番外1867 アドリアーナ姫の心情
墓参りから帰り、家の片付けものんびり進めていく。……そうして後はほぼほぼ出発するだけだ。
獣王継承戦にはまだ時間があり、すぐに出発しなければならないというわけでもない。家ではなくシリウス号側で茶を用意して、出発前に少し会話を交わす。
「獣王継承戦かぁ……。イグナード陛下は気さくで優しい方だから、心配はいらないと思うけれど次の獣王が誰になるのかは気になるね……」
ダリルはこれから俺達が向かう先についての事が気になるのだろう。茶を飲んでそんな風に零していた。
「まあ、外から見ると国を挙げての武術大会が行われて、一番強い人物が次の獣王にっていう印象があるけれど、イグナード陛下から話を聞く限り、別に腕っぷしが全てってわけじゃないからね。氏族長達からの推薦や問答も行われて、かなり厳選されるって話だよ」
「なるほど……。それなら安心だ」
「民達や外からは、そういう刺激的な部分が目につくのだろうね。エインフェウス自体もあまり他国に国交を開いてこなかったから、そういう印象を外に対しても利用していた、というのは有り得る」
「実際そうだと思います。ヴェルドガルやシルヴァトリア、ドラフデニアにベシュメルクと、国力の強い国も多いですからね」
父さんの言葉に頷く。
エインフェウスの獣人やエルフ達が望んでいるのは大森林での自主独立であり、それぞれの文化を重んじた暮らしだ。
武勇に優れた王。他の王国とは違う政治や文化、統治形態となれば外部からの干渉を考えた時に二の足を踏む、というわけだ。
それと併せて多数の氏族、種族からなる国を纏めるには皆から認められる分かりやすい象徴が必要だったから、獣王という形でのリーダーが形作られていったのだろうとも思うのだが。
だから武勇が重視されるというのは、外向けの形だけの話ではない。まあ、武官型ではなく文官型の獣王も過去には結構いるという話だけれど。
とはいえ、イグナード王やオルディア、レギーナやイングウェイといった面々から話を聞く限りではどの候補が獣王となるにしても、そう極端な結果にならないとは思っている。
獣人の氏族長達は割と今のイグナード王の方針を支持している者が多い。その氏族長達を納得させ、推薦を受けるとなるとやはり同じ方針を取るという事になるからだ。
前世の記憶や平行世界の俺の知る歴史からすると、イングウェイが次代獣王となり賢王、名君と外にも評判が聞こえてきたわけだが……それも今ぐらいに状況が違っていると、イングウェイが獣王となる保証もないからな。
いずれにせよ諸々の状況を鑑みるに、エインフェウスに関しては次代獣王となっても現状の路線のままという形になるとは思うのだが。今の路線を重視していなければ俺も招待されないだろうしな。
「ん。まあ、それはそれとして試合を見るのは楽しみ。獣人仲間としては参考にできる部分もありそう」
「実際、その辺は実力者揃いみたいだからね。かなり見所は多いと思う」
シーラの言葉に同意すると、グレイスやヴィンクルも頷いていた。みんなも継承戦の内容は結構楽しみにしているようで。
それに、オルディアやレギーナの知り合いと知己を得られるというのもな。どんな旅になることやらといったところだ。
「それじゃあ、気を付けてね。私はいつもみたいに、ハロルドとシンシアも見送ったらフォレスタニアの方にも顔を出しておくわ」
「うん。それじゃあ行ってくる」
「では、また。次の訪問を待っている」
「お気をつけて」
「いってらっしゃい」
フローリアや父さん、キャスリンやダリル、ハロルドやシンシアに見送られて、シリウス号の甲板から手を振る。
アルファが頷くとシリウス号の船体もゆっくりと浮上して……そうして俺達はエインフェウスに向けて出発することとなったのであった。
しばらくの間父さん達と手を振り合い……やがて森の間にその姿も見えなくなってから艦橋へと移動する。
「これからエインフェウス王国へ向かおうと思います」
水晶板を通して、タームウィルズやフォレスタニア、エインフェウス等々、各所に連絡を入れる。
『分かったわ。大森林で会いましょう』
アドリアーナ姫が笑顔で言う。シルヴァトリアからの招待ということで、アドリアーナ姫達は転移門で直接やってくる形だ。現地にて合流することになるだろう。
一緒にエギール達魔法騎士も護衛として同行するということで、エリオットとも言葉を交わす。
『いやあ、楽しみだな。継承戦の試合もだけれど、ヴェルナー君も一緒に外出できるようになったみたいだし』
『そうだな。きっとエリオットや夫人に似た子に育つんだろうし』
『夫人も剣の腕が立つし将来有望だな。武術や魔法の指南等は是非してみたいものだ』
『ああ。自分のとこの子供も一緒に、なんてな。グスタフは修練魔だから付き合わされる方は大変そうだが』
エギール、フォルカ、グスタフの3人の魔法騎士がエリオットにそんな話を振る。
「ああ。それは本当に楽しみにしてる」
エリオットはエギール達の話ににやっと笑う。カミラにあやされて丁度いいタイミングで手足を動かして笑い声を上げるヴェルナーに、一同表情を綻ばせたりもしているが。
エギール達は、エリオットの同期の魔法騎士ということになる。ザディアスからの精神干渉を受けていたエリオットではあるが、それは本人の人格を普段から変えたり書き換えたり乗っ取ったりするような性質のものではない。
ザディアスが絡まない部分でならその行動、判断、性格といった部分はエリオット本来の行動原理に委ねられている。
この辺はザディアスが対外的には品行方正で対外的に評判を上げてくれながらも、いざという時には自分の命令に忠実に動いてくれる人材を求めたからなのだろう。
そんなエリオットの魔法騎士見習い時代の振る舞いがどうだったかというのは……エギール達とこうして今も親しい友人としての付き合いがあるのを見ればわかるような気がする。
実際魔物の討伐等では背中を預けて互いに助け合った戦友でもあるという話だからな。互いに信頼しているのだろう。
ともあれ、エギール達はシルヴァトリア魔法騎士団において将来を嘱望されている若手の実力者という位置付けだ。そんな面々が将来オルトランド伯爵領を継ぐと思われるヴェルナーと交流を持っておくというのは歓迎すべき事でもあるな。
『ふふ。魔法騎士団も安泰よね』
アドリアーナ姫がそんなエギール達の様子に表情を綻ばせる。
「貴女の方はどうなのかしら。エインフェウス訪問に合わせてタームウィルズから少し帰郷していたわよね」
『ええ。そうね。エインフェウスとの間で調整もあったし、使者を迎えて挨拶をしたりしていたわ。まあ……私自身について限定していうなら概ね順調ね』
ステファニアとそんな会話を交わすアドリアーナ姫である。
同盟各国との関係が良好であることを内外に示して、エベルバート王の後を継ぐ、という方向で周知しているわけだ。アドリアーナ姫がシルヴァトリアの次期女王ということになるが……シルヴァトリア国内の状況としてはザディアス達が投獄されて、それに連なっていた貴族達も失脚したという話だ。
問題なのはその貴族達の中に……アドリアーナ姫の婚約者もいたという事らしい。
これについてはザディアスが権力を握るために画策していた部分であり、アドリアーナ姫もザディアスが健在だった時分には目立たず従順な王女を演じていたから甘んじて受け入れていた、という話だ。
そして、ザディアス投獄後の調査で貴族家だけでなく婚約者当人も黒だということが分かり破談。
女王継承は間違いのない話として進んでいるが、今現在は王配をどうするかという部分に焦点が移っているという。野心的な人物は王家の力が削がれている今のシルヴァトリアからすると論外だろうしな。人選には色々と頭を悩ませる部分なのではないだろうか。
『けれど、周辺の話となるとね。元婚約者が尊敬できる人物ではなかったから、政略結婚の類はもううんざりなのよね。王家の血筋として継承権を持つ子は他にもいるし、他に後継に相応しい者が育ってくれるのなら、私の代では急場を凌いで次の王位は見極めがついたら後を継いでもらうという形でも全然構わないぐらいなのだけれど』
アドリアーナ姫は苦笑して肩を竦める。そちらの王位継承権を持つ血筋の人物に関してはまだ年若く、人格等々を判断するには時期尚早。政治基盤も弱いために今のシルヴァトリアを纏めるならばザディアスを討つために動いていた実績があるアドリアーナ姫が適格、とされたようである。
いずれにせよ、ザディアス討伐の功労者であるアドリアーナ姫が納得のいく形で落ち着いて欲しい話ではあるな。