を持つ精霊を召喚できるのか、という部分も魔術師や精霊術師の実戦的な腕の見せ所と言えるから、これをして術者側不利だというのは違う。距離をとった状態や事前準備できている状態で実戦を開始できるのか、という話になるからだ。
とはいえ、仮に大精霊と契約していても、召喚に時間がかかる存在をいきなり呼び出して力を借りるのは難しいだろう。舞台上の距離と範囲。候補者という実力者相手での戦いとなると……最初に力を借りられるのは中位精霊あたり、ということになるか。流石に低位の精霊を一体では実力者相手に心許ない。
ともあれ、どんな精霊を召喚し、どう戦うのかは気になるところだな。
「それではこれより、フォリム殿とラーズネル殿の試合を始めます!」
猫文官が声を上げ、イグナード王が腕を上げる。
「では――始め!」
そうして。イグナード王の号令と共に銅鑼の音が鳴り響き、試合が始まるのであった。




