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番外1883 後半戦に向けて

「そこまで! 勝者ケルネ!」


 一瞬遅れて審判の声が響くと同時に、勝ったケルネのみならず、ツェレンの戦いを称える声と拍手と咆哮が響く。舞台周辺の熱気は最高潮だ。俺達もイグナード王達も、立ち上がって拍手を送る。


 倒れた二人のところには治療班が駆けつけているな。


「ここから生命反応の輝きで見る限りは二人の命に別状はなさそうです」

「おお! それは何よりだ……!」


 ライフディテクションで見た状況を伝えると、イグナード王は拍手を送りながらも嬉しそうな笑顔を見せた。

 治療班が治癒術を掛けたりポーションを飲ませたり状態を確認したりしていると、やがて戦いのダメージが抜けて来たのか、立ち上がることもできるようになったようだ。


 ケルネはまだ勝ったのが信じられないといったように拍手喝采を受けながらも呆然としている様子であった。緊張の糸が切れたのだろう。

 ツェレンはそんなケルネを見て――目を細め、ふっと笑う。その表情は吹っ切れたような晴れやかな笑みというのか。戦いの内容に、納得がいくものだったのだろう。


「どこかに痛みはありませんか?」

「大丈夫、だと思います」


 ケルネが治療班から声を掛けられ、頷いて立ち上がったのを見計らってツェレンがそちらに近づいていく。

 ケルネもツェレンの動きに気が付いて、少し恐縮したように迎える。


「いや、見事なものであった。術者としては珍しい戦い方であったから、驚かされたが……ケルネ殿の研鑽、努力。しかと伝わってきた」

「えっと。その……ありがとうございます。ツェレン様も、すごく魔力の使い方や技が綺麗で――驚きました」


 ケルネはツェレンの言葉に驚きながらも、まだ少し混乱しているのか、言葉が上手く出てこない様子であった。そんなケルネの反応が好ましいものであったのか、ツェレンはケルネの腕を取り、勝者を称えるようにその腕を上げて――。また盛大な拍手と歓声が巻き起こる。


 ツェレンからも称えられて……ケルネの目も潤んでいるな。イグナード王も目を細めて立ち上がると、声を上げる。


「まずは――ケルネには祝いの言葉を。そして双方とも獣王継承戦の名に恥じぬ、見事な戦いぶりであった……! エインフェウスの理念を体現するような研鑽、闘志。勝ち上がった者達に相応しい振る舞いを見せてくれたことを、獣王として誇りに思うぞ! ケルネとツェレンに、もう一度盛大な拍手を!」


 そうして、鳴りやまない拍手に包まれるようにしてケルネとツェレンはお辞儀をしたり、目を閉じて感じ入ったりしていた。


「良い試合でしたね。お互いの狙いを読み取って戦い方が変わっていって……対話しているような戦いでした」

「そうだね。実力も拮抗していて見ごたえも十分だったと思う」


 グレイスの感想に俺も頷く。


「僅差だったけれど、勝敗を分けたものは何かしらね」


 アドリアーナ姫が顎に手をやって首を傾げる。


「どっちが勝ってもおかしくはなかったですからね」

「ん。小柄な分、吹き飛ばされた時の落下の衝撃が少なかった……とか?」

「それはあるかも知れない。お互い満足に受け身を取れるような状態じゃなかったし」


 本来格闘戦では不利に働くであろう要素が有利に働く、というのは中々に面白い結果だな。生命多様性というか適者生存というか……様々な特徴を持つ氏族達が共に暮らすエインフェウスの理念にも沿うものだろう。


 それに、非戦闘型の氏族の立場にとっても良い事だ。あれだけの試合を見せられたら、侮る者もいないだろう。継承戦に出場するような上澄みはともかく、大半の武闘派氏族の中間層よりもケルネやツェレンの実力は勝っていると予想できるからな。魔法をメインとしている二人だけに、実戦で取ることのできる手段はもっと多いはずだ。


「では……前半戦に参加した者達は戦いの疲れをゆっくり癒して欲しい。候補者達の体調を今一度確認したところで後半戦を進めていくとしよう」


 そうだな。治療班としても後半戦……実際に戦う候補者達の体調管理や治療にも集中しなければならないだろうし。


「もしよろしければ魔力の流れも含めて確認しておきましょうか? 特にケルネさんとツェレンさんは最後の爆発で満足に受け身を取れずに舞台上に落下していますから」


 そう申し出ると、イグナード王と氏族長達も視線を合わせて頷き合う。


「内側を確認したり、違う技術体系の治癒術師達の診断をしてもらえるというのは安心だな。では、少しだけ診てやってもらえるだろうか」


 候補者との接触はなるべく最低限にしなければならないが、人目のある場所、イグナード王や各氏族長も見ている前でという条件なら問題はないだろうということで、ここまでに戦ってきた他の候補者達も舞台上に呼び、俺とアシュレイ、ロゼッタでここまでで戦ってきた面々の体調を診ておくということになった。

 同盟との友好関係を考えても悪い話ではないというのは氏族長達の意見だ。


「お二方とも、素晴らしい内容の戦いでした」


 そう感想を伝えると、ツェレンは笑顔を見せ、ケルネは感無量といったように感嘆の声を漏らしていた。


「その……私は境界公の聞こえてくる噂で勇気づけられたところがあるのです。戦い方に共通する部分があったと言いますか。ですからこうして境界公から祝福の言葉をいただけるのは嬉しく思います」

「そうですね。色々と気持ちの分かる部分もありましたよ」


 そんなケルネの言葉に笑って応じて、二人の手を取って循環錬気をしていく。気になっていたのは自覚症状のない部分でのダメージであるが……そうだな。脳や内臓等々へのダメージもないようだ。ロゼッタもアシュレイと共に目を覗き込んだり脈拍をとったりとアシュレイと共に診察をしていた。


 順番に診察を終えて問題ないことを伝える。


「エインフェウスの治療班の方々も流石ですね。予想される損傷に初手で予防や保険的な治癒術を行っているようですし」


 その辺も長年の積み重ねがあるし抜かりはなさそうだ。そう言うと治療班の面々も「実際に魔力の流れで確認していただけるのは安心感があります」と笑って応じる。


「皆問題はないようだな」

「実に喜ばしい事です」

「うむ。では、後半戦へと進むとしよう。ここまで戦ってきた候補者達も、ゆっくり身体を休めて過ごして欲しい。改めて――見事な戦いであった」


 イグナード王がそう宣言すると、また候補者達への拍手と喝采、歓声が巻き起こる。優勝者の表彰は、後半戦が終わってから非戦闘型と武闘派の氏族合同で行う、とのことだ。

 公平性を期すために後半戦の観戦はできないということであるが……まあ、その前に少し交流できて良かった。ロゼッタやアシュレイも、格闘戦をする治癒術師ということで親近感を抱く部分があるのか、ケルネと言葉を交わしていたしな。


 ツェレンを始めとした他の面々との交流も……継承戦が終わってから気兼ねなくさせてもらうとしよう。


 さて。俺達も再び観戦席に戻り、そのまま後半戦の開始を待つ。前半戦に出場した候補者達が王城へ戻り――入れ替わるように第一試合を行う二人が舞台上にやってくる。


 ケルネ達が暖めていたということもあって、試合が始まる前から大盛り上がりである。


 後半戦の第一試合はイングウェイと熊の獣人だ。二人とも戦意と適度な緊張感を纏った……良いコンディションに見えるな。生命反応も輝かんばかりで、絶好調というのが窺える。


「この反応――前半の決勝戦は素晴らしいものだったようですな」

「我らも続くとしよう」

「そうですな。継承戦の名に恥じぬ戦いをしましょう」


 舞台上の二人はそう言って言葉を交わし、大樹や観戦席、居並ぶ獣人達に向かって一礼をしてから互いに向き合って構えを取るのであった。

いつも応援していただきありがとうございます!


今月、7月25日に発売予定の境界迷宮と異界の魔術師コミックス版8巻の特典情報が公開されました!


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今後ともウェブ版、書籍版共々頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦闘型氏族の前でこれだけ盛り上がる文章力、構成力さすがです☆
[良い点] 獣、焼きソバが売れすぎて調理に集中せざるをえなくなり、勝負の瞬間見過ごすww
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 前世の死に物狂いの特訓を除外しても、ケルネにとって偉大な目標になるのでしょう。 >そんなケルネの言葉に笑って応じて、二人の手を取って循環錬気をしていく。 け…
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