番外1879 試技の開幕
そのまま抽選の結果を見守っていたが……イングウェイにとっては、あまりくじ運に恵まれない結果になってしまったようだ。
といっても、イングウェイ、フォリム、シュヴァレフ、イェルダ、レグノスの5名を強豪と見ているのは俺の所感だし、実際に誰が勝ちあがってくるかは分からない。
以前からの知り合いで共に肩を並べて戦った事もあるイングウェイに注目してしまう部分というのはあるのだが同盟の立場としてやってきている俺が特定の候補に肩入れして応援するのは問題があるからな。その辺は思っても口にはすまい。
ともあれ……イングウェイが継承戦で優勝まで進むためには、先に挙げた強豪の内3人とぶつかる事になる。それら強豪内で勝ち上がってくると仮定したならば最初にイングウェイと激突するイェルダは同条件として、他の面々は2回強豪に勝てば優勝までいける、ということになる。
氏族代表ということで武闘派氏族代表のトーナメントは現状16名だ。
それぞれの獣人氏族が代表として出しているのもあって、全体的な参加人数は国を挙げての格闘技大会の規模に比しては厳選されている。
予選と呼べるものが普段の素行や氏族の中での実力といったものに集約されているので厳選されていて当然とは言えるが。
「これにて、候補者達全ての組み合わせが決定した! 続いて――そなた達も皆待ちわびていよう、武術戦に移る! 獣王を志す者達の勇戦に期待するとしよう!」
イグナード王がそう宣言すると、観客が大歓声を上げた。候補者達も闘気や魔力を漲らせ、戦意は十二分といった様子だ。
「候補者の皆様は、順番が来るまで王城にて待機していただきます。第一試合のお二方だけ、この場に留まっていただきますよう」
文官がそう言って候補者達を案内していた。
最初の試合を行う非戦闘型の獣人氏族2名が舞台上に残る。イグナード王や氏族長達も宣言をした後は観覧席へとやってくる。
継承者同士と違い、獣王は観戦が認められている。継承戦の優勝者と獣王は試合をすることになるが……そもそも在位中の獣王が現役を退くからこその継承戦であるし、獣王の実力、戦い方は国民にとって既知のものだしな。
目標とされる人物であるからこそ、その実力、戦い方、技等は情報が広まっている。まあイグナード王はそうやって情報が知られているだとか、肉体的な全盛期を過ぎている、といった程度で容易く敗れるような実力でもないが。
「盛り上がっていますね」
「ふっふ。中々大役よな。儂が候補者であった時のことをどうしても思い出してしまう」
観戦席に戻ってきたイグナード王に声をかけると、そんな風に笑って上機嫌そうにしていた。
「イグナード陛下の時は、確か決勝を大鷲氏族の氏族長殿と争ったと聞いておりますが」
「懐かしいですな。イグナード陛下はあの頃から闘気術が卓越しておられた」
「クィンロッドこそ。あの飛翔速度と闘気を込めた羽弾には手を焼かせられたものだ」
そう言って笑い合う大鷲の氏族長クィンロッドとイグナード王である。
何でもこれも語り草になっている技術戦ということらしい。ちなみに当時の獣王は獅子氏族で、決勝後の激闘もイグナード王と前獣王の逸話の一つだ。
優勝者と獣王の戦いは言うなればエキシビションという側面が強いもので、勝敗が獣王の移行を左右しないとのことではある。
後継者は継承戦の内容に問題がなければ、優勝した段階でほぼほぼ決まったようなものだからだ。同じ時代にそれ以上の候補は暫く出てこないとも言える。
だからと言って、どちらかに花を持たせるのではなく、最後の栄光を勝ち取るのか、前の獣王を超える事ができるのかは当人達次第ということだから、やはりエインフェウスらしい内容と言えるだろう。
さて……。候補者達が向かい合う舞台周辺の盛り上がりは最高潮だ。楽士達の合わせる打楽器に合わせて地上にいる者達は足を踏み鳴らし、樹上にいる者達は牙を打ち鳴らす。
少し離れた位置で向かい合う山羊獣人オーゼスと兎獣人の治癒術師、ケルネ。
非戦闘型の氏族は……種類で言うなら、小型から中型までの動物系が多い。今現在舞台に立っている二人もそうだが、栗鼠、蝙蝠に鹿、羊や山羊、猿、鳥氏族の獣人といったところか。
草食獣の特徴を持つ獣人だから非戦闘型の氏族かと言われるとそんなことはなく……後半の試合にも大型の羊や馬といった獣人の面々もいて、実際そうした顔触れが獣王になっていることもあるそうだ。
「あのケルネ嬢には私としても注目しているわ。徒手空拳の武術が盛んなエインフェウス。しかも治癒術師だものね」
「戦い方の参考になる、というわけですね」
アシュレイが笑みを見せるとロゼッタも頷く。確かにケルネ嬢はロゼッタに近しい部分があるか。
候補者達が武官、文官達に付き添われて王城に入っていき見えなくなる。他の候補者が姿を見せられなくなったところで、いよいよ戦いの始まりということなのだろう。
楽師達が音楽に変化をつけて、打楽器が一際の盛り上がりを継げると一旦途切れる。観戦席のイグナード王が立ち上がると熱気はそのままに歓声が静かになっていく。
声が収まるのを待って、文官が口を開いた。
「それでは……これより獣王継承戦、試技一部、第一試合を始めます! 候補者オーゼス! 対するは候補者ケルネ!」
「はっ!」
二人は声を揃えてイグナード王に、観客に。王城と巨大樹に一礼し、再び向い合う。
イグナード王が頭上に手を掲げ――候補者達が闘気と魔力を漲らせて構えを取った。ぴりぴりとした緊張感が伝わってくるようだ。そうして……イグナード王が掲げた腕を振り下ろす。
「では――始めッ!」
声と共に銅鑼の音が打ち鳴らされ、大歓声に包まれながらも候補者達が動いた。
両者共に、真っ向から突っ込んでいる。兎獣人のケルネは大会中でも一、二を争う程に小柄ではあるが、その分俊敏だ。小兵ならではの戦術があるのだろう。地面すれすれを突っ込んでいくその足に、魔力が集中している。闘気術と基本は同じだ。一部に集中させて一時的な身体能力の強化を行うというもの。
対するオーゼスは術者であるはずのケルネに予想以上の速度で間合いを潰されたからか、虚を衝かれたらしい。間合いの内側まで踏み込まれる前に反応して迎え撃つが、体勢が不十分だ。闘気を込めた蹴りが空を切る。更なる加速を見せたからだ。地面すれすれを突っ込んでいるのも繰り出される攻撃を限定しやすくするためのものだろう。
攻撃をやり過ごしたケルネは間合いの内側まで滑り込むと、腕を払うように魔力を込めた手刀を繰り出す。
避けきれない。払うような一撃に足を取られてオーゼスは体勢を崩す――が。そこはエインフェウスの候補者。非戦闘型の氏族とはいえ、それでそのまま倒れるような鍛え方をしていない。気合を入れ直すかのような表情のまま自ら倒れ込み、角で身体を支えて回転。ブレイクダンスのような動きでケルネに応戦をしていた。
至近戦。互いに向かって至近から放たれる、薙ぎ払うような闘気と正拳突きのような動作から放たれる魔力の弾丸がぶつかり合う。オーゼスは体勢的な不利を補うために。ケルネはリーチの短さを補うために。
爆風を突っ切るケルネと逆立ちのまま回転するように動いて間合いを調整するオーゼス。ケルネの狙いは明確だ。前へ前へ。常に相手の間合いの内側に入り込む事で相手に有効打を出させない。対し、オーゼスは一旦距離を取って万全な体制を整えたい。
優勢なのは初手で読み勝ったケルネではあるが、角を使って逆さのまま器用に動くオーゼスは両手が自由になる分、体勢を崩していても攻めきれていない。というよりもそうした動きを最初から是としている特殊な技を修めているのだろう。
角に闘気を込め、放出や集中の仕方で舞台上を滑るように動き、急制動を掛け、回転しながら技を繰り出している。体勢を崩されたからの苦し紛れではなく、最初からそういう技術を持っているのだ。本来はカポエラのように足技が主体となるような技術のようだから、内側に踏み込まれている上に小柄なケルネに対してオーゼスがその力を出し切れていないのも相性が悪いのも確かだが、まだまだ勝敗は分からない。
右に左に。舞台を蹴って的を散らし、回転するオーゼスを追うケルネ。踏み込んでくるケルネの速度と動きに、オーゼスも目が慣れてきたのか、対応するための動き、繰り出される迎撃も段々と際どいものになってきている。
魔力弾を放ちながらも小刻みに動いて攪乱しようとするケルネの動き。その一つに的を絞って予測したのか、瞬間的にオーゼスの動きに急制動がかかり、ケルネの頭上からオーゼスの膝が降ってくる。空を切るような音を立てるそれはギリギリで転身したケルネの肩口を掠めるようにして叩き込まれた。反転してオーゼスが立ち上がった、その瞬間に――!
「ぐっは!?」
体勢を立て直そうとする、そのタイミングを狙っていたのだろう。視界が大きく動けば、それだけ相手の動きを見切りにくくなる。そこに繰り出されたのが、全身に魔力を纏った体当たりだった。自身を魔力の砲弾とするような、練り上げられたケルネの一撃。鳩尾のあたりに直撃を食らい、大きく吹き飛ぶオーゼス。
これまでの攻防で最大の速度、威力。練り上げた魔力を一気に爆発させるようにして、身体の動きと一致させ、自分自身を魔力砲弾とする捨て身の技だ。速度に優れるが小柄故の、苦肉の策とも言える。だが威力は十二分。吹っ飛ばされたのは捨て身技を仕掛けたケルネもだが、オーゼスはそれ以上に大きく後方に吹っ飛ばされている。繰り出した側のケルネは空中でどうにか体勢を立て直して着地するが、無傷では済んでいない。
捨て身技で自身もダメージを受けていたか。それともその直前の膝の一撃を避けきれていなかったのか。着地したものの膝をつくケルネ。一方のオーゼスは――。
立ち上がって来ない。ケルネの技が直撃したからだろう。意識を失っているようだった。その瞬間に審判からケルネの勝利を告げる声が響き渡る。一瞬遅れて、観客の大歓声が上がった。