番外1868 魔法騎士達の現状は
「殿下のご意向はシルヴァトリアの方々もご存じなのですか?」
『ええ。流石に今伝えた内容程砕けたものではないけれど、きちんと私の気持ちは伝えているし、皆も十分にそれを汲もうとしてくれてはいるわね。まあ……功績を盾に我儘を通しているようなものだけれど』
グレイスが尋ねると、アドリアーナ姫は少し悪戯っぽく笑う。アドリアーナ姫の意向がきちんと受け止められているという話に、みんなも笑顔で頷いているな。
シルヴァトリアの内情やアドリアーナ姫の内心をこうした形で伝えてくれるのは、相手が俺達だからではあるのだろう。俺は七家の出で王家の親戚筋でもあるし、ステファニアとアドリアーナ姫は昔からの友人同士ということもあり、話をしている時もいつも肩の力を抜いていて自然体だからな。
『まあ、こればかりは姫殿下のお気持ちもありますからな。国内の情勢は安定しておりますが、王配となるとザディアスの一件が尾を引いているというのもあるのです』
そう教えてくれるのは七家の長老の一人、エミールだ。
ザディアスは汚職も広げていたからな。王配に相応しい家格、人格、年齢等々を見て候補者を探すと、釣り合いの取れる層が薄くなってしまっているというのがあるそうで。
「ああ。私の時と同じで、状況が変わってしまったから……」
『それもあるわね』
ステファニアが言うと、アドリアーナ姫も目を閉じる。ザディアスとの縁談も破談になって宙に浮いてしまったというか。アドリアーナ姫も縁談が白紙になったから少し前のステファニアと似た状況なのだろう。
貴族家の子弟は縁談を早めに固めてしまうところも少なくはないし。それだけに状況が後から変わると釣り合う相手を探すのが難しい。
少なくとも家格、人格に問題のない七家の方から探した場合にどうかというと、まあ……こちらは決まった相手が既にいたり、年配になってしまっていたりかなり年下だったりで、やはり同年代はいない、とのことだ。
『魔法騎士からという話も挙がったけれど、信頼がおける相手で人となりを知っている面々、功績も含めて考えるとなると中々ね。その辺の条件を満たしているのがエギール達だけれど……まずフォルカは女性関係が派手そうだし』
『……それは、はい。申し訳ありません。殿下』
にやりと笑うアドリアーナ姫に肩を小さくして恐縮するフォルカである。三人の中では二枚目の色男といった雰囲気なのがフォルカだ。そんなフォルカの様子にエギールとグスタフが笑い、エリオットも苦笑する。
「相変わらずみたいだな、フォルカは」
『まあな。自分も派手ならお相手も派手って感じだよ』
『これで相手を弄ぶような奴なら友人付き合いも止めてるが……まあお相手も分かっている感じはあるな。フォルカの場合は』
『いや、勘弁してくれ。俺が悪かった』
エリオットの言葉にエギールとグスタフが言うと、フォルカは両手を挙げて降参といったポーズをとりながらも目を閉じる。そんな様子に肩を震わせて笑うアドリアーナ姫である。
「グスタフは縁談が纏まりそうという話を耳にしたが」
『そうね。それにそもそも王配という性分でもなさそうだもの』
『はっ。良縁に恵まれました。王女殿下の仰る通り、自分は生涯一騎士としてシルヴァトリア王国を守る任を全うしたいと思っております』
姿勢を正して応じるグスタフである。グスタフに関しては無骨な武人といった雰囲気だ。鍛錬好きというのも、騎士として国や民を守りたいと思っているからだろう。相手方の家に挨拶に行くという話を前にしていたが、この返答からすると縁談も上手く纏まった、ということになるか。
3人の中でのリーダー格、エギールは好青年といった雰囲気だが、どうなのだろうか。前に少し話を耳に挟んだ限りだとシルヴァトリア王国の、どこかの子爵家の令嬢が意中の女性であるらしいが相手側からは弟のような扱いで、今一つ異性として見られていない……という話だったが。
詳しくは聞いていないが、察するに子供の頃から親しくしている相手だろうか。弟のような扱い、という事は。
『エギールは心に決めたお相手がいるのよね』
『はっ。意中の相手がおります』
エギールが答える。
『エギール。お前は結局あのお嬢さんとどうなったんだ?』
『あー……。少しは進展もあったよ。弟みたいな扱いじゃなく、一人の男性として見て考えてみるって。今度一緒に出掛けてみる事になった』
『ほほう。そいつはまた、思い切ったな』
『お前さん意外に女性関係は奥手だからなぁ』
エギールの返答に盛り上がるフォルカとグスタフである。
『……とまあ、結局魔法騎士達も中々候補にはならない、ということね。騎士達の場合、実力や功績が重要になってきてしまうし、他の面々は既婚だったりするから』
そう言って肩を竦めるアドリアーナ姫である。
アドリアーナ姫も交えて肩の力を抜いて話をしているあたり、エギール達を信頼しているのだろう。護衛として行動を共にしていることが多いというのもあるが。
他にシルヴァトリア国内でとなると、七家も普通なら候補に入ってくるのだろうが、ザディアスの一件もあったのでこれが中々に難しい。
七家の顔ぶれは長老達以外でも学連に遊びに行った折に挨拶をしたりされたりして、知己があるのだが……。それこそ、同年代がごっそり抜けてしまっている。アドリアーナ姫とは一回り以上、上か下に歳が離れていたりするのだ。
まあ……アドリアーナ姫の様子やお祖父さんやエギールの反応を見る限りでは現状ではシルヴァトリアもアドリアーナ姫の次の王位継承についてそこまで問題視していないように見える。
とりあえずはアドリアーナ姫の意向を尊重しながら話は進んでいるようなので、そこは何よりではあるのかな。
そんな様子に母さんも静かに頷いていた。冥精という事もあって現世の事に一線を引いている母さんではあるが、やはり故郷だからな。シルヴァトリアのことは気にかけているのだろう。
そうやって談笑をしながらもシリウス号は北方の大森林に向かって進んでいく。眼下に広がる森は赤や黄色に色付いていて何とも見事なものだ。
北に向かうに従って、紅葉も完全に色付いたものになり……ますます見事な眺めになっているな。
そうした景色を楽しみながら談笑したり歌を歌ったりして進んでいく。
ヴィンクルも色々積極的にチャレンジしているようで、歌を歌ったり、クラウディアから楽器演奏も習っていた。
「咆哮に魔力を乗せて付加効果を持たせるのには役立ちそうだ。楽器も……楽しみながら器用さを鍛えられて、いいな」
楽器を奏でながら少し笑うヴィンクルである。目的はあるが歌も演奏も楽しんでいるようで。
「咆哮の魔力か。咆哮版の呪歌みたいなものかな」
呪歌ならぬ呪咆哮といったところか。ヴィンクルの鍛え方次第だが竜の魔力で行えば、相当な効果が期待できそうだな。
そうやって進んでいくと、段々と植生も変わってくる。大森林の木々は高く、枝葉も多くて深く豊かな森、という印象だ。
エインフェウス北方まで行くと紅葉樹林帯から針葉樹ばかりになるものの、王都周辺は紅葉が楽しめるとのことで。
やがて――遠くの方に一際大きな木々が見えてくる。エインフェウス王都の巨木だな。
『うむ。こちらからもシリウス号を確認したと報告が来たぞ』
そろそろ到着する旨を水晶板で伝えると、イグナード王が笑ってそう応じる。
そうして――俺達を乗せたシリウス号はエインフェウスの王都に向かってそのまま進んでいくのであった。