番外1870 獣王国を継ぐ者達
「それでは、私達は外で待っていますね」
「もしあたし達のことを聞かれたら、二人とも元気だと伝えて下さったら嬉しいです。継承戦が終われば話もできますし」
候補者が滞在している施設を訪問する前に、オルディアとレギーナがそう伝えてくる。
「それじゃあ、少し待っていてね。大丈夫だとは思うけれど、継承戦前だしテスディロスとエスナトゥーラもオルディアと一緒にいてくれるかな? 」
「分かった。オルディアの護衛だな」
「分かりました」
オルディアに関してはベルクフリッツのこともあった。現獣王であるイグナード王の関係者であるという情報からベルクフリッツもオルディアを狙ってきたわけで。用心しておくに越したことはない。そんなわけでテスディロス達に護衛として残ってもらいもらう。バロールも残しておけば、何かあってもすぐ伝わるし戻って来られるだろう。
そんなわけでオルディア達には待機していてもらい、そのまま俺達は宿舎のある敷地へと歩を進める。
「ヴェルドガル王国より、フォレスタニア境界公がお見えになりました!」
敷地の入り口に到着したところでマウラが声を上げると、あちこちから候補者と思しき面々が顔を出した。その中には――ああ。イングウェイもいるな。俺達を見ると目を細めて嬉しそうな表情を浮かべる。そうして樹上の宿舎から直接下まで飛び降りてきた。
「おお。これはテオドール公……!」
「ああ。元気そうで何より」
にかっと笑うイングウェイに挨拶をすると、他の候補者達も次々と樹上から飛び降りてくる。武闘派の候補者については……誰も彼も腕が立ちそうだな。
階段を使って普通に降りてくる候補者達もいる。こちらは武闘派の獣人族ではないようだ。それと、レビテーションを使ってゆっくり降りてくるエルフの候補者も。
エルフは重鎮もいるし重視されている氏族でもあるが、あまり獣王という立場には立とうとしないと聞いている。ただ、今回は候補者がいるということなのだろう。ウラシールの推薦も得ているのだろうし。
まずはそれぞれの候補者達と、挨拶と自己紹介を行っていく。それぞれで自薦か他薦の違いはあるものの、氏族長達の推薦を受けて候補者となっているだけに落ち着いていたり快活であったりといった印象の者が多いな。
「聞いていた通り、イングウェイ殿はテオドール公と知己があるのだな」
というのはクズリ型の獣人シュヴァレフだ。イグナード王やイングウェイ同様、かなりの体術を持っていそうな雰囲気だな。
「そうですな。しばらく前に知己を得る機会に恵まれ、タームウィルズでの武者修行の際にお力になっていただきました」
「噂に聞く大迷宮か。興味深いことだ」
こちらは耳と尻尾だけの人型に近い獣人イェルダだ。白い毛並みの豹柄の模様と太い尻尾……ユキヒョウ型の女獣人という事になるか。
「お陰で様々な魔物との戦いの経験を積むことができました。見識も広められたかなと」
「レギーナとオルディアから、テオドール公のお話は伺っています」
そう言ったのは、件のエルフの獣王候補者……フォリムである。細身だが武術の心得もありそうだし……何よりかなりの魔力を宿している。正当派のエルフといった雰囲気だな。
「ああ。二人の知り合いですか?」
「ええ。オルディアの事情は聞いています。あの二人は友人なのでどんな方なのかと気になっていました」
笑顔を見せるフォリムに頷く。
「そうですね。あの二人ならば、今は継承戦前で話はできないので、元気だと伝えて欲しいと。そこまで来ているのですが、挨拶の間、待ってもらっています」
「そうでしたか。それは――気を遣わせてしまいましたね」
フォリムは嬉しそうに言う。
どちらかと言うとレギーナと親しくしていて、その伝手でオルディアとも面識を得た人物という話であったが……オルディアにも互いに友人として思っているようで。オルディアが魔人だというのは氏族に絡んだ事で明かされているが、そこには取り立てて頓着していないようだ。二人にとっては良い友人なのだろう。
「イグナード陛下やイングウェイ殿からタームウィルズやフォレスタニアは良い環境だと聞いていましたが……実際こうしてテオドール公とお会いしてお話ができて良かったと思います」
フォリムは俺やみんなの周りにいる精霊達に視線を送っているようだった。まあ……そうだな。ティエーラや四大精霊王の祝福もあって、精霊達は俺達に好意的なことが多い。エルフの場合はそうした精霊達の反応も判断材料の一つにはなってくるのだろう。
アウリアの話によるとエルフなら全員が精霊の姿を見たり声を聞けたりするわけではなく、その感知能力は個人差もあるとのことだが……フォリムの場合、纏っている魔力からしてもその辺の能力が高そうだ。純粋な魔術師型、精霊使い型というわけではなく体術も修めているようだし、獣王候補に名を連ねるだけのことはあるのだろう。
他にも腕が立ちそうな面々が多い。獣王候補者という上澄みの精鋭ではあるが、尚武の国だけあって層が厚いな、エインフェウスは。
シュヴァレフ、イェルダ、フォリムもあたりもそうだが……もう一人。リザードマンの獣王候補者――レグノスも立ち姿や物腰の隙のなさからして相当な実力を持っていそうだ。
戦いにおけるスタンス、タイプから来る相性等はあるだろうが、試合においてイングウェイの対抗馬になりそうな実力を持つ面々としては、このあたりの顔触れになるだろうか。
イングウェイの実力が候補者達の中で見てもかなり高いのは間違いない。
元々高かった実力を迷宮での修行を経て更に磨いているというのも事実だが……それを受けて危機感を覚えた他の候補者が更なる修行を……と言うのもあり得る。というより、そうしそうな心持ちの面々が多い。
俺の知る並行世界の歴史ではイングウェイが獣王となるわけだが……未来がどうなるかはやはり未知数といったところだ。
肉体と精神のコンディション、その時々の判断。勢いや流れといった不確かなもので、勝敗がひっくり返るだとか番狂わせというのは十分にある事だしな。勝敗予想は難しい。
武闘派以外の面々も気になるところだが……こちらは身のこなしなどからは判断できないし、挨拶だけでは見えてこない部分も多々ある。見識については問答に関わる部分でもあるから突っ込んだ事を継承戦前に話をするわけにもいかない。今日のところは名前と顔を覚えるぐらいに留めておこう。
継承者達の間では、やはりヴィオレーネが注目を集めたようだ。
ああして魔力が強いタイプの特徴が出る獣人の子はかなり珍しいそうで。外部の獣人ではなく、エインフェウスの氏族の間に生まれていたら将来の氏族長や獣王候補者として期待をかけられていたのではないか、というのはフォリムの弁だ。
「継承戦の前で皆も張り詰めていましたからな。子供達の顔を見て和ませていただき、皆肩の力も程よく抜けたかも知れませんな」
イングウェイはそんなことを言いながら子供達を見て目を細めていた。その言葉にあるように、他の候補者達も子供達を見て表情を緩めたりしていたようだ。
そうして程々のところで挨拶を済ませてオルディアとレギーナのところへと戻ってくる。
「おかえりなさい」
「どうでしたか?」
「ただいま。流石に皆、氏族長達の推薦を受けているだけのことはあるね」
挨拶をした時の物腰もそうだし、技量の面でもそうだ。そうしてフォリムの事も伝えると、オルディア達は表情を綻ばせて頷くのであった。