番外1860 シルン伯爵領の視察
シルン伯爵領の屋敷にて、昼食として饗されたのは米を中心とした料理であった。バラエティに富んだ小さめのおにぎりと言えば良いのか。
普通のシンプルなおにぎり。焼きおにぎり。チキンライス、オムライス風。チーズをかけて表面に焼き目を付けたもの。パエリア風、チャーハン風等々……。
これが訪問に合わせたものというのはにこにことした笑顔のアシュレイやミシェルを見ても明白だ。
「今日のお米はシルン伯爵領で収穫されたものなのです」
「ふふ。お米を使った料理はどのような料理が良いのかと相談しまして、これならば色々な料理との相性を確かめつつみんなで楽しめますから」
「そっか……。それじゃあ、ありがたく楽しませてもらおうかな」
そう言うと「はい、どうぞ」と、にっこりとした笑みを返してくれるアシュレイである。
今まで作った事のある米料理をおにぎり風にした、と。それぞれの食材も元の料理からおにぎりのサイズに合わせてカットや調理法で、色々と創意工夫が見られる。
ノーブルリーフ農法で収穫した米の出来栄えや様々な料理、味付けとの相性を見る事もできてみんなで賑やかに楽しむこともできる、と……よく考えられているな。
そんなわけでみんなとの昼食だ。どれも細かな一手間が加えられていてバリエーション豊富だが完成度も高い。
「これらの料理に関して境界公より資料も頂いておりますからな。当家の料理人やミシェルと共に少しばかり研究させていただいたというわけです」
ケンネルが言う。
ノーブルリーフ農法なので収穫の時期も早めではあるが、その分俺達の訪問まで少し時間があったからな。色々と食材としての研究をすることもできたというわけだ。
味の方は――実に美味しい。米自体がノーブルリーフ農法なので出来がよく、研究されている分どれも完成度が高い。
「ん。どれも美味」
「こっちも美味しいわ」
と、みんなと共に和気藹々と盛り上がる。ヴィンクルもおにぎりを両手で持って無心に口を動かしているから、あれはかなり気に入っているようだな。
「ノーブルリーフ農法も良い感じのようだね」
「はい。報告書にもまとめてありますが面積あたりの収穫量も良好ですし、育成状況も安定感がありますね。シルン伯爵領でも良く育ちそうで安心していますよ」
「食材としても高品質ですし、副産物の藁等も利用の幅が広くて良いものですな」
ミシェルとケンネルがノーブルリーフ農法の現状について報告してくれる。中々いい結果が出ているようで、協力してくれている農民達も喜んでいるそうだ。
水田だけでなく畑での収穫でもいい結果を出してくれるし、彼らからはかなり期待され、頼りにされているという。
害虫を勝手に食べてくれるし、農作物の病気の早期発見もできる、生命力補強による治療までこなせる……と単純に手間が減る。
一方でノーブルリーフ達は虫を捕食して周囲の植物を繁茂させるという……まあ、普段通りの活動の延長上にあるからこちらも負担が少ないという寸法だ。益を齎すから人からの庇護も得られるしな。
そんな調子でシルン伯爵領の現状は良い報告が多い。故郷からの明るいニュースを聞いて、エリオットとカミラも機嫌が良さそうだ。
そんな調子で和気藹々とした昼食を終えたら、お茶を飲んで暫くの間寛ぎ……それから今度は街中の視察に出た。
視察と言ってもそんなに堅苦しいものではなく、気軽な雰囲気の中で直轄地や近隣の農地、魔力送信塔等を見て回るといった具合であるが。
シルン伯爵領は冒険者達も呼び込んでいて支援体制も整えている。王都からも近く、魔力溜まりもあるので仕事が多いというのもあるだろう。迷宮探索より性に合っているという冒険者はこっちに流れているわけだ。
冒険者達の需要を見込んでか、大通り沿いには彼らに向けた品を並べる店も増えている。
武器防具に魔道具を扱う店は前からあったが……こちらも目立つように大通り沿いに案内板を設けていたり、日持ちする携行食料や保存食を売り出していると声掛けしているところもある。
それ以外の店で気になるところと言えば……そうだな。以前コルリスやティールを模った木彫りを売っていた民芸品を扱っていた店だろうか。
「おお……これはいらっしゃいませ」
と、店主が畏まった様子で挨拶をしてくる。
「ああ。その後どうなったのかと思って見に来たんだけど……中々好評みたいだね」
「お陰様で繁盛しております」
こちらは新たにラインナップが増えた。というか腕が上がっているのが見て取れる。躍動感のあるポーズの新モデルに加えて、カドケウスにアルファ、ラヴィーネ……リンドブルム、エクレール、デュラハンにピエトロ、シェイドにオルトナにフラミアといった使い魔や召喚獣、バロールにイグニスとマクスウェルといった魔法生物組からシリウス号まで……中々にバリエーションが豊富だ。
コルリスとアンバーを二人で一つの木彫りとして作ったものもあり……夫婦ということで寄り添うように台座に腰かけている。
まあ、売っているのを知った上で、節度を守っていればそれぐらい構わないと伝えているしな。シリウス号等も完成度は高いが勝手に紋章等は使っていないようだし、使い魔達をモチーフにしても俺やグレイス達を木彫りにするのは避けていて、その辺はきちんとしているのが見て取れる。
「これは良いわね。子供達も喜んでくれるかしら」
と、木彫りのコルリスとアンバーを見て表情を緩めているステファニアである。
「折角だし買っていこうか」
ということで、一種類ずつ木彫りを買っていく。アンバーは少し小首を傾げつつ木彫りの自分達を眺めていたり、アルファがにやりと笑ったりしている。
店主からはお陰様で繁盛しているのでお代は受け取れないと言われたが……まあ、領民から召し上げるような形はいただけない。しっかりと代金を払わせてもらうと伝えると、では代わりに割引を、という話になった。
あまり大幅な値引きも気が引けるので多少の、という事で纏まったが……まあ、中々悪くない買い物なのではないだろうか。色々な木彫りを飾っておくのも賑やかで良い。
町中を散策して道行く子供達に手を振ったり振られたりしつつあちこち見て回り、それから冒険者ギルドや農地も見学しに行く。
冒険者ギルドも賑わっていた。ケンネルの話だと「冒険者を引退して領に移住する者も何人か増えておりますな」とのことだ。
シルン伯爵家の武官、文官として召し抱えられる者。ギルド職員になる者。店を始める者に森に入って狩猟や採取で生計を立てる者と様々だ。人が増えて賑わっているというのは良い傾向だと思う。
そうやって家臣や領民として受け入れているあたり、ケンネルからの冒険者への心象も大分変っているのだろう。
「シルン伯爵領に移住するという選択肢を取るのであれば、テオドール公やアシュレイにも良い印象を持っている人物が多いだろうからね」
というのはエリオットの感想だ。
「そうですね。面談もしていますが、フォレスタニア家に良い印象を持っている方は多いと思います」
アシュレイはにっこり笑ってそんな風に応じていた。
農地に関しても、稲作に協力してくれている農民からは笑顔で歓迎されてしまった。稲作についてはシルン伯爵領内でも話題になっていて、米を使った料理や菓子を作ろうと盛り上がっている最中なのだそうな。
まあ、ノーブルリーフ農法で安定感や収穫量が増えて、他にも稲作をしてくれる面々が増えてくれたら良いな。