番外1873 問答の前に
エインフェウスの王都は森ならではの澄んだ空気だ。王城は湖が近いから視界も開けている分、眺めも良くて居心地がいい。
イグナード王やオルディアが城で働いている面々に武官、文官問わずに慕われている分、前回の事件で二人に助太刀をした俺達に対しても細やかに気遣ってくれるということもある。
ここでも子供達はマウラ達を筆頭に、女官達の癒しになっていたようだ。顔を見ると表情を綻ばせてあやしたり、寒くないか心配してくれたりと、色々と気にかけてくれている様子だ。グレイス達も子供を可愛がってくれる女官達と仲良くなったようで。和やかに談笑している姿を見ることが出来た。
そんな調子で王城にて過ごしつつ、森の都にて1日、2日と滞在させてもらった。
城の前の広場に武術大会用の会場が設営されており、楽士や武官、文官達も準備や調整、確認作業やリハーサルに余念がないようで。
城で働いている面々はやや忙しそうではあるが、武術の祭典的な側面もあるからか、皆楽しそうにしていた。街も日に日に訪問者が増えて、賑わっているのが分かる。
継承戦を目前に控えているからだろう。街中でも結構頻繁に小規模な試合が組まれているようではある。
これは非公式の試合ではあるが、きちんと届け出をして秩序だったものであれば許可されているものであるようだ。
祭典の前に武闘派の氏族達にとっての晴れ舞台でもあるわけだな。ただ……それだけにあまり表立って見に行くと俺達が見に来たという事でその場にいる者達がハッスルしてしまって収拾がつかなくなることが予測される。
獣王継承戦を控えて王都の人々も忙しくしている中、混乱を引き起こすのは拙いということで、許可をもらってシーカーを派遣し、秘密裡に少し観戦させてもらった。
玉石混交の野試合と言ってもエインフェウスは身体能力に優れる獣人の国であり、武術、武芸の発達が盛んな国だ。
ましてや継承戦を控えたこの時期に腕を見せたい、顔を売りたいという意図もあってか、野試合に出るのは実力者が多いという話だ。
実際、非公式の試合であるにも拘らず、多彩な闘気技や体術、武芸が飛び出し、滞在中はみんなでそれを鑑賞することで、退屈するようなこともなく過ごすことが出来た。
候補者程ではないにしても実力者が顔を出しているというのは各氏族の者達も分かっているので、繋ぎや勧誘にも顔を出したりと人材発掘や交流の場にもなっているそうな。
水晶板の中継映像を見たイグナード王やウラシール等は知り合いの顔をそこに見つけて納得したように頷いたりしていたが。まあ……この辺の情報をどう役立てるのかはエインフェウス国内の事ではある。スカウトに訪れている者達も特に顔を隠したりはしていないので特に秘密というわけでもないのだろうし、俺としてはあまり気にしないでおこうと思う。
そうして……獣王継承戦の当日がやってくる。式次第と日程についても教えてもらっているが……まずは獣王や氏族長達との問答から入るそうな。
そこで候補者としての適正や見識を確認した上で候補者同士の戦いに入る、と。
候補者として集まった者達全員が獣王としての適性に問題がないことを獣王と氏族長達が確認し、それを国民の前で宣言した上で候補者達が武術の腕前も見せるというわけだ。
武術戦への参加は自由意思に委ねられるとのことであるが……。
「それでも、戦える者達は勿論、戦闘能力には優れない氏族の者達も毎回出場しておるな。戦えるという勇気を見せるのが目的ではあるのだろう」
イグナード王も朝食の席で、そんな風に継承戦の流れを説明してくれた。戦闘能力が優れないことが知られている氏族の場合、組み合わせについては考慮されるとのことではある。
「その辺りは獣王候補者としての通過儀礼でもあるのでしょうし……自身を国民に周知したいといった意味合いもあるのでしょうね」
「そうだな。自身の事を知ってもらうには絶好の機会でもある。武闘派でない種族は得てしてそれ以外での部分での功績があり、元々評判も良い事が多い。そういった場面で口伝てに国民の話題にも上って広く知られるというところだ」
なるほどな……。
「数ある種族を統べる為、納得させる為には必要になってくる部分でもあるのでしょうね」
「どうしても胆力は求められそうだものね」
「うむ。交渉事で渡り合う事は多々あるからな……」
ローズマリーとクラウディアの感想を、イグナード王が少し渋面を浮かべながら肯定した。獣王として色々苦労してきたことが察せられるな。腕っぷしが強いと言っても、国内での普通の交渉事にそうしたものの出番もないだろうし。
ともあれ、継承戦が始まれば候補者達は一人一人順番に王城にやってきて、獣王や氏族長達と問答していくこととなる。
問答が終わればそのまま王城に留め置かれる。これは問答の内容が後から来る候補者に伝わらないようにするため、とのことだ。
獣王継承戦に際してはできる限り公正を保ち、有利不利が働かないようにしているというのは分かる。
「問答が終われば候補者同士の試合というわけですね」
「そういう流れになるな」
試合の形式はトーナメント戦となる。勝ち残った者が最終的に獣王とも一戦を交えるわけだ。
「だが、戦いの中で卑怯な振る舞いをしたり、その時々のエインフェウス国内外において何か特別な事情があれば異議申し立ても有り得る」
「勇気が必要とされる場面では嘘を吐けない……というのが、獣人達の価値観や物の見方としてありますからな。氏族によっては代替が利かない能力や技能、立場や人脈、知識を持っているということも多々あります」
ウラシールが補足説明をしてくれた。
「いずれにせよ最終的に獣王と氏族長達の間で協議と投票、必要ならば検証や実証が行われる形となる。申し立てが妥当かどうか。優勝者が相応しくない――或いはより相応しい者がいるならば、誰が次代の獣王となるのか」
獣王継承戦において武闘派以外の氏族が獣王として選ばれるのは、そういう時が多いそうだ。まあ、余程の事がない限りは勝ち残った者が獣王となるという事だそうだ。
こうした制度から見えてくる理念としては……獣王となる者にとって武力は重視される要素ではあるが絶対ではない、ということだ。
必要となるのは王としての才覚。群れを統率する王として先代獣王、氏族長、国民……皆に認められる胆力と能力というわけだ。
「ちなみに、現獣王と同じ氏族は続けて獣王にはなれないし、引退した獣王は氏族長にはなれない。これは特定氏族や個人への権力の集中を避けるためだな」
イグナード王が言う。つまりはイグナード王と同じ氏族の獣人は今回いない、というわけだ。
「多彩な獣人氏族やエルフ、ドワーフにリザードマンといった種族を内に抱えているだけに、制度として色々な創意工夫や多数の種族への思慮が見られますね……。エインフェウスも長い歴史の中で様々なことがあったのでしょうが……その中で形作られた結晶という印象を受けます」
「ふふ。先人達が聞けば喜びそうな言葉だな」
「そうですな……。決して平坦な道ではありませんでした」
そこに至るまでの経緯に何があったのか思案しながら言うと、イグナードが破顔し、ウラシールが静かに微笑む。ウラシールは長命なエルフだけに色々なものを見てきたのだろうとは思うが。
「うむ。直近ではベルクフリッツ達の事件にしてもそうだな。何はともあれ、問答の間は少しばかり暇な時間となってしまうかも知れんが、その分武術戦は見所のあるものになるだろう」
「そうですね。候補者は実力者揃いですし、体術に優れた魔法戦士もいるようなので個人的にも楽しみにしています」
開会式ではイグナード王の口上の後に、俺達も観戦席に姿を見せて軽く挨拶をすることになる。その後は試合が始まるまで、城や観戦席にて過ごすというわけだ。