番外1862 秋のガートナー伯爵領にて
「それじゃ、少し屋敷の方まで顔を出してくる」
そう言うと甲板の縁から揃って顔を出したアルファとラヴィーネ、コルリス、アンバー、リンドブルムやティール、アピラシアといった動物組がこくんと頷く。
縁に手をかけて顔を覗かせている姿は微笑ましいが、戦力や防犯という面で言うなら万全だな。そんなわけで父さんの出してくれた数台の馬車に乗り込み、みんなで移動だ。
「ハロルドとシンシアは、屋敷の方に呼んでいるよ。家や墓所の掃除はもうきちんと……というか普段からきっちりしているから、あの二人も労ってやりたいって父上が仰ってね」
「そっか。まあ、二人の仕事ぶりに関してはそうだね」
そういうところを父さんも見ているから、あの二人にも楽しんでもらいたいと考えたのだろう。俺達が母さんの家に到着するとハロルドとシンシアにとって仕事の時間でもあるから気を張ってしまう部分もあるだろうし。
そのままダリルとガートナー伯爵領の近況について話をしながら馬車で屋敷へと移動していく。
「直轄地だけじゃなく、領内のあちこちを見に行っているけど、今年は豊作だね。あちこち作付けを手伝ったり、武官や冒険者達の魔物討伐訓練や指揮訓練に向かったから、この結果は嬉しいよ」
ダリルが言う。ガートナー伯爵領もシルン伯爵領との境で魔力溜まりに隣接している部分があるから……領内における魔物の定期的な間引き等も伯爵領の領主や武官、それに冒険者達の重要な仕事となる。
「豊作か。良い事だけど、討伐と指揮の訓練の方は中々大変そうだ」
「父上や騎士達も同行していたから危険度は言うほどでもないよ。まだまだ指揮は学ぶことが多いけれど……。それと、魔法や魔道具の支援がない状況だと……森での斥候や戦いが大変っていうのはよくわかった」
その時のことを思い出しているのだろう。ダリルが目を閉じる。
実際に自分も森に入ったそうだ。森に割って入り、茂みを鉈で伐採して安全確認をしながらの斥候。突然の遭遇戦を想定しながらの行軍、調査や戦闘。その指揮といった内容であったそうだ。
「ん。森は見通しが悪いから。私だけなら嗅覚や聴覚なんかを参考にしてる」
というのはシーラの弁だ。イルムヒルトがいる時は温度感知の方が能動的に探る事ができるから、シーラとしてもそういう状況ではイルムヒルトの感覚を頼りにしているとのことだ。
「まあ、そうだね。森でライフディテクションみたいな感知系魔法抜きっていうのはあんまりやりたくないかな」
それでもダリルに魔法による支援抜きの実地訓練をさせたというのは、そういう状況を想定した場合に現場がどういった苦労をするのかだとかをしっかりと実感させるためでもあるのだろう。
作戦を立てる時にいつも支援が万全とは限らないし、自分達が捜索する側ではなく、守りに回った場合でも敵方の感知系を潰す事の利点を考える、ということにも繋がる。何より現場の苦労を知っておくと、兵士の気持ちも理解できるからな。
士気を維持したり、円滑に対応できるように準備をしたり。ダリルの将来の立場的にも、そういった部分での視点を持てるようになるのは大きい。
俺も……領主として後継を育てるということを考える必要があるからな。父さんのこうした方針については参考にさせてもらおう。
そうやってガートナー伯爵領についての話をしながら屋敷へ到着すると、父さんと共にキャスリン、ハロルドとシンシアといった顔触れが俺達を迎えてくれる。
「よくいらっしゃいました、境界公、オルトランド伯爵。歓迎いたしますぞ」
「はい。よろしくお願いします」
と、まずは互いに貴族家として少し形式ばった挨拶を行う。それからどちらからともなく少し砕けたような笑みを向け合う。
先程のダリルとのやり取りと同じだな。互いに貴族家の当主や後嗣ではあるが、家族でもあるので。
母さんとキャスリンも……穏やかな調子で挨拶を交わしていた。和解したというのもあるからな。
「お待ちしていました……!」
ハロルドとシンシアも元気そうだ。俺達の訪問に嬉しそうに挨拶をしてくる。
「久しぶり。二人とも元気そうで何よりだ」
「お陰様で妹と一緒に元気に仕事を続けさせていただいております」
ハロルドが礼儀正しく明るい笑顔で返してくる。
「ふふ。いつもお仕事ありがとう」
そんなハロルドや寄り添うシンシアの様子に、母さんもにこにこしていた。普段墓所を綺麗にしてくれている二人だから、母さんからの印象が良いのだ。母さんは元々子供が好きだし尚更かも知れない。まあ、二人に関しては俺や母さんに限った話ではなく、みんなからの印象も良いのだけれど。
「いえ。私達に任せてもらっている大切なお仕事ですので」
シンシアが嬉しそうに母さんに応じる。
そうして父さん達から迎えられ、まずは食事をということで歓待を受けた。楽士達も呼んで、賑やかな雰囲気の中での食事だ。
シルン伯爵領の近況についても話題に上ったので、水田やノーブルリーフ農法が順調だという事を伝える。
「――というわけで、新しい農法はいずれも成果が出ていますね」
「それは何より。何か問題が起これば支援をするつもりでいたが、その調子ならば行く行くはこちらでもノーブルリーフ農法を取り入れた方が良さそうだな」
父さんが言う。まあ、そうだな。いきなり全部が全部同じ手法でとなると、何かあった時のリカバリーが大変だし。水田やノーブルリーフ農法もまだ検証の済んでいない実験的な部分があるからこそ、大規模には行っていなかったのだから。
その点で言うと、父さんが動向を見ながら動いてくれているのは心強い。
「そうですね。もうしばらくして検証も終われば順番に規模を広げていきたいと思っています」
「ガートナー伯爵領の方々にも広められるよう準備はしておきますね」
「それはありがたいな」
アシュレイと俺の言葉に顎に手をやって、満足そうに頷いている父さんである。隣にあるブロデリック侯爵領もな。農業を促進していく上でノーブルリーフ農法がデメリットなく活用できるのなら言う事はない。
食後にお茶を飲み、父さんの家で少しの間寛がせてもらってから、改めて母さんの家へと向かう事となった。
「ではまた明日、そちらに訪問させてもらう」
「はい。お待ちしています」
移動する前に父さんとそんなやり取りを交わす。明日が誕生日なのでそのお祝いという形で母さんの家の方に訪問してきてくれるというわけだ。
「ダリルもまた明日」
「うん。楽しみにしてる」
そう言ってダリルと軽く拳を合わせて馬車に乗り込む。直轄地から出て街道を少し進み……やがてシリウス号を停泊させている場所まで戻ってきた。
「おかえりなさーい」
そう言ってシリウス号の甲板から顔を出したのはフローリアだ。甲板で動物組と一緒にのんびりしていたらしい。アルファ達も見送ってくれた時と同じように縁から顔を覗かせているな。
「ただいま。父さん達に挨拶をしてきたよ」
「ええ。みんなと一緒に待っていたわ。いい天気だし程よく涼しいから……日に当たっていると暖かくて心地が良いわね」
そう言って甲板から降りてくる。フローリアはドライアドだからな。日向ぼっこも好きなようだ。
そのまま連れ立って母さんの家に向かう。
ハロルドとシンシアは墓所回りだけでなく、母さんの家周辺も綺麗にしてくれている。落ち葉が避けられて小道が出来ていた。
というわけで、まずはいつも通り、家の中の掃除から始めよう。まあ……整理整頓されているしフローリアが管理しているので綺麗なものではあるが、普段は留守にしているしな。