番外1875 口上を終えて
「さて。そなたらも既に聞き及んでいようが、此度の獣王継承戦には同盟より客人が祝福に駆けつけてくれている。ヴェルドガル王国よりテオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニア境界公と、その家族と戦友。そしてシルヴァトリア王国よりアドリアーナ王女と騎士達。学連を統べる七家の賢者達だ。先だっての天変地異を鎮めた、名高き英雄達の観戦という事もある。儂も含めて、皆の更なる奮起が期待できるところだな」
にやりと笑ってイグナード王が言う。先だっての天変地異――月でイシュトルムが起こした共振だな。あれは世界規模の異変となって表れたものだったので、ヴェルドガルやその近隣だけでなく、東国や南方、北方でも確認されている。
そのあたりが与えたインパクトも、エインフェウスの方針変更に影響を及ぼしているのは間違いないだろう。その後に起こったベルクフリッツの事件もある。あれも東国から流れてきた術者から伝わった仙術が関わっていたわけで……外部からの影響と将来に渡って無関係でいるのは難しいと判断されたわけだ。
「次にテオドール境界公、そしてアドリアーナ王女殿下からも祝福の言葉を頂けるとのことです!」
イグナード王の言葉を受けて文官が言うと、エインフェウスの住民達は更なる盛り上がりを見せる。イグナード王が観戦席にいる俺を見て頷き、俺もまた頷き返して、まずは一礼してから先程のイグナード王同様、舞台上へと直接降りていく。
イグナード王は身体能力を前面に出して降り立っていたからな。俺の方は術式を併用した動きで降りるというのが良いだろうと、打ち合わせの時に話をしている。
マジックシールドで足場を作って階段を降りるように宙へと歩を進め、舞台上まで来たところでシールドを解除し、レビテーションでふわりと降りる。
獣人達からのどよめきと歓声も巻き起こり、盛り上がっている様子である。空中戦装備については獣王国でも話題になっているのだろう。「あれが境界公の空中を足場にするという術か……」と、そんな声も聞こえてくる。
舞台上に降り立ってから再度一礼し、歓声が収まる頃合いを見計らって挨拶を口にする。
「先程ご紹介に預かりました、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアです。まずは……此度の獣王継承戦の開幕に、お祝いの言葉を述べさせていただきたく思います。こうして戦士達の祭典を無事に迎えられた事、誠におめでとうございます……!」
そこまで述べると、獣王国の民達から大きな拍手と喝采が飛んでくる。その反応に頷いて更に言葉を続ける。
「この獣王国の歴史と共に築かれてきた意義ある場に列席し、獣王陛下と獣王候補者の方々の戦いを観戦する事ができるのは大変喜ばしいことです。最後まで獣王国の皆さんと共に戦いを見届けさせていただきたく存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。貴国と同盟の先行きに平穏と繁栄があらんことを!」
そう言うと、再びの大歓声となった。続いてアドリアーナ姫。こちらは、エギール達がエスコートするように随伴し、術式を展開。空中に光り輝く階段を構築して優雅に降りてくる。
こちらはこちらで、魔法大国シルヴァトリアの面目躍如といったところか。
舞台上にやってきたアドリアーナ姫が笑顔でカーテシーの挨拶をすれば、これまた大盛り上がりだ。
「お初にお目にかかります。我が父王、エベルバートの名代として。そしてエインフェウスの隣国に位置する国より、同盟の一員として参りました、アドリアーナ=シルヴァトリアと申します。皆と共に栄えある獣王継承戦を観戦できることを、嬉しく思っております。この日を楽しみにしておりました。素晴らしい戦いと新たなる若き獣王の誕生の予感に、今から心が高鳴るのを抑えることができません。今後100年の、同盟と貴国の平穏と平穏を願っております!」
そう言ってアドリアーナ姫が再び優雅な仕草で一礼した。先程のイグナード王の言葉を踏襲しているな。またも聴衆が湧いて……イグナード王もそうした反応に満足そうに頷くと、両手を広げる。
「では、始めるとしよう……! まずは王城にて各々の候補者と問答を行う故、戦いの始まりまで今しばらく待つがよい! 志ある者達の試練と戦いが、全ての者達にとって素晴らしい内容になることを期待している!」
そう言ってイグナード王は笑みを見せると武官を連れて王城へと戻っていく。舞台周辺は相当な熱気と歓声に包まれているな。
俺達は俺達で観戦席に戻り、後は試合が始まるまで見ていれば良いというわけだ。
エギール達が作ってくれた光の階段を昇って、アドリアーナ姫達と共に観戦席へと戻る。
楽士達が再び音楽を奏で出して、賑やかな雰囲気のまま盛り上がりを見せているな。
「さて。それじゃあ、まだ間があるみたいだし、ちょっと街中に行ってきますね」
「案内が必要なら同行しますよ」
俺達が再び腰を落ち着けたところでフォルカが立ち上がると、マウラが同行しようかと申し出る。街中を巡って土産物を探してきてくれるというわけだが、マウラが一緒にいれば色々と捗るのは確かだ。
「そいつは助かるね。それじゃ、お願いしても良いかな?」
「では、参りましょう」
「ありがとうございます、フォルカ卿、マウラさん。双方向で情報をやりとりできるように、水晶板も持っていって下さい」
「いえ。お安い御用です。双方向は良いですね。助かります」
「行ってきますね」
礼を言うとフォルカとマウラは笑って応じて、マウラやハイダーと共に観戦席を降りていった。さてさて。問答に呼ばれる候補者達は一人一人舞台に姿を見せてから王城に向かうという事だから、そちらも楽しみだ。
国民の前での候補者達の紹介やお披露目という部分もある。名前や経歴を伝えるというわけだ。仮に獣王にまでは届かなくともエインフェウスの将来を背負って立つ面々だからな。獣人達も他人事ではないだろう。
さてさて。試合が始まるまでのんびりとさせてもらいながら候補者の様子を見たり、街中の様子を見たりと色々と見学させてもらうとしよう。
そうしていると早速一人目の候補者が武官と文官達に護衛されながら舞台までやってくる。
治癒術を使える兎獣人の候補者だ。コマチと違って獣人度が高いタイプで、見た目は二足歩行する兎といった印象である。やや小柄ではある。あまり戦闘に適した氏族ではないのだとは思うが、所作を見ると体術の心得は嗜みとしてあるのではないだろうか。
歓声と共に迎えられ、ぺこりとお辞儀をする。
「応援してるぞー!」
「問答頑張って!」
そんな声も集まった獣人達の一団からかけられる。同族だけではなく、他の氏族も一箇所に固まって応援しているのは……人望がある証左だな。
『色んな方を治癒術で助けているという話ですからね。治癒術師の方はただでさえ貴重ですので』
マウラが教えてくれる。獣人族は身体能力に優れる分魔法適正は少ない傾向にあるが……その分なのか、非戦闘員型の氏族は比較的魔法適正が高い比率にはあるらしい。
兎獣人は目を細めて、彼女が過去に助けたのであろう応援団に手を振り、それからみんなに一礼して王城へと向かっていった。
そうして、次の候補者がやってくるまでの間にフォルカも土産物を見せてくれる。
先程アドリアーナ姫が興味を示していた木彫りの品やみんなからの希望の品を買って、それを王城まで届けて欲しいとマウラが伝えていた。
ある程度回ったら戻ってくるとのことだ。街中の反応も見られるので丁度良いだろう。