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番外1874 獣王の想い

 朝食の席も終わり、俺達は城から特設の観戦席へと場所を移す。

 街中は出店やら行商やらが並んで、観戦中の飲食物や、継承戦にちなんだお土産を獣人達が購入している姿が見受けられた。

 様々な氏族の獣人を模した木彫りの民芸品だ。勇ましさを前に出しており、爪を振り抜いた瞬間を切り取った瞬間の姿は、中々に完成度が高い。


「ふふ。良いわね、ちょっとだけ欲しいけれど……私達が行くと騒ぎになってしまうかしら」


 通りで売っているそんな民芸品を目にして、アドリアーナ姫が言った。


「それじゃあ、開会式が終わったら俺が行って買ってきましょうか? 俺一人なら、テオドール公や姫様と違って、少し話をするぐらいで済むでしょうし」


 フォルカがそう申し出るとアドリアーナ姫が表情を綻ばせる。


「そう? それじゃあ、お願いしてもいいかしら」

「了解です。街を見て回って、誰かが欲しいお土産があれば買ってこようと思うのですが。ハイダーが一緒なら細かい要望に応じられそうですし、開会式や戦いが始まるまでは、まだ時間がありますから」


 フォルカは俺に視線を向けてくる。そうだな……。お土産にしたって一点物が多いだろうから買うなら早い方が良いかも知れない。みんなも興味がありそうなので頷いて応じる。


「それじゃあ、連れて行ってもらえるかな」


 ハイダーを渡すと肩に乗せて笑って撫でるフォルカである。

 お土産については商人達に頼んでおけば王城に運んでもらえるだろうとのことで。人手はなくても大丈夫というのはマウラの弁だ。


「魔法騎士の中でも精鋭でしょうに身軽と言いますか」


 フットワークの軽い事だ。そんな感想を口にすると、エリオットが苦笑した。


「フォルカは昔からこういう感じですね」

「まあ、良くも悪くも軽い奴ですよ」


 エギールもそんな風に言って。みんなで少し笑いながら樹上の観戦席へと向かう。王都の獣人達もお辞儀をしたり尻尾と一緒に手を振ってくれたりと、歓迎してくれているな。


 そうして観戦席に到着する。

 高所から舞台や街中の様子が一望できて眺めが良い。飲み物や軽く摘まめる食べ物も用意されており、至れり尽くせりといった印象だ。


 周囲を見渡せば、隣の樹には楽士達も待機していたりするな。高いところからなら音も良く広がるだろう。

 俺達が観戦席に姿を見せたことで、歓声が大きくなって街中も盛り上がっているようだ。楽士達も勇ましさや楽しさを感じる音楽を奏で始めて場を温めているが……獣人達は反射神経やリズム感に優れているからか、かなり複雑なリズムを刻むドラムが印象的である。


 熊獣人の女性が歌姫だ。人の範囲が広いタイプの獣人だが熊獣人だからか体格は大きめ。その分声はよく通るし人目も引く。心地良さそうに戦士たちを称える歌を歌っていた。

 エインフェウスの音楽文化も中々に興味深い。


 開会式が始まるまでまだ少しあるので、イグナード王と共に腰を落ち着けて話をする。


「ふっふ。同盟も皆に受け入れられているようで喜ばしい事だ」


 周囲の反応を見てイグナード王が相好を崩す。


「同盟に関しては、エインフェウスの今までの方針からは結構変わりましたからね。もっと反発なりがあってもおかしくはないかと思っていたのですが」

「その辺りは――まあそうさな。テオドール達がベルクフリッツの一件で、戦いの場に自ら身を置いたというのが信頼できる部分として大きいのだろう。それに……シーラとの婚姻という事実もある」

「ん。将来性を見込んで?」

「そうなるな」


 イグナード王はシーラの言葉に楽しそうに笑う。

 戦いの場に自ら身を置いたことへの信頼、というのは……確かにエインフェウスの気風からするとウェイトが大きそうだ。その上でシーラとも結婚しているから……獣人達に対しても好意的で、将来的にも悪い事にはならないだろうという見方が多いそうである。

 こうした見解については、上は氏族長達から、下は国民に至るまで、ということらしいので、現行のエインフェウスの国内状況的には不安要素は少ないと言える。


「……しかし、いよいよか。獣王として在位中に色々なことがあったものだ。儂もまた、かつてあの舞台に立ち、以降獣王として皆に支えられてきたわけだが……」


 イグナード王はそう言って記憶を呼び起こすかのように目を閉じる。どんな想いが胸に去来しているのか。イグナード王も善政を敷いていたので各氏族からの支持も厚く、在位が長かった。それだけにこうして獣王継承戦を迎える事にも感慨深いものがあるのだろう。


「ここ数日、都の様子も見せてもらいましたが、継承戦を楽しみにしている声の他にも、イグナード陛下が獣王から退くことを惜しむ声も多かったですね」

「ここに集まっている方々がこうして笑顔なのも、陛下の治世あってのものかと」


 オルディアがそう言うと、レギーナも微笑む。そうだな。イグナード王の長い治世があったからこそ、こうやってみんな集まるし笑顔でいる。強権的な王として恐れられていたら、こうはならないだろう。みんなと共にその言葉に頷くと、イグナード王も穏やかに笑った。


 さて。そうしていると頃合いになったのか、舞台の上に城からやってきた武官と文官が姿を見せ、楽士達が一度音楽を盛り上げてから演奏を切り上げた。


「始まるな」

「継承戦を見るの、初めてなんだ」


 ざわつく見物人から声が上がる。まだ試合は始まらないのだが、観戦に際してなるべく良い場所を取りたいという事なのか、もう会場の周りはかなりのエインフェウスの人々が集まっている状態だ。樹上、地上、建物から。あちこちからの見物人が思い思いの場所に陣取りじっくりと腰を据えて推移を見守っていた。


 舞台や城に通じる大通りの道は兵士達が警備して開けられているし、樹上等は人が集まり過ぎて足場や枝が壊れないように、きちんと規制もされているから秩序だっている部分はあるが、賑やかなことは間違いない。


 出店で買ったであろう食べ物や水筒を持参している者もいて、まだ戦いが始まらないのにこうして集まっているのは場所取りや開幕からをしっかり見届けたいという思いがあるのだろう。


 舞台の上にやってきた文官の後ろに控えた武官達が周囲を見回し、ざわめきが収まってくるのを待ってそれから声を上げた。


「これより栄えあるエインフェウス獣王国の、獣王継承戦の始まりを宣言します!」


 その声と共に歓声が上がった。森に響く地鳴りのような獣人達の喜びや祝福の声だ。エインフェウスにおいては本当に重要なものだというのが良くわかる。

 樹上のイグナード王に向かって文官が視線を送り、魔道具を使って声を上げた。


「まずは我らが獣王、イグナード陛下よりお言葉を賜りたく存じます!」

「うむ。では――行ってくる」

「はい。後は打ち合わせ通りに」


 そう答えるとイグナード王は観戦席から跳躍して舞台に降り立った。大歓声が巻き起こり、その反応にイグナード王はにやりとした笑みを見せれば、ますます群衆が沸き立つ。

 そうした反応が少し落ち着くのを待ってから、イグナード王は口を開いた。


「皆の者、このめでたき日によく集まってくれた! これより始まるは獣王国の次代を背負って立つであろう、志ある者達の祭典であるっ! 勇士が、賢者が! 王として多くの者達より望みを託され、今この時、この都に集っておるのだ! 皆にはどうか最後まで、彼の者達の試練と戦いの一部始終を余すところなく目に焼き付け、見定めていってもらいたい! 新たなる若き獣王の誕生を言祝ぎ、今後100年の平穏の礎を祈ろうではないか! これより始まる戦いが万人にとって素晴らしきものにならんことを!」


 イグナード王が腕を振り、声を響かせる。闘気を込めた拳を天に突き出すように伸ばせば、割れんばかりの大歓声が巻き起こったのであった。

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詳細は活動報告でも告知しておりますので、楽しんでいただけたら幸いです……!


今後とも更新頑張りますのでよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 獣・先ずは先制の咆哮対策の耳栓や
[一言] 更新ありがとうございます。棚ボタでうれしいです。歌姫の体格が大きいと声域が広そうだなぁと思いました。打楽器群が豊富らしいので現実世界の『メトセラ』の楽譜をプレゼントしたくなりました。
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