番外1876 豪爪と金鱗
問答は一人ずつしっかりと行われるので、王城に向かう候補者達が舞台で紹介される間隔も少し長めではある。そのため、合間合間で都の反応を見ながら土産物を見て回る時間は十分にあった。
森と一体化した作りの街を巡りながら露店や行商の売り物を見せてもらい……評判のいい店もマウラから紹介してもらう。
とはいえ、都の名店等は晴れの日という事もあって継承戦の見学に行っているのか、今日は休業というところも多く、この辺は継承戦後に見せてもらうというのが良さそうだ。
獣王国の衣服等も、毛皮で拵えた上等なものが多いそうなので冬場は重宝しそうだし。
街中の反応はと言えば、あちこちで結構浮かれているのが見て取れる。舞台周辺はもう混雑していて良い場所を取れなかったから、せめて遠くからでも観戦したいということなのだろう。樹上の足場にみんな陣取っている状態だな。
人がどこかに集まり過ぎて足場が崩落しないように兵士達が規制や誘導を行っていたりと、中々忙しそうな様子ではあるが。
まだ候補者同士の戦いは始まっていないのに祝いということで酒盛りを始めている者達もいたりして、都全体でかなり盛り上がっているのは見て取れる。誰が優勝するのか。候補者の評判。そう言った下馬評も聞こえてくる。それぞれの氏族で推している候補者もいたり、氏族の垣根を超えてこの人物が獣王になればという話題が出ていたり、といった具合だ。
イングウェイについても話が聞こえてくるが、やはり評判はいい。イングウェイについては各地でも武者修行しながらあちこちで人助けや狂暴化した魔物の退治等をしていたそうで。恐らく俺達と知り合う前からしていたことなのだろう。
エインフェウス国内の東西南北、地方出身と思われる氏族達が割と万遍なく話題に出していたりする。
「イングウェイさんもあちこちで人気ですね」
「武者修行の旅でもあったけど、地方や各氏族の抱えている問題を勉強しながらの旅でもあったみたいだからね。かなり真面目に獣王を目指しているってことでもあるんだと思う」
エレナの感想にそう答えて頷く。
そんな中で迷宮へと修行に来たり俺達と行動を共にしたりしたのは、エインフェウスと同盟の今後を予想して外の事を学んでおく必要があった、と判断したからなのだろう。
イングウェイについては、武術についても獣王を目指しているからという理由ではなく、自分の力を高める事に対しても真摯な部分を感じるからな。
氏族の分け隔てる事なくあちこちの出身者から幅広く応援されていることといい、獣王継承戦の理念を体現しているような人物というのは間違いない。
そうしている間にも候補者が一人ずつやってきて、獣人達の前で紹介されていく。
その度に歓声と拍手が巻き起こり、特定候補者に思い入れのある陣営から熱烈な応援の声がかけられる。
獣王候補者としても、こうしてみんなの前で応援されるというのはモチベーションが高まり、身が引き締まる部分なのだろう。
やがてフォルカとマウラもハイダーと共に観戦席へと戻ってくる。
「二人とも、ありがとう」
「ご足労かけました。ありがとうございます」
アドリアーナ姫と共に礼を言うと二人も「いえいえ」と笑顔で応じる。
「いやあ、どこも盛り上がってましたね。会場周辺以外でも高所から見ることができるから、相当な熱気でしたよ」
「会場周辺もそうですが、ここまで声が届くところには各候補者の応援団があちこちに散らばっていますね」
フォルカとマウラが周囲を巡ってきた感想を口にする。
応援団の中でも熱心な者達は候補者達に思い入れがある。恩人であったり氏族の誇りや自分達の願いを込めて送り出した者であったり……。観戦に際してもモチベーションが違うだろうしな。
実際早くから場所取りをしていたようであるし、中々良い位置につけている面々が多いようだ。
そうして、一人、また一人と舞台上にやってくる。
エルフのフォリム、クズリの獣人シュヴァレフ、ユキヒョウ獣人のイェルダ、リザードマンのレグノスといった強者も一人一人やってきて、自己紹介をし、肩書き等を教えてくれる。
まずは彼らの中で最初にやってきたのはシュヴァレフだ。
「北西方面軍の教導官をしている、シュヴァレフと言う。よろしく頼む」
「魔狩りの豪爪シュヴァレフ! 期待してるぞ!」
簡潔な自己紹介に応援団から異名らしき声がかかると、静かに一礼するシュヴァレフである。重厚な雰囲気の武人といった佇まいだが……この辺はシュヴァレフの人柄が出ている部分ではあるのだろう。司会役の文官がシュヴァレフの肩書きや功績等について補足説明をしてくれる。
シュヴァレフはエインフェウス北西方面の出身。クズリの獣人氏族自体、イメージ通りというか……エインフェウスでも有数の武闘派氏族ではあるようだが、シュヴァレフは北西方面軍所属では近接戦闘の教導官をする立場にあるという。
何度か魔力溜まりから流れてきた強力な魔物や群れを退治した実績があり、いくつかの町や集落を救ったりしているそうだ。推薦人は北西方面の事情に明るい氏族長達の複数人の連名ということだから信頼も厚いのだろう。
「ヴェルドガルやシルヴァトリアとの関係を重視した人選ではあるわね。北西方面だから、彼の二つ名は聞いたこともあるわ」
「ああ。確かに……。二つ名では聞いたことがあるわ。彼がそうなのね」
ステファニアとアドリアーナ姫が言う。先程会いに行った時には二つ名は名乗らなかったが……。まあその辺は他者からの尊称といったところがあるしな。自分で名乗るには抵抗があるのかも知れない。
「うむ。七家も復帰してから周辺情報の共有もしているが、その二つ名で高潔な武人がいると聞く」
「他国に対しては穏健という話らしいですよ」
お祖父さんが言うと、マウラが口元を笑みの形にして教えてくれた。なるほどな。
候補者達の紹介の合間に得た情報を話したりしていると……レグノスもやってくる。
「東南地方の大沼地より参りました、レグノスと申します。どうかお見知りおきを」
そう言って一礼するレグノス。リザードマン達は厳つい見た目ではあるが、レグノスは礼儀正しい印象があるな。応援団はリザードマンとドワーフ、それに小人達だ。
「待っておったぞ、金鱗の!」
「レグノス殿―!」
金鱗のレグノスと呼ばれているようだが……基本色となっているのは黒い鱗だ。その黒い鱗の中に差し色のように煌めくような金色の鱗が所々に混ざっていて、これが異名の由来だろう。物腰と併せて、何となく絢爛な印象のある配色だ。
大沼地に昔から住み着いていた巨大鯰の魔物を激闘の末に討伐し……実質的に獣王国の支配領域を広げた功績を持つ戦士だという話だ。
「巨大鯰……ですか」
「人食いで、鯰が健在だった頃は危険地帯だったらしいですよ。かなり強力な魔物だったようですね。人命救助のため、貴重な薬草を採取しにいったそうなのですが、その護衛としてレグノスさんが同行したのだとか」
というのはマウラの解説だ。……なるほど。それで巨大鯰を無事に討伐して沼地の素材を安心して得られるようになった、というわけだ。
大沼地は魔力溜まりというわけではないが、古参の凶暴な魔物が住み着いていたらしい。
リザードマン達は大沼地に対して、小沼地と言われるところに住んでいたらしいが、それでもっと広々としたところに移住することもできるようになったという話である。
貴重な素材が安全に確保できるようになったということもあり、同族は勿論、ドワーフ等々職人系や薬師系の人々からの信頼が厚い。
今現在は素材乱獲を防ぐためにそのあたりの警備や管理も担っているという話だ。真面目な仕事ぶりで評判もいいのだとか。候補者達は色々ドラマがあるな。