番外1880 舞台上にて
舞台周辺は割れんばかりの拍手と大歓声だ。子供達が驚かないようにフロートポッドには外からの音を抑える術式を施しているが、周囲の熱気はそれでも伝わるのだろう。目を瞬かせているオリヴィア達である。
「いや、すごいですね。非戦闘型の獣人氏族と言ってもかなり技術的な研鑽を積んでいるのが窺えます」
「そうさな。条件として必須ではないにしても獣王候補者として情けのないものは見せられないと、身体を鍛えるのが主流になっておる気がする」
皆と共に拍手を送りながら言うと、イグナード王も拍手を贈りながらそう応じる。
いや、本当に。ケルネにしてもオーゼスにしても非戦闘型の獣人氏族だが、あれだけの闘志や独自の戦闘技術を見せてくるというのは。継承戦の緒戦としてはこれ以上ないのではないだろうか。
特にケルネは、今回の候補者中で最も小柄な部類、経歴的にも治癒術師だしな。他国なら格闘戦とは無縁……というのはロゼッタがいるからそうだとは言い切れないが。
「私とは間合いの違いからくる戦い方の差はあるけれど……最後の技は決まれば勝てるか、放った後に問題なく戦闘続行できるような対策がしてあれば使いどころはあるわね」
そのロゼッタはと言えば、ケルネの戦い方についてそんな風に感想を述べていた。
「ケルネ嬢自身も治癒術師だものね。自分の負担を減らせると考えればまあ、確かに」
「自分が猛烈な速度で突進する技だから、外した場合は離脱や回避にも繋がるものね。包囲を破る時にも使えるかも知れないわ。肉体的な負担はともかく、魔力で維持すればそのまま飛んでいけるし……一部の高位魔法にはそういう術式もあるけれど」
ロゼッタと母さんはそんな風にケルネの最後の技について分析する。
一部の高位魔法。第9階級の複合術式であるテンペストドライブといった術式だな。確かに、あれもまともに決まれば必殺の威力だし、外しても自身が高速で動いているし、自身の身体が術の威力で守られている分、案外リスクは少ない。
「ケルネさんも実戦であの技を使うとしたら、魔力弾ではなくもう少し術式で特性を持たせるでしょうからね」
「確かに。魔力弾はともかく、術式を乗せるのは反則だからというのはあるわね」
ロゼッタも俺の言葉に納得したように首肯する。
相手を弾き飛ばすことに主眼を置くとか、自分を保護できるような特性の術式を纏う形にすれば自爆技ではなくなるだろう。
「肉体的な強度が高ければ、更に有効に使える気がする」
というのはヴィンクルの感想である。ああうん……。ヴィンクルが使ったら凶悪というか、ヴィンクルにこそ向いている。竜の身体強度と瞬発力で使うとするなら、同程度の機動戦で応じるなど、何かしらの対抗手段が必須になるから非常に強力だ。
ともあれ、ケルネの戦い方については初手から相手の思考を読んで敢えて前に出る。距離を潰して間合いの内側で戦う。機を見逃さずに想定していた場面で勝ちにいくための技をぶつける、と継承戦を想定して研鑽を積んできたのが分かる。
戦い方としては所謂初見殺しの部類ではあるが、こうした一発勝負では有効なのは間違いない。その戦い方も前に出ることを前提としていて闘志に溢れるものだから、こうして喝采を浴びるような反応になるのも分かる。自爆技を放っても運営側がアフターケアをしてくれる分、後顧の憂いもなく万全だしな。実戦ではもっと安全な技になるであろうことを想定すれば、よく考えられていると言えるだろう。
第一試合も無事に終わり、治癒術師達の診察と治療、補給をうけてからケルネとオーゼスは揃って王城へと戻っていった。入れ替わるように第二試合の候補者も舞台にやってくる。
さてさて。非戦闘型の氏族といってもエインフェウスの気風や獣王継承戦の理念から相当ハイレベルになるというのが良く分かった。
そうして、第二試合が進められていく。今度は鼠獣人と蝙蝠獣人の試合だ。鼠と蝙蝠の獣人も兎獣人と同じくかなり小柄な部類だが、人の形質が多く出ている獣人の場合は完全な獣人型よりは体格も大きくなるらしい。獣人度の高い蝙蝠の氏族長と比べて、蝙蝠獣人の方はそれなりに大柄だ。ただ、普通の人よりはやはり少し小さめだろうか。
こちらの試合は両者共に身軽さが売りのようだ。先程の試合同様、合図を受けて開始した試合は、序盤から高速機動の戦闘となった。地面を走って対空の闘気弾を放つ鼠獣人に対し、蝙蝠獣人は空を飛びながら地面に闘気弾をばらまく。
ただ、蝙蝠獣人が空を飛んでいるから有利、とは限らない。
「空中にも場外判定があるのですね」
「うむ。空に逃れるのを完全に自由にしてしまうと戦いの展開がな。実戦ならばともかく、試合で距離を取り、逃げながら戦って勝つというのを是とはできなかったということだ」
どのぐらいまで高度まで飛んでもいいのか。舞台の周辺はどのぐらいの距離まではみだして飛んでもいいのか。その辺はきっちり定められているそうだ。
一度で反則負けになるわけではないが、警告として合図も出される。規定回数警告が溜まると負け、という形になるようで。勿論消極的な戦い方も、獣人達から名誉あるものとは見なされないというのもあるが。
空中の機動力、旋回速度からなる行動範囲。そういったものも加味し、互いに計算して作戦を立てて試合を組み立てることができるようになっているわけだ。
「舞台の端で戦う事で相手の飛行の制限もできるわけですか」
「そうなるな。舞台外に飛んで出た状態で落ちれば場外負けになってしまう。とはいえ、それで地上側が有利になるかと言えば、自身も場外負けの危険を負いやすくなるから、このあたりは互いの戦法と駆け引き次第、というところか」
グレイスが試合展開の一種を想像したのか、そう尋ねるとイグナード王が答える。
「代わりに、上空への行動範囲はやや余裕を持たせているように感じられますな。跳躍力の高い獣人氏族がいることも加味されているわけです」
補足説明をしてくれるのは大鷲の氏族長、クィンロッドである。時折有翼氏族や跳躍を得意とする氏族同士の空中戦も巻き起こるそうで、そういう時は大いに盛り上がるそうだ。
今回の試合はどうかと言えば――鼠獣人対蝙蝠獣人の戦いは舞台中央に陣取り、対地対空をしながらも互いにヒット&アウェイの攻防が繰り広げられていた。
鼠獣人は獣人度が高く、空への視野も広いのだろう。尻尾をくねらせてそこから闘気の弾丸を放ったりと、機動戦をしながらの応射も可能なようだ。
蝙蝠獣人はやや獣人度が低いということもあり、飛行能力も相応か。時折着地し、地上で攻防した後にまた空中に舞い上がる。だからこそ互いに舞台中央での攻防になるのだろう。互いに場外負けのリスクは背負いたくないし、消極的な戦い方もしたくないというわけだ。
両者の勝敗を分けたのは――蝙蝠獣人の能力であったかも知れない。地上で激突し、交差した瞬間に背後から放たれた尾からの闘気弾を見事に回避し、振り向かずにそのまま足払いと空中に跳び上がって反転しての闘気弾を見舞ったのだ。
一連の攻撃が見事に決まったことで鼠獣人はダウンを奪われて立ち上がれなかった。やはり、戦闘型の獣人氏族ではないから技術の研鑽はできても肉体の耐久力では劣るのだろう。
蝙蝠獣人が勝利を収めたわけだが……。決め手はエコーロケーションによるものか。蝙蝠獣人が視界外のものを認識できる力を持っているのは間違いなさそうだ。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
今月、7月25日に境界迷宮と異界の魔術師コミックス版8巻が発売予定となっております!
詳細については活動報告でも掲載しておりますが、今回も書き下ろしを収録しております! 収録内容に沿ったものとなっております!
第8巻の特典情報に関しましては情報が公開され次第こちらでも告知していこうと思っております。
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今後もウェブ版、書籍版、コミックス共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。