番外1886 異質な戦士
「面白いな、今のは」
上機嫌そうな笑みで拍手を送りながらも、イグナード王はイェルダの戦い方や技についてそんな風に口にする。
イェルダは拍手と喝采を浴びながらも、一礼するとヴァルルーガと王城へと戻っていった。
「過冷却、と仰っていましたが」
「ええ。恐らくはですが……候補者の技の種を僕が広く解説してしまうのは控えておきます。継承戦の間は、特にですが」
「ふむ。そうさな。威力よりも展開速度を重視した行動阻害の技、とだけ、見たままで理解しておこう」
俺の返答に氏族長やイグナード王がふんふんと頷く。戦い方としてはそうだな。展開した魔力量や威力に比して凍り付くのが迅速だったから、イェルダとしてもそうした使い方をしているのだろう。
過冷却――条件を整えて液体を冷やすことで融点以下の温度でも液体の状態が維持できる、というものだ。
ここにちょっとした衝撃等の切っ掛けを加えると一瞬で凍結する。この場合は条件を整えたというより水魔法で液体の状態の維持をやめさせた、というのもありそうだが。
ともあれ……氷の魔法を得意とする場合は水魔法にも適正を持っていることが多い。アシュレイやエリオットがいい例だな。
「あの技も中々興味深い。ただ……踏み込みの速度もそうだが、最後の跳躍と蹴りが重要に見える」
そう分析したのはヴィンクルだ。
「確かにそうだね。氷の技も面白いけれど、並み外れた脚力から来る機動力や蹴り技の方が重要なのかも知れない。あの太い尻尾だと、体勢を維持するのも得意そうだし」
イェルダにしてもまだ底は見せていない感じはするから、あれが最大の武器と断言するのは早計な気もするが。
さて。そうしていると、続いて王城からレグノスとその対戦相手である牛氏族の獣人が姿を現す。
金鱗レグノス。黒を基調に金の鱗を所々に散らしたような姿のリザードマンだ。大沼地の巨大鯰を討伐したという話だから……そういう特殊な場所での戦いに強いというのは話から窺える。
「リザードマンね。あまり詳しくないのだけれど、どういった特徴があるのかしら」
アドリアーナ姫が首を傾げる。
「亜種もいるらしいが……エインフェウスの場合は一族ほぼ全てが戦士という種族だな。独自の魔法を使う者もいるが、基本的には肉弾戦を得意としている」
「個人差が大きいというのはありますが、強固な鱗と強靭な筋力。勇敢な傾向と、体格以上に優秀な戦士ですな。沼や湖といった水辺で暮らしているということもあり、足腰も強いですぞ」
イグナード王とウラシールが解説してくれる。
「亜種……淡水の水辺に暮らしているリザードマン以外では、海辺で暮らすシーリザードマン、砂漠や岩石地帯に暮らしている乾燥に強いデザートリザードマン、火山地帯で暮らすフレイムリザードマンや寒冷地に適応したフロストリザードマン等がいるそうですよ。……フレイムやフロストのような極地仕様はかなり希少ということですが」
「ほほう」
亜種の解説もすると、知らなかった情報があるのかイグナード王も感心したような声を漏らす。
フロストリザードマンは本当に希少種らしい。基本的には寒いのはあまり得意ではない種族なので、そういった亜種が生まれるには普通の生物的な適応より魔法資質面での適応が必要になるからだろう。
だから、北方であるシルヴァトリアにはリザードマンがいないし、エインフェウスでも暮らしている地方は南寄りである。
アドリアーナ姫があまりリザードマンを知らないのも……まあシルヴァトリアが脅威としていたのが魔人であるし、シルヴァトリア国内では縁がないからだろう。魔物ならいざ知らず、中立から友好的な立ち位置の種族までは知識を得る必要がない。
「一族のことを良くご存じで。鱗の色、模様が特殊な個体は総じて強かったり、魔法を使えたりといった場合がございますな」
リザードマンの氏族長が教えてくれた。レグノスがどういった戦士なのかはこれからの試合を楽しみにさせてもらうとしよう。
対する牛獣人の候補者ベイルズは、獣人なのだが見た目からするとミノタウロスといった風情があるな。牛は牛でも猛牛の部類。筋骨隆々で見た目通り、文字通りのブルファイターであるらしい。
イングウェイと戦った熊獣人の候補者は投げ技を最大の武器としていたそうだが……ベイルズの場合は打撃主体ということだ。
試合の準備も終わったようで……歓声の中で迎えられた二人が舞台の周りに一礼をしてから向かい合う。そうして――イグナード王の合図と銅鑼の音が鳴り響き試合が始まった。
「おおぉおっ!」
開幕と共に咆哮して先に突っかけたのはベイルズだ。全身から闘気を噴出して突っ込んでいく。対するレグノスは大きな口の端を上げて好戦的な笑みを浮かべると、自身も全身に闘気を纏ってその場でそれを迎え撃つ。
繰り出された大きなベイルズの拳に、真っ向からぶつけるようにレグノスが拳を繰り出す。正面衝突。拳と拳がぶつかったとは思えない音と、大きな火花が弾けた。
互いの拳が後ろに弾かれるが、両者お構いなしだ。そのまま互いに足を止めての乱打戦。火の出るような距離で拳足が飛び交い、闘気と闘気がぶつかり合って火花を散らす。
相手の闘志ごとねじ伏せようとするかのような正面からの打撃戦に、観客が沸きたつ。凄まじい大歓声の中での殴り合いだ。
但し、足を止めているだけで防御まで捨てているわけではない。相当な密度で相手の攻撃を逸らし、弾き、すり抜け、受け止めては際どいタイミングでの反撃を見舞い、ぶつけ合う。その最中に虚実を織り交ぜ、ハイレベルな攻防を繰り広げている。流石の獣王候補者達といったところか。
力寄りと評されるベイルズでも近接戦闘の技術力は一級品だ。
重量も膂力も相当なもの。大きな体格だからと言って鈍重ということもない。速く、重く、破壊力も技術力も十分。しかし――。
体格や体重で劣っているはずのレグノスを真っ向から殴り合って押し切れないというのは、普通に考えれば異常と言える。
闘気がハイレベル故に体格差を覆せる、という理屈はまあ分かる。ただ、それ以上にレグノスは瞬発力や反射神経において瞠目すべきものを持っているのだ。ベイルズの打撃が繰り出されるのを見てから自身の攻撃をぶつけにいったり、打撃の種類を判別してから効果的な防御手段を選択したり。
読み……ではないな。戦いの開始から早い段階で後から動いて優位に立つ局面がちらほら見受けられる。瞬間的な動きで異常な速度を出せる。或いは反応速度で優れるからこその後の先。
表面的には単純な殴り合いをしているように見えて、その内情はかなり異質だ。それに……異常というのならそのバランス感覚、体幹の安定感もか。
蹴り技を繰り出そうがどんな体勢で回避や防御しようが、崩れない。長く太い尾もあるから崩れにくいとは予想していたが、片足どころか両足が地面から離れていようが尾が身体を支えて独特の動きを見せる。正統派な殴り合いでも強いのに尾を活用した体捌きは独特のトリッキーさがあった。
いや……体捌きだけでは説明のつかない動きも混ざっているな。こっちも何かある。……ヤモリのように足裏や尾に張り付く能力でもあるのか?
ヤモリが垂直のガラス等に張り付けるのは、足裏に生えた細かい毛による分子レベルで働く力……ファンデルワールス力だと聞いたことがあるが……からくりまでは現時点では分からない。水棲であるなら吸盤のような器官という可能性もある。
観客は派手な打撃戦に沸き立っているが、対面しているベイルズはレグノスの異常な部分を察知しているのだろう。表情に驚愕と焦りが入り混じっているのが見える。
予想を超える動き。通常有り得ないタイミングでの相殺やカウンター。尾を使える事による手数の多さ。そうしたものが積み重なっていけば天秤は次第に、しかし確実にレグノスに傾いていく。好戦的でありながらも堅実。戦士であり、狩人としての戦い方。そんな印象だ。
均衡が崩れれば、後はあっという間だった。一撃を脇腹に食らってベイルズの動きが一瞬乱れる。それでレグノスにはそれで充分ということなのか。尾を支点に地面にくっつき、身体ごと薙ぎ払うような軌道で間合いの内側に滑り込んでくる。
「う、おおおおっ!?」
対応、できない。そのままレグノスの連撃に飲み込まれ、傾いた天秤を戻すことができないまま、ベイルズは吹っ飛ばされて舞台上に倒れ伏すのであった。
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コミック版境界迷宮と異界の魔術師8巻の発売日となりました!
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今回はマルレーンと迷宮村関連にスポットが当たった内容となっております!
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