番外1866 もう一つの隠し場所
誕生日の宴会も無事に終わり……直接的にも水晶板越しにも、国内外の色んな人から祝福の言葉を掛けてもらった。
まあ……何というかこうやって気にかけてもらえるというのは有難い話だ。
重要視される立場になったからではあるが……前世の感覚からすると当たり前ではないからな。そういう気持ちは忘れないようにしておかないといけないだろう。
慣れてそういう扱いが当然となると、考え方や行動にそれが出てしまうということもある。何を考えて力を欲して、何を得る為に、何を失わない為に戦ったのか。それはしっかりと憶えておきたい。
そういう点で言うなら、こうして折に触れて故郷に帰って過去を振り返るというのは意味のあることだと思う。
そんなわけで更に母さんの家に一泊してから母さんの墓所を訪れることとなったのであった。
夜は子供達の体調管理も兼ねて、旅に付き添ってくれているロゼッタに、母さんやヴァレンティナが談笑したりもしていた。
友人であり冒険者仲間でもあったロゼッタと、妹のような存在であったヴァレンティナだ。元々母さんと仲の良かった者同士の繋がりということもあって、ハロルドとシンシアが眠ってからは気兼ねなくリビングで思い出話に花を咲かせたりしているようだ。
「とまあ……後から考えると全部計算尽くだったんでしょうね。子供を助ける為とは言え、落石の中に向かって迷わず飛び込んでいった時には驚かされたわ。出会ってからそんなに時間も経っていなかった頃だし、あんな状況で何とかできる術が使えるなんて聞かされていなかったもの」
「機転が利くし、普段は安全を第一に考えて動くのに、いざという時に自分を勘定に入れないようなところがありますよね……。優しいところは嫌いじゃないんですが、傍から見ると冷や冷やします」
「そうなのよねえ……」
「そうですよねえ……」
冒険者時代の母さんの無茶を語るロゼッタに、ヴァレンティナがしみじみと頷く。ちなみにその時は強力な結界術を展開して何とかしたらしい。傍から見ていたロゼッタや父さんからは子供と一緒に落石に埋まってしまった、とのことらしいが……。
「あ、はは。いや、あの時は咄嗟に行けると思ったと言うか、その、ね」
風向きが悪いと判断したのか、苦笑しながら頬を掻く母さんである。
「その辺親子よねえ」
「分かります……」
……何やら二人の思い出話を聞いていたら俺の方にも水が向けられたが。
「いや……うん。気を付けるよ」
そう答えると、みんながにっこりしながらも頷く。
ロゼッタやヴァレンティナも満足そうな反応を見せてから、少し話題が変わる。
「そういえば……昔は髑髏の品を収集していたけれど、今はどうなのかしら」
「子供達を怖がらせてしまう事が何度かあったから控えるようになったわ。特にテオドールが生まれてからは」
「できるなら私の手甲を作る前にその辺に気付いて欲しかったわね……」
「ギルド長はかなり喜んでくれたから……あれで良いのかなって……」
「それはギルド長が特殊というか。あなたもそんなだから魔女なんて呼ばれたりしたのよ?」
「ドクロは可愛いと思うのだけれど……」
そんな会話を交わす3人である。アウリアが喜んで母さんの試作品を受け取ったからか。母さんも学連の生まれでそんなに外の事を知っていたわけではないだろうしな。
聖女の他に魔女の異名もあったのはその辺が理由か。
「……今でもどこかに集めていそうね」
ぼそりとロゼッタが言うと、母さんは曖昧に笑う。
「……あるのね?」
「いえその。物置に隠しておいたものがあって、ね? テオが回収したとも言っていないから……」
「ああ……あるんだ」
隠し書斎ではない場所に隠していたわけか……。書斎はかなり調べたが、他の場所までは殊更調べなかったな。
俺が生まれる前に髑髏グッズの隠し場所を確保したということらしいが。
折角だから回収しておこうという話になり、ロゼッタやヴァレンティナ達も興味があるということで、そのまま隠し場所に向かう事となった。
「この、隅の壁にね」
と、母さんが物置の壁の一部を掴んでスライドさせるように動かすと板が外れる。なるほど……壁の木目に紛れさせて隠していたわけか。
そして……そこに母さんの秘蔵の品が収容されていた。基本的には書斎で使える日用品やインテリアといった品々で……髑髏意匠のルームランプだとかコップだとか、そんな品々だ。武器防具の類がないのは……万が一見つかってしまっても実害がないように、とのことらしい。
まあ……折角の母さんのコレクションだ。回収して母さんの部屋に飾るのが良いのではないだろうか。私室が別ならオリヴィア達を怖がらせるということもない。今なら幻術の魔道具で普段は隠すなんてことも気軽にできるだろうし。
そんな話をするとやはり母さんは嬉しいのか、笑顔で頷いていた。「テオの理解があって嬉しい」とのことだ。
そんな経緯もあって母さんの秘蔵の品々はフォレスタニアに送られる事になったのであった。
父さん達もやってきたので、みんなで連れ立って家を出て秋の森を歩く。紅葉を見ながら、のんびりとした道中だ。
墓所までの小道も綺麗に落ち葉が除けられて歩きやすく工夫がしてあるのが見えて……ハロルドとシンシアが丁寧に仕事をしてくれているのが窺える。
「歩きやすくていいですね」
「そうね。木の根の飛び出している場所もないし石も除けられているようだわ」
「お子様達がいらっしゃいますので、木の根には土を被せたり、尖った石は除いて穴を埋めたりしました」
「抱えたまま転んだりするような事になったら大変ですから」
アシュレイやローズマリーが言うと、兄妹が答える。
「ん。ありがとう、二人とも」
笑って礼を言うと、嬉しそうに顔を見合わせて微笑みあう兄妹である。子供達はフロートポッドに乗せての移動ではあるが、腕に抱えたりすることもあるだろうし、先々のことを考えれば子供達も自分達で走り回ったりするようになるからな。こうやって細かく気を遣ってくれるのは喜ばしい。
そうして兄妹の反応やみんなとの会話、周囲の景色を楽しみつつ墓所に到着する。
少し開けた陽当たりの良い花畑は相変わらず綺麗なものだ。森が防風壁の役割を果たしていて、小さな花々がひっそりと咲いている光景。静かながらも温かさを感じる雰囲気だ。花畑も墓石回りも……勿論きちんと手入れされている。
「やっぱり秋に来ると綺麗だね」
「冬だとお花が見られませんからね」
森を抜けて目に飛び込んでくる景色に、グレイスが表情を綻ばせて言った。
「ふふ。お二人も、お墓周りの管理、ありがとうございます」
エレナが改めて礼を言う。ハロルドとシンシアは「もったいないお言葉です」と、少し照れながらもそんな風に応じていた。
さてさて。では、墓石回りを少し掃除してから墓参りをしていこう。
とはいえ、普段からハロルド達が綺麗にしてくれているので墓石を軽く布で拭いたり、昨日の内に飛んできたような落ち葉を除けたりする程度で事足りる。
それが終わったら持ってきた花束を墓前に供えて、みんなで黙祷を捧げていく。
近くに当人である母さんもいるから冥福を祈るというのも少し違う。
昔の思い出を脳裏に描き、日頃の感謝をしたり……これからも見守っていて欲しいと、そう言った思いを祈りの中に込めていった。
そうやって祈りを捧げていくと、周囲の魔力が高まっていくのが感じられる。母さん自身も魔力を抑えてはいるが、その内では力が充実して高まっているという印象だ。
暫く黙祷を捧げて……それから顔を上げる。みんなも思い思いに黙祷を済ませると、墓所から一歩下がった。
「お墓参りの後は、いつも墓所周辺が温かいような感じがするので良いですね……」
シンシアがそう言って目を細めるとハロルドもうんうんと頷いていた。
「祈りで魔力も広がるからね」
冥精である母さんの力が高まっているから、というのもあるが。
昨晩の秘蔵の品の回収等もあり、上機嫌そうににこにことしている母さんであった。