番外1881 狐の獣巫女
そうして試合は進められていく。どの戦いも自身の研鑽と闘志をしっかりと前に出してきており、非戦闘型の獣人氏族と言っても内容はかなりのものだ。
確かに、闘気や魔力の総量、耐久力といった面で言うと武闘派の氏族に比較して劣るというのは否めない。だが、それでも勝つための工夫や相手を正々堂々上回ろうという意思がぶつかり合うのは見ていて楽しいものだ。
試合形式で候補者達の安全も考慮されているということもあって、安心して見ていられる。俺としてはBFOの対人戦の記憶を思い出して色々と懐かしい気分になってしまうな。
まあ……BFOの場合はゲームなので相手どころか観戦者の安全すら考慮する必要がなかったということもあり、毒や酸の目潰しだ、無差別広範囲魔法攻撃だと……もっとエゲつない手段が当たり前のように飛び交っていたけれど。
ともあれ、攻撃手段が限定されているあたり、逆に初期の試行錯誤していた頃を思い出してノスタルジックな気分になるな。
そうやって観戦して、みんなで戦い方やそれぞれの戦術について分析したりしている中で……勝ち上がってきたのはケルネだった。相手の闘気や魔力総量、耐久力が低めということもあって、あの突撃技が本当に強力だ。
回避しようとした瞬間に軌道を変える事で決め手になったり、ガードしようとした相手ごと場外に吹っ飛ばしたり……初見殺しの技として、同格の相手に対して優秀なことが伺える。これで相手がイグナード王やイングウェイだったりすると、基礎的な防御技術や反射神経、瞬間的な闘気による防御等で凌げてしまったりするのだろうが。
「ケルネさん自身が通常の自分の戦法を機動力と手数勝負と思わせているのが効いていますね。小柄ですし、まとわりついての回避主体の相手がいきなり破壊力重視の技を繰り出してくるのは意表をついているかと」
そんな風にケルネを評価するグレイスである。
「そうね。闘気主体のエインフェウスにあって、魔力の技というのもあるかしら。技の起こりや軌道変化は馴染みがない分読みにくいでしょうから」
「まあ……急制動を掛けている分、身体を張っているのは大変そうだね」
2回戦では蝙蝠獣人のエコーロケーションを無効化するためにか、慣性を無視した動きでいきなり真横に飛んで命中させたりしていたからな。
そんなケルネの快進撃に観客達も大盛り上がりになっているのが分かる。小柄な治癒術師が身体を張って闘志を見せているのだ。エインフェウスの国民性や気風として盛り上がらないなんてことはないだろう。
その一方で――ケルネと決勝で当たる候補者も魔力型――いや、魔力と闘気の複合型だな。狐獣人の女性ツェレン。人としての割合が多いタイプの獣人で、立派な耳とふさふさとした尻尾が特徴的だ。エインフェウス東方面の出身で、巫女としての経歴を持つ人物とのことである。
これに関して言うなら月神殿の巫女見習いだったマルレーンや巫女頭であるペネロープもそうだが……神格のある存在や精霊と交信を行い、神々や自然と、人々の調和を取る役割を担うという立場だ。
自然と人との調和という部分ではドルイド達と同じだが、エインフェウスの巫女の場合は月神殿の巫女のように特定の神を信仰しているわけではなく、ドルイドのように森に対して特化しているわけでもない。あまねく神性、精霊を敬い、日常では生活に根差したことも行うということだ。
祈祷を行って雨乞いをしたりという自然や精霊に対する干渉の他、邪精霊や悪霊を遠ざけ悪縁を祓う。占いによる直近に起こり得る危険の回避。安産祈願、怪我の鎮痛、病の症状の緩和等々……。薬草学や占朴にも足を踏み入れ、対応する分野は多岐に渡る。
治癒術師と医者、ドルイドや占い師等々、個別で見れば色々な要素を含んでいて、様々な分野において日常と非日常、人と人外の狭間で活動するのが巫女の仕事と言えるだろう。
そんなツェレンはと言えば、東――ホウ国との国境に面する広大な魔の森や魔物への対応で実績を持つ人物ということである。
「地脈を鎮め、魔力溜まりの魔物達が忌避する領域を拠点と魔の森の間に作り出した、と聞いておりますよ。実際の魔物退治やその他諸々……多くの功績を残しております」
「なるほど……」
氏族長の説明に頷く。他にも奇病の原因を突き止めて地方で起こった問題を解決したり、新興の邪教のペテンを暴いたりと……何度か東方面のあちこちで起こった事件を解決に導いているそうだ。巫女ではあるが神や精霊に頼るのは最後の手段というのが当人の弁で、かなり理性的で冷静な人物であるという。
そのため、外との交流には積極的に賛成しているとか。より多くの知識、技術が増えれば多くの民の力になる、というのが座右の銘であるそうで。その為知識にも貪欲な人物という話である。
「良いわね。話が合いそうだわ」
というのはローズマリーの言葉だ。楽しそうにツェレンを見て羽扇の向こうで笑っている。
戦闘面ではどうかと言えば――剛柔で言うところの柔の部分を突き詰めた、という印象だ。相手の攻撃を受け流したり、力を利用して投げや関節技等の返し技を繰り出す。魔力や体術、闘気術はそのサポートに使うという感じで、流麗な技を誇っている技巧派だな。
決勝に進むまでは挑みかかってくる相手を投げ飛ばしたり、相手の動きを封じるような関節技から降参を促したりと、見所も多かった。
戦闘技術はかなりのもの。しかし非戦闘型の氏族なので、やはり武闘派氏族との格闘戦を行うにはフィジカルが足りていないだろう、というのがイグナード王を含めたエインフェウス上層部の見解だ。
「関節技を決めようとしても闘気による身体強化一つで跳ね返されるということもありますからね」
「うむ。或いは闘気による放射技もあるからああした戦い方となると近接戦闘は分が悪い」
触れた瞬間に闘気による波や衝撃を放ってダメージを与えることができるから、それを受けられるだけの闘気、或いは魔力、術式による防御が必須となる。
実戦だと巫女として術式が使えるからまた話は変わってくるのだろうが、やはり前衛として舞台上での一対一は難しいだろう。
ともあれ、非戦闘型の前半トーナメントはケルネ対ツェレンで決勝を争う事になる。独自の技を初見殺し且つ、様々な応用が効く域まで高めているケルネと、対人において柔の技を極めたツェレンのどちらが勝るか、という感じなので、勝敗は中々予想が難しいな。
耐久力という面ではツェレンも他の非戦闘型獣人氏族と大差はない。ケルネの一撃が決まれば立ち上がれないだろうし、小柄で手も足も短く、軌道変化する高速の体当たりを奥の手としているから、対人戦での常識が通用しない部分がある。
一方で、ツェレンの投げ技も強力だ。肩や膝から落とすようにしていて相手に深刻なダメージを与え過ぎない配慮をしているのが見受けられるが、投げの瞬間に自身の動作を闘気や魔力で加速しているので、激突の衝撃もそれに準じる。あれでまともに受け身を取るのは困難だな。
関節技も……一度決められたら跳ね返すだけの瞬間的な闘気や魔力の出力差はケルネにはあるまい。きちんとした対人の技術体系を持っていると思われるツェレンの技が、ケルネに対してどう作用するのか。それとも一芸を必殺まで昇華させたケルネがそのまま押し通るのか。
勝敗予想が付きにくい、というよりもどちらが勝つビジョンも浮かぶという意味では中々の好カードかも知れない。闘気術よりも魔力技を持つ者二人が勝ち上がってくるというのも、非戦闘型氏族同士の戦いという感じで中々に興味深いものがあるな。