番外1858 里帰りの前に
里帰りと獣王継承戦に出かける前に日々の仕事をきっちりこなし、憂いなく里帰りや獣王継承戦の見学ができるようにしていく。
フォレスタニア領内の巡回は毎日行っているというわけではないが、ヴィンクルがユイ達と出かけてあちこち見学しているということもあり、俺達と一緒に街中に出かけたりもした。
「……とまあ、こんな調子で巡回しているというわけです。フォレスタニアは賑わっている割に平和な方ですが、それでも盗難や喧嘩等がないわけではないので」
と、ロビンが街中の警備の仕事をヴィンクル達に見せて言う。フォレストバードの面々と、一緒に街中を巡ってきた形だ。
「見るべきところを注視して、察知しやすくする技術や知識というのは参考になるな。他の場面、状況でも応用が利きそうだ」
ヴィンクルがフォレストバード達の仕事に感心したように言った。裏路地の視界に入りにくいところ。人込みを見渡して不審な動きをする者。要所要所でどこに力を入れれば効率が良くなるのかという話でもある。
「フォレストバードのみんなは冒険者時代でもギルドからもかなり実力を高く評価されてたからね。何でも器用にこなしてくれるから助かってるよ」
「うふふ。ギルドの方々やテオドール様にそう言ってもらえるのは光栄ですねぇ」
ルシアンがにこにこしながら応じる。そうして街中の巡回やフォレストバード達からの仕事に関する話を聞いた後はフロートポッドに乗り、今度は工房に向かって移動していった。
「領内の人々の営みやその仕事を見るというのが、二人にとっても有意義なものになるといいわね」
「そうだね。何のために迷宮を守るのかが明確になると思うし」
クラウディアの言葉に同意する。
今となっては地上を再生させ、民を魔力嵐から守るという迷宮本来の役割も果たされて管理者も変わり……その目的も少し変わってきている。
地上や魔界、境界門を守るという点は同じだ。かつてのように始原の精霊に手出しする者や境界門を狙う者が現れては、世界の危機の再来になる。ただ……その辺りを突き詰めて考えていくと、当然地上の民が敵になるということも想定できるわけで。
そうなった時に……敵対者の種族ごと敵とは見做して欲しくはない。
多くの人達はそういったものとは関係なく、日々を平穏に暮らしているだけなのだし。だからと言ってそれが理由で実際の戦いで剣が鈍り、後れを取るなどということもあって欲しくはないが。
そうした話もすると、ユイが静かに頷く。
「ふふ。そういうこともきちんと考えさせてくれるのは、心配してくれてるってことだから嬉しいね」
「そうだな。ただ与えられた場を守るために力を振るうのであれば、以前と変わっていない。こうして……心を得た以上は考えておくべきことなんだろう」
ヴィンクルは自身の胸のあたりに手をやり、真剣な表情で応じる。
「きちんと考えた上で覚悟をして力を振るうっていうのは、落としどころを考える事にも繋がるからね。極端な結果にもなりにくい。大変なことではあるけれど、必要なことだとは思う」
そう言うと、ヴィンクルとユイはこちらに視線を合わせつつ頷いていた。
そんな調子で人化の術を使えるようになったヴィンクルやユイ、サティレスといった面々と共にタームウィルズやフォレスタニアのあちこちに出かけ、色々と学んで成長しているところを見ながらも日々は過ぎていく。
日に日に秋らしい涼しい日も増えてきて、草木も色づいていった。
ガートナー伯爵領への里帰りについても、今回は里帰りの段階からエリオットとカミラ、二人の子のヴェルナーも同行したいとのことだ。シルン伯爵領にも顔を出していくことになるな。
カミラの予後も良く、ヴェルナーも順調に成長して大きくなっているので、シルン伯爵領の面々と顔を合わせるのも楽しみだな。
一日一日と過ぎていき――そうしてエリオット達がタームウィルズとフォレスタニアを訪問してくる日を迎える。
みんなで転移港に移動し、敷地内の花を見ながら過ごしていると転移門から光が生じて、その中からエリオット達が現れた。
「ようこそいらっしゃいました」
「これはテオドール公。お迎えいただき嬉しく思います」
そう言って一礼し合うとどちらからともなくにやっと笑い、肩を軽く叩き合うような挨拶を交わした。
「3人ともお元気そうで何よりです」
「テオドール公やロゼッタ先生、ルシール先生のお陰ですよ。直接顔を合わせると皆健やかなのが良く分かりますから、安心できます」
カミラの腕に抱かれたヴェルナーの顔を見に行くと、俺を見て手足を動かし、嬉しそうな表情と声で歓迎してくれる。うん。元気があって良い事だ。
ヴェルナーは両親に似て利発に育ちそうな印象の子だ。産毛もエリオットやアシュレイと似た色で……俺としてもこれからの成長を楽しみにしていたりする。
「やあ、アシュレイ」
「はい、エリオット兄様」
アシュレイとエリオットも笑顔で挨拶を交わす。それから子供達の顔をカミラも交えて覗き込み、そっと撫でたりしてから「皆大きくなりましたね」「ヴェルナー様も」と盛り上がっている様子だ。
さてさて。そんなわけでエリオット達を迎え、フロートポッドで転移港からフォレスタニアへと移動していく。
フォレスタニア城で一泊したらシリウス号に乗ってシルン伯爵領やガートナー伯爵領へ移動していくというわけだ。
ヴィンクルも人化の術を覚えたばかりという事で、この姿での外出も意味があるだろうと、ユイに勧められて同行することが決定している。
「迷宮の護りは私達が頑張るから、留守の間のことは任せてね」
「ユイ様やアルクス様達と一緒に頑張ります」
ユイやサティレスがそんな風に言って、アルクスもスレイブユニットのバイザー奥を明滅させつつ頷き、ガーディアン面々総出でヴィンクルの外出を応援する構えでいるのだ。
そんな経緯もあって、ヴィンクルは「そういうことなら」と同行することに決めたわけだ。獣人の武芸もヴィンクルの視点や分析能力なら学べることが多いだろうしな。
そうしてフォレスタニア城へと向かうと、そこにはアルバート達と共にロゼッタ、ルシールが俺達を待っていた。
エリオット達もやってくるし、母子が揃ったところで健康診断をやってしまおうというわけだ。
アルバートとオフィーリア、エリオットやカミラが顔を合わせ、ロゼッタとルシールにも挨拶をする。
手荷物を預けたら早速健康診断だ。循環錬気や血析鏡も合わせて診断に用い、母子の状態を調べていく。
「ふふ。診断の結果が良好だと気分が良いですね」
「母子共に健康。里帰りやエインフェウスへの旅行も問題なさそうね」
血析鏡に表示されるデータを見てルシールがにっこりと微笑む。
「エインフェウスは北方ですし、やや肌寒いかと思いますのでその辺の準備だけはしておいた方が良いかも知れませんね。とはいえ、皆様は精霊の加護もありますので心配はいらないのかも知れませんが」
「ありがとうございます。一応、小さな毛布や膝掛けは用意していますよ」
「でしたら安心ですね」
グレイスが答えるとルシールも頷いていた。
「旅行前の診断ですから、僕としても安心できます」
「獣王継承戦は楽しみね」
ロゼッタが微笑む。ロゼッタは武術の心得を持っているということもあり、旅行に同行して子供達の健康管理をしつつも継承戦の見学をしてくる予定だ。
こうして気軽に出かけられるというのは……通信機も転移港もあるので何かあってもすぐに戻って来られるというのも大きいな。