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254 姫達の記憶

 密書を持って宿の部屋から地下の隠し部屋に向かう。まずアドリアーナ姫の密書の内容を確認しなくてはいけない。

 それぞれの客室から地下の隠し部屋で合流する。


「私は席を外しておきましょう。実情はどうあれ、アドリアーナ殿下は私に書状の内容が伝わることを望んではいません」


 エリオットが言うと、ジルボルト侯爵も頷いた。


「なるほど。そういうことなら、私も席を外しておいたほうが良いのでしょうな」


 ということでエリオットは宿に、ジルボルト侯爵は別邸へとそれぞれ戻る。義理堅いことだ。


「どうぞ」


 と、ステファニア姫に密書を手渡す。


「ありがとう」


 ステファニア姫は笑みを浮かべて密書を受け取ると、それに目を通す。

 文章に目を通していくステファニア姫の表情は……何やら困惑の色が強いようだが。


「……暗喩が多いわね。解釈を間違えたくないから、みんなにも聞かせるわ」


 ステファニア姫はそう言って周囲を見渡してから密書を読みあげる。密書はまず、挨拶から始まっている。問題は、その後だ。


「……王族の常として周囲に人目が多く、窮屈な思いをなされているのではないでしょうか。とはいえ兄上の周囲には有能な人物が多く、彼らが守りについているのであれば滞在中は穏やかで安全なものとなりましょう。私もやや窮屈な思いをしていますが、これも王族の宿命のようなものだと受け入れています」


 そこで言葉を一旦区切ってステファニア姫は顔を上げる。

 ……なるほど。確かに暗喩だな。仮に密書を奪われたとしてもただの世間話だと抗弁できる内容でもあるわけだ。


「我には難しい内容になりそうだが……意味としてはザディアスの監視の目がある、という解釈で良いのかな?」


 テフラが首を傾げて言うと、マルレーンがテフラの言葉を肯定するように頷く。

 マルレーンもほとんど喋らないが、王族の生まれだしな。両者ともしっかり話にはついてきている。


「まあ、文面通りの内容なら、あれほど警戒する必要もないからな」

「となると『私もやや窮屈な思いを』という部分は、アドリアーナ殿下自身も監視の目があって行動に自由が利かないという意味でしょうか?」

「でしょうね。穏やかで安全というくだりは、大人しくしていれば危険はないという意味でもあるかしら?」


 グレイスが首を傾げると、ローズマリーが頷いた。


「或いは、ザディアスにとっての平穏と安全という意味にも聞こえますね」

「……誰にとって穏やかで安全なのかは明確に書いていないわね。両方にかかっているのではないかしら。こちらが行動しなければとりあえず安全だと」


 アシュレイの言葉に、クラウディアが口元に手をやって答える。

 ザディアスが何か企んでいる可能性が高いが、かき乱すようなことが無ければ問題も起こらない。まあ、そうなんだろう。

 ステファニア姫は頷くと「続きを読んでいくわね」と言って更に手紙を読み進める。


「私もすっかり退屈な日々を送っていましたが、ステファニアがヴィネスドーラに来ていると聞いて、再会できる時を楽しみにしているのです。こうして手紙をしたためていると、昔のことが思い出されます。小さな頃のこと、覚えていますか? あの頃のような振る舞いはお互い立場があって難しくなりましたが……たまには童心に返るのも悪くないのかもと思う時もあります。平穏は貴重なものでもありますから、宝探しや魔物退治のような冒険の日々が一概に良いとも言えませんが。それでは、また王城で会いましょう」


 と……そこまで読みあげて、ステファニア姫は手紙をテーブルに置く。文面はそれで終わりらしい。


「……このへんも暗喩?」

「多分。でも……私達には分からないことかも」


 シーラとイルムヒルトが顔を見合わせている。

 んー……。確かに最初のほうと違ってこのあたりは解釈が難しいな。ステファニア姫にだけ分かることを伝えようとしているようにも受け取れる。


「最後のほう、また平穏って言ってる」


 ラヴィーネの背中に乗ったセラフィナが、気付いたことを言う。


「……協力してほしいことがあるけれど、無理もしないでほしいという意味ではないでしょうか?」


 グレイスは思案しながら言う。前半の意味を踏まえて考えるとそうなるか。平穏の意味が両方にかかるなら、ここはザディアスにとって不都合なことであるという意味にも取れる。


「……私に覚悟を問うているのでしょうね。断っても責めはしないって」


 ステファニア姫は目を閉じる。


「心当たりはありますか?」

「……多分。昔、アドリアーナとエベルバート陛下の所有する果樹園で遊んだことがあるの。果樹園にはアドリアーナが植えた苗木があって……宝探しと称して、苗木の根元に宝を隠して、それを探したりして遊んだの。どの苗木なのか、場所を当てる謎かけをしたりしながらね」


 ……それだな。恐らく本命の用事をそっちに隠したのかも知れない。行先が果樹園ならザディアスも警戒しにくいだろうし、その程度の行動の自由はあるというわけだ。


「……陽が落ちたらカドケウスを向かわせます。アドリアーナ殿下の植えた果樹の場所を覚えていますか?」

「ええ。それは覚えているけれど……私が行かなくても大丈夫?」

「行くだけなら問題はないとは思いますが……ザディアスに不審感を抱かれるかも知れません。どちらかだけなら問題はなかったと思いますが、アドリアーナ殿下が果樹園に行ったのは、ステファニア殿下の来訪を知ってからになるでしょうし」


 別々にとはいえ短期間で立て続けに訪れたとなると、ザディアスの警戒を招く結果になる。それに直に足を運ばなくても、カドケウスだけで事足りるはずだ。


「カドケウスの視界情報から土魔法で果樹園の模型を作ります。案内してください」

「なるほど……。便利ね」




 日が暮れてからジルボルト侯爵から受け取った地図を基に、カドケウスを果樹園に向かわせる。夜になってしまえばもうカドケウスの独擅場だ。

 到着してすぐに土魔法で果樹園の模型を端から作っていく。果樹園はよく手入れされている。塀に囲まれた庭園といった風情だ。


「ここが正門になります」

「ええと……」


 年月も経っている。ステファニア姫は記憶をたどりながら模型の上を指で追っていく。


「こっち……じゃない。そう。ここの階段を上がって――。その先だわ」


 ステファニア姫の案内に従ってカドケウスを進めていく。


「右から3つ目。この樹ね。記憶より、かなり大きくなっているけれど」

「根元を探してみましょう」


 カドケウスに根本の土を検めさせていく。


「……ありました」


 土の下から、小さな木箱が出てきた。そのことを告げるとステファニア姫の表情が明るいものになる。回収して帰還させるとしよう。


 それから程無くしてカドケウスが戻ってくる。木箱も間違いなく。


「ご苦労、カドケウス」


 カドケウスから木箱を受け取り、それをステファニア姫に渡す。


「ありがとう。開けてみるわね……」


 やや緊張した面持ちでステファニア姫は木箱を開く。

 その中に――また手紙が入っていた。こちらが本命だろうか。


「読むわね」


 ステファニア姫がまた手紙を読んで聞かせてくれる。


「昔のこと、覚えていてくれたのね。ありがとうステフ。そして、巻き込んでしまってごめんなさい」


 そんな出だしから手紙は始まっていた。最初の手紙より砕けた文体だ。


 手紙には……ザディアスが賢者の学連の魔術師を探していることが、そこに書かれていた。そこまでは俺達も知っていることだ。

 アドリアーナ姫は、ザディアスの探している魔術師の1人を、姫の領地で匿っていたそうだ。

 そして――その魔術師は少し前に亡くなったらしい。元々高齢だったそうだ。その際、魔術師から預かってたものがあるのだと。


 だが魔術師の足取りを、ザディアスはずっと追っている。

 何かの拍子に情報が漏れないとも限らない。ザディアスが王になった後、他の王位継承権を持つ者をどう扱うかも不透明だ。

 だから……ステファニアに魔術師の残したものを預かってほしいと。必要になるその時まで、ヴェルドガルで保管してほしいと。そう書かれていた。


「……魔術師から託されたのは不完全な術式。それこそが、ザディアスの探している魔法の欠片……だそうよ」

「不完全な、術式……?」


 ステファニア姫の読み上げる手紙の内容には、心当たりがあった。

 それは……もしかすると母さんの手記の中に書かれていた、半欠けのマジックサークル……だろうか?

 開発途上なのか、何なのか。他の物に比べて記述が少なく、他の頁で暗号を解いていけば術式の全容が分かるのかと思っていたが――。


「……これだわ」


 細かく折りたたまれた2枚目に描かれていた。半欠けのマジックサークルだ。――パズルのピースがぴたりと嵌るように、俺の頭の中で1つの術式として成立した。


「続けるわね。……追い詰められた長老達は自らの記憶を、自らの魔法で閉ざしたわ。そうすることで拷問や、他のあらゆる自白の手段をも無効化し、秘術の漏洩を防いだ。いつの日にか――暴君が過ぎ去ったその後で、閉ざした記憶を取り戻すための希望。それを分割して仲間の手に託した。そして、この術式こそがその片割れ。勝手なお願いとは分かっているわ。いつの日かシルヴァトリアに本当の平穏が戻ったら、この魔法をヴィネスドーラに届けてはくれないかしら。……手紙は、これで終わりだわ」


 ステファニア姫は手紙を読み終えると、瞑目して大きく息を吐く。

 封印した記憶を、解放する術式……。そうか……。ザディアスが探していた母さんの魔法は、これか。

 ……いや、多分これだけではないのだろう。記憶解放の術式の守護を任されるのなら長老達の信も厚く、賢者の学連の秘術を他にも抱えている可能性が高いだろうから。


 そしてザディアスが状況を理解できているのなら、迂闊に学連の長老達を殺めることもできないというわけだ。だから……母さんは彼らを守るために国を出た。

 となれば彼らは学連の奥か別の場所か、どこかで幽閉されている可能性がある。ザディアスを排除すれば、完成した術式で記憶も返せるんじゃないだろうか?

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