番外1864 秋晴れの下で
そうして母さんと湖から戻り、そこから更にみんなと周辺にも足を延ばしていった。
山菜やキノコといった森の幸を集めつつの散策だ。
「結構生えているわね」
キノコの群生地を見つけてにっこりとした笑みを浮かべるステファニアである。
「今年は結構当たり年な気がします」
「何度か来ているから、採取できる場所が把握できているというのもあるわね」
グレイスとローズマリーがそんな話をしつつも群生していたキノコを収穫していく。他にも小さな木の実やらも生えていて、探せば中々に食用に適したものが多いのだ。
そんな事情もあって、森で暮らしていた頃はこのあたりで採取できるものが結構食卓に並んだものだ。
そうして散策がてらの採取をしながら移動し、帰り道で小川や湖の魚も術式で確保して戻る。
「おかえりなさいませ」
「うん。ただいま」
留守番をしてくれていた面々が俺達を迎えてくれる。戻ってきたら夕食の準備だ。ここでもヴィンクルは料理の準備を手伝ってくれており、人の姿での営み、生活様式を積極的に学ぼうとしてくれているのが分かる。
「ここはこうやって包丁を使うと良いのよ」
と、母さんが丁寧にヴィンクルに指導してくれていた。ふんふんと素直に頷きつつ食材の皮むきをしたり下拵えをしたりと、みんなと一緒に食事の準備をしていくヴィンクルである。
味付けやメニュー等については……昔家でよく食べていたものだな。母さんやグレイスが中心になって料理を進めてくれて手際よく料理が作られていく。
まあなんだ。実家に戻ってきたということもあって、俺やグレイスは昔を懐かしむ形になるが、みんなは俺達が母さんとここに住んでいた頃の生活を知れる、といったわけである。母さんが戻ってきたから、その辺みんなも気軽に話題にできるようになったというのはあるだろう。
そうしてみんなで料理を進めていくと、良い香りがあたりに漂い始める。パンの焼ける香ばしい匂い。スープや焼き魚の香り。それらが混然となって食欲を増進してくる。
それに加えてチーズやサラダといったところだが、まあ、昔から馴染んできた献立である。先程採取したキノコや山菜、川魚といった食材をふんだんに使っての料理だ。
スープは何種類かのキノコ、自家製ベーコン、森の中で採れた山菜を具材とし、ハーブを香りつけに使ったものだ。出汁の取り方や味付けは母さんの手によるが……うん。昔食べたものそのままだな。
「これは温まりますね。美味しいです」
「ん。グレイスの作ったベーコンも良い味」
エレナがにっこりと笑い、シーラがこくんと頷く。
「なるほど。どちらかというと、シルヴァトリアの料理に近いのかな。味付けに特徴も出ている気がする」
そう言ったのはエリオットだ。シルン伯爵領とシルヴァトリア。双方で生活していたことのあるエリオットだからこそ分かることかも知れない。
「そうですね。ガートナー伯爵家のお屋敷や領内で作られるものとは少し違いますので、リサ様がこの付近で得られる食材を基にして一工夫したものなのではないでしょうか」
グレイスが代わりに答える。母さんもその言葉ににこにこしているところを見ると、当たっているのだろう。
アウリアが術式から母さんのルーツを当てていたが……まあこうしたところにもルーツが垣間見えるものなんだなという気はする。
そんな調子で賑やかな食卓を囲んで、誕生日前日の夜はのんびりと過ぎていった。
ちなみに風呂や寝床の準備等もヴィンクルが積極的に手伝ったりしてくれた。魔道具や魔法にあまり頼らないやり方も、人々の営みを学ぶ、という観点からのものだろう。
「人の肌は大分違うから、人化の術を使うと風呂は心地が良いな。元々水の中の浮く感覚は嫌いじゃなかったが」
というのが入浴に対するヴィンクルの感想だ。人の姿での入浴は好きなようで、フォレスタニアでもユイやサティレス、ラスノーテといった面々と共に大浴場に足を運んでいた。まあ、割と人化の術にも馴染んでいるヴィンクルだ。
家の風呂はそこまで広くはないが、順番に交替で入浴していった。俺達は俺達で、みんなで風呂に入らせてもらっているが。
「ああ……お風呂から見ると湖が綺麗ですね」
湯に浸かりながらアシュレイが声を漏らす。
「そうだね。月明かりで今日は見通しがいいから」
高所から月明かりで見る湖と秋の森は良いものだ。気分の良くなったイルムヒルトが歌を口ずさみ……夜の湖にその歌声が広がっていったのであった。
眠りの中からゆっくりと意識が浮上していく。
今――母さんの家のベッドで眠っているのは俺一人だ。今日は俺の誕生日ということで、俺は後から居間に向かって欲しいとのことだ。
準備があるからと、みんなは少し先に起きていき……俺はそのままのんびりとさせてもらっている。二度寝というか、みんなが起きていくのを感じながらそのまま睡眠を継続させてもらっただけだけれど。
そうしていると通信機に連絡が入った。
準備が出来たら通信機で呼ぶと言っていたからそろそろ起き出していっても大丈夫ということだろう。
見てみるとマルレーンからの通信で……記号や文字を上手く使って笑顔の顔文字を送信してきているな。マルレーンらしい通信機の使い方と言える。
うん。朝からほのぼのとしてしまったが。それでは起きるとしよう。目を覚ました旨をマルレーンにこちらも顔文字で返信しつつ、身だしなみを整えて居間へと向かう。
「おはよう」
「はい。おはようございます……!」
「ん。誕生日おめでとう」
「お誕生日おめでとう、テオドール君」
みんなも準備万端で待っていたのだろう。俺が顔を覗かせると、笑顔で迎えてくれた。
今は紙の飾りや花で飾り付けられて華やかな装いになっている。
「外にも色々準備してありますよ」
と、エレナがにこにことしながら手を繋いで、俺を家の外まで案内してくれる。
家の外も飾り付けられている。階段を降りたところにテーブルが置いてあり、そこに色々な料理が並べられていた。スプリントバードの香草詰めだとか、結構手の込んだ料理が出来上がっているな。
水晶板も並べられていて、あちこちと中継も繋がっているようだ。俺が出ていくと各地の知り合いが笑顔を向けてくる。
『おお、テオドールか。ガートナー伯爵領は秋晴れで、良い日のようだな……!』
『賑やかそうで実に喜ばしい事です』
水晶板越しに笑顔を見せ、祝福の言葉を掛けてくれたのはエルドレーネ女王やオーレリア女王だ。
「ありがとうございます。お陰様で楽しい一日が迎えられそうです」
そうやって各国の面々とも水晶板越しに挨拶をしていると、馬車がやってきて、父さん達、それに転移門から合流してきたお祖父さん達も姿を見せた。
「おめでとう、テオ」
「おお。中々華やかな事になっておるのう。おめでとう、テオドール」
父さんとお祖父さんがそう言って笑顔を向けてくれる。
「みんながこうして色々と用意してくれて、嬉しい限りですよ」
「ふふ。みんなもいつでも始められるとのことです」
グレイスが微笑んでみんなの準備もできていると教えてくれる。その言葉にローズマリーやクラウディアが頷いていた。そうだな。人も集まったし、祝いの宴の席を楽しませてもらうとしよう。
「うん。ありがとう」
アシュレイやエレナに案内されて席につくと、ステファニアが近くに停泊しているシリウス号の方を見やって頷き、合図を送る。そうすると甲板にゴーレム楽団が姿を見せて、宴会の開始を告げるようにラッパを吹き鳴らすのであった。