番外1872 奇跡のような
俺の見立てではイングウェイの他、フォリム達4人あたりが武術関連での実力が高そうだと伝えると、イグナード王は楽しそうに顎に手をやって頷く。
「うむ。いずれも優れた戦士達と聞いている。フォリムとイェルダの場合は純粋な武芸者というよりは魔法や魔力を併用する武芸者だという話だが」
「そのあたりは……僕もそうなので興味深いですね。魔法を使う戦士は何を目的とするかで修めるべき技術も変わってきますから」
「あたしはあまり魔法には詳しくないから、その辺の技術体系の細かい違いにも疎いのですが……イェルダさんはかなり珍しい部類という話は聞いたことがありますね」
レギーナが言うと、イグナード王やテスディロス達も興味深そうにしている。そうだな。この辺は少し補足しておく必要がありそうだ。
「そうですね。例えば――シルヴァトリアの七家で発展した近接魔法戦闘技術は、瘴気に減衰されない循環魔力や出力を上げた魔法を確実に叩き込む事を目的として構成されている技術体系なわけです」
この場合は大魔法による一撃必殺を究極的な目的とするから……そこに付随する体術や杖術といった技術、技法に関しては最終目標のための補助的な位置付けという事になる。
だから同じシルヴァトリアでも魔法騎士の場合は共通する思想があっても戦い方がまた違ってくるし、他国の魔法戦士の場合は更に違いが出てくる。
そもそもシルヴァトリア以外の魔法戦士は対魔人を前提にしていない。普通の魔法は瘴気によって減衰されてしまうから、魔人を相手にした時はあまり有効ではないというのが一般的だ。減衰を加味した上で有効打を与えるだけの出力なり、貫通できる性質を持つ術式なりが必要とされるわけだ。
そもそも前提として魔法をある程度の近接戦の中で放つには、無詠唱なりマジックサークル、或いはマジックスレイブによる仕込み等、迅速に魔法を放つ手段に習熟している必要がある。無詠唱による魔法牽制では余計に威力が下がってしまうから魔人との撃ち合いになった場合の不利は否めない。
一方、対人や対魔物だとその辺も事情が変わってくる。単純なファイアボールやスタンボルト、スリープクラウドといった比較的無詠唱でも難易度が低い術式でも相手側に対応を強いる事になるからだ。
魔法は選択肢が広い分、何を目的とするかでも必要となる技術が変わってくるからな。そういった事を説明するとゼルベルが真剣な表情で頷く。
「解呪による減衰が無くなった分、その辺りの性質の違いは俺達も今までのように無頓着というわけにはいかなくなっているな」
「そうなるね。専用装備や対抗の魔道具で、ある程度対策できるところはあるけれど」
フォリムとイェルダはどうかと言うと……独自の精霊術や魔力資質にエインフェウスの技術体系を掛け合わせた独自の技を使う、ということらしい。
この辺は正直なところ、実際に見るのが楽しみだな。エインフェウスは格闘術や闘気を操る技術の発達が顕著なので、その辺に精霊術や魔力の技が絡んでいるとなると、俺としても参考にできる部分がありそうな気がする。
特にこの二人に関してはエインフェウスでも上位の実力を持っているというのは間違いないのだし。
他の候補者についてはシュヴァレフがパワーファイターで、レグノフはテクニック重視という評価らしい。
イグナード王とイングウェイに関してはどうかと言えば……それぞれ力と速度重視寄りの印象もあるが、いずれも高水準という印象があるな。
特化型の二人に対して比較的バランスタイプのイングウェイということになる。組み合わせ次第ではあるが、直接対決になった場合にどういった戦いになるのかは気になるところだ。
グレイスやヴィンクルも獣王国の武芸者には興味があるのだろう。二人とも時折頷いたり、熱心に話に耳を傾けたりしていた。
闘気の技を使うグレイスとしても候補者達の戦いを観戦したいというのは分かる。
一方でヴィンクルにとっても迷宮を守るという意味でも格闘戦の極地とも言える戦いを見ておく、というのは重要だ。
人型の肉体でできる事とできない事を知り、洗練された闘気の技はどんなものかを見定めた上で前提において対策を考えられるからだ。
まあ、それはそれとして純粋に観戦を楽しみにしている部分もあるようにも見えるけれど。
今回の獣王継承戦に関しては俺個人としても期待していたりするからな。まあ、観戦に関しては楽しませてもらおう。
「お久しぶりです、オルディア様。お元気そうで何よりです」
「ガリーナ達も元気そうで良かったです。お城を出ていってから、あまり挨拶ができなかったのは申し訳なかったとは思っているのですが」
「ふふ。事情は陛下にお聞きしていますから大丈夫ですよ」
そんな風にオルディアと話をしているのは、城で働いている女官達だ。オルディアはイグナード王の養女という扱いではあったが、魔人ということをバレないように生活していたというのもあるからな。
力を自ら封印していることと併せて、あまり身体が強くないということにして積極的な交流はしてこなかったらしいが……オルディア自身の性格が善良だからということやイグナード王の人徳も相まって、城の女官達からは結構慕われているし心配もされていたようである。
氏族としてフォレスタニアに身を寄せてからは……情勢が落ち着いて立場がしっかりするまではオルディアも、知人への接触を控えていたというのもある。
今は氏族の立ち位置も確保され、解呪もされているし能力も解禁しているからな。少し前までとは状況も変わってきているな。
そんなこともあって、オルディアは嬉しそうに女官達と言葉を交わしている。それを少し離れたところから目にしたイグナード王はと言えば……どこか噛み締めるような表情で目を閉じて笑う。それから俺を見て言った。
「テオドール公やレギーナ……皆にも感謝せねばな。オルディアはとかく、他者との交流に際しては遠慮しているというか、気を遣っているところがあった。儂の王としての立場を慮ってのものもあったのだろうが……それが申し訳なくてな」
だから、こうして気兼ねなく安心してオルディアが過ごせているところを見るのが嬉しい、と。そうイグナード王は伝えてくる。
「確かに……環境を整えましたが、ああしてオルディアが笑顔に囲まれているのは、彼女自身の人柄や普段の行いが良いからだと思いますよ」
「そうだな。普段の生活や戦いの中でもオルディアはよく気が付くし、何かと気を回してくれる」
「そうした性質だからこそああいう能力として覚醒したのだと思いますよ。本当に……生まれついての氏族としてああした性格なのは本当に希少だと思います」
「それこそ、奇跡のような存在と言っても良いほどですな」
テスディロスやエスナトゥーラがそう言うと、オズグリーヴも静かに首肯する。
「テスディロス達がそう言うと、説得力があるね」
テスディロスはヴァルロスとの約束があって、氏族のみんなをしっかりと見てくれているし……エスナトゥーラとオズグリーヴは氏族の問題をずっと見てきた。だから、そんな面々が奇跡のような、と言うほどなら実際にそうなのだろう。
性質があったから覚醒能力が発現したのだとしても、オルディアは幼い頃にそうなったわけで。才能として本当に希少であったのは間違いない。
そんなオルディアはと言えば肩の力を抜いてリラックスしながら談笑している様子だ。城のみんながああしてオルディアを歓迎してくれているというのも喜ばしいことだな。彼女にとっても今回の帰省が良いものになればと、そう思う。