番外1865 誕生日を祝って
「それでは――」
ステファニアが第一夫人としてみんなに口上を述べる。
「今日は身内で夫の誕生を喜ぶという祝いの席ではありますが……こうして集まり祝福していただき、私達としても大変嬉しく思っています。私達が主体となって計画した内容ではありますが、夫だけでなく今日足を運んでくださった方、挨拶に来て下さった方にも楽しみ、日々の疲れを癒していっていただけたら、これ以上はありません」
そう言って俺に視線を向けてくる。俺もその目を見て頷いて言葉を引き継いだ。
「ステフの言葉にあった通りです。今日は私事ながら、皆がお祝いをしてくれるとのことで当人としても嬉しく思っております。きっと皆様にとっても楽しんでいただけるような席になると思っています」
それからみんなでタイミングを合わせるように杯を掲げれば、居並ぶ皆が乾杯の為にそれに倣う。
「それでは今日という日と、前途を祝して!」
「今日という日と前途を祝して!」
と、声が重なり乾杯と共にゴーレム楽団が音楽を奏でだす。ドレスを纏ったアピラシアの働き蜂と、騎士風のサーコートを纏った働き蜂が出てきて、空中で音楽に合わせて踊ったりして中々楽しい催しものだ。舞台演出用の魔道具も使って花弁や光の粒が舞ったり、演出面でも凝っている。
いつも世話になっているデイジーの仕立て屋で作ってもらったものということだ。働き蜂専用というわけではなく、アピラシアやセラフィナも着られるサイズなので今回の催し限りというものではないそうだが。
今日に合わせたお祝いでもみんなが色々と準備してくれていたのが窺えるな。
食事の方は……今日の為に用意してきたということもあり、手が込んでいるな。スプリントバードも美味だから、こういう祝いの日の料理にはぴったりだと思う。
パリッとした食感に焼き上げられた鳥皮の食感。香草の風味と鳥肉の味わいが食欲をそそる。
「贈り物も用意しているのよ」
食事が一段落した頃合いでクラウディアが言った。
「ん……。ありがとう」
誕生日恒例になっているが……嬉しいな。
マルレーンが音楽に合わせるようにくるりと裾を閃かせてマジックサークルを展開すると執事の服装をしたピエトロが召喚されて――優雅に一礼してみせる。そうして手に持っていたラッピングされた木箱を差し出してきた。
「奥様方からの贈り物です」
「ありがとう。いや、今年は色々凝っていて楽しいね」
「ふふ。そうですね。ただ渡すだけというのも勿体ない気がするという話になりまして」
ピエトロから受け取って礼と感想を口にするとエレナが応じる。水晶板で誕生日の様子を見に来てくれている面々も同意するように頷いていた。
「開けても良いかな?」
「ん。勿論」
シーラがこくんと頷く。というわけでリボンを解いて箱を開けてみると――中にはワインレッドのマフラーが収められていた。
冬用のものだな。落ち着いた色合いだが暖かそうだ。意匠として境界公家の家紋や刻印術式の刺繍がしてある。
刻印術式の効果は……保温と浄化だな。冬暖かく、いつでも清潔といった効果のある品となっているわけだ。
「みんなで別々に刺繍を入れると見た目が落ち着かない物になってしまいますから、交替して刺繍を入れてみました」
グレイスが教えてくれる。母さんも静かに頷いているから、刺繍に参加しているのだろう。
「使いやすそうな刻印術式で良いね。刻印自体も見た目とよく合ってると思う」
早速首に巻いて「どうかな?」とみんなに尋ねてみる。
「よく似合ってるわ」
「キマイラコートの普段の色にも合うようにと、みんなで考えたものね」
イルムヒルトが微笑み、ローズマリーが満足そうに頷く。
その言葉にネメアとカペラがキマイラコートから顔を出して、嬉しそうに喉を鳴らしたり鳴き声を上げたりしていた。
ネメア達を軽く撫でると俺の方に頬を寄せてくる。
「改めて、ありがとう。嬉しいな」
もう一度礼を言うと、みんなも嬉しそうに笑って。
イルムヒルトも今日の日の為に一曲作曲してきたりしていて……。
「大切な人との出会いや今の平穏を喜ぶ、という気持ちを込めたものなの」
イルムヒルトが言った。俺だけでなく、みんなとの暮らし、同盟各国や氏族達との関係性も含めてのものなのだろう。
こう、ストレートに好意を表されるのは面映ゆいものはあるが。こうやってみんなに祝ってもらえるというのは……やはり嬉しいものだな。
そうしてイルムヒルトの奏でる曲は最初こそ少し暗い雰囲気だったが、明るく楽しげなものになっていく。最初の部分はイルムヒルト達がリネットに捕らえられていた時の心情を表したものだろうか。弾むような曲調でノリがよく、耳に残りやすい良い曲だ。
勿論、イルムヒルトの事を知っているから思う印象ではあるが、出会いを通して日々の生活が違って見えるというような……普遍的な意味合いで聴くこともできる曲だと思う。
「出会った時やその後の心情かな。踊りたくなるような曲で良いね。気に入った」
「そうなの。気に入ってもらえたのなら嬉しいわ」
イルムヒルトが嬉しそうに笑う。
集まっている人達だけでなく、水晶板の向こうからも祝いの言葉や拍手が起こって……みんなの考えてくれた祝いの演出や奏でられる音楽でも楽しんでくれているようである。
そうして賑やかで和気藹々とした雰囲気のまま誕生日の祝いの席は進んでいったのであった。
食後のお茶やデザート等ものんびりと楽しませてもらい……その折にイグナード王と獣王継承戦に関することや、今後の予定についても少し話をさせてもらった。
『テオドール達が到着する頃には部族長や候補者達も王都に集まっているはずだ。継承戦の見学に訪れる者達も多く、以前来た時よりも大分賑やかなことにはなっているだろうが……エインフェウスでもテオドール達の活躍は知られているからな。周知と警備も徹底するので問題はないようにしよう』
「ありがとうございます。到着したら部族長達に挨拶に行こうかと思います」
『うむ。明日はまだそっちに滞在しているのだったか』
「そうですね。出発前に母の墓参りや掃除をして……それからエインフェウスへ向かおうかと」
母さん当人が同行しているのに墓参りというのもおかしな話ではあるけれど、それでも墓所は母さんにとって冥精としての領地でもある。墓参りして祈りを捧げて行けば、それは母さんの力になるはずだ。ハロルドとシンシアも、墓参りを楽しみにしてくれているしな。
『うむ。会えるのを楽しみにしている。王都の一角に、シリウス号も停泊できるよう準備も整えているからな』
「僕も楽しみです。王都でお会いしましょう」
そうイグナード王と話をして頷き合う。
それからイグナード王はオルディアやレギーナとも談笑していた。二人としても王都に戻るのは楽しみなのだそうで。
「みなさんが集まるのなら、知り合いにも会えそうですね」
「そうね。友達に会えるのは楽しみだわ」
オルディアの言葉にレギーナが笑う。獣王候補者の中に、オルディアやレギーナの友人もいるそうで。オルディアは出自が出自だけにあまり交友関係を広げないようにしていたが、それでもイグナード王の知り合いやレギーナの友人等……信頼のおける顔触れとなら面識や交流もあるそうだ。
そんなわけで二人としても里帰りは楽しみなのだろう。
俺としてもイングウェイを始めとした候補者達や、その試合を見る事ができるのは中々に楽しみだな。部族長達との面談についてはエインフェウス国内の事情が色々垣間見えてしまうので部外者である俺達が覗くわけにはいかないところではあるのだが。