番外1852 三日目の交流の後に
3日目は武官や水路レース関係……アスリート関係と言い換えても良いか。
当初は職人と芸術関連を分けるという話だったのだが、得意とする分野が同じという面々が多かったことや、水路レース関係も海の民だけでなく、各国からそうした競技やスポーツに打ち込んでいる者達も仮想街にやってくるという話に発展していたため、2日目と3日目に分けてそれぞれ親和性のある者達同士で統合される形になったのだ。
各地の競技者が集まるというのは……水路レース中継の反響が大きかったようで。あちこちの競技者も注目してくれていた、ということだろう。
そんなわけで1日目、2日目までとは少し変わって、武官達も含め鍛えている面々が多い。元々武官達の訓練に使う、という想定もしていたから練兵場となる広場も用意しているし、必要とあらば街の構造自体もアップデートできるから運動や競技場の増設も特に問題はないが。
武官達に関しては各国の国王の護衛も兼ねているが、3日目は彼ら自身にスポットが当たる日ということで任務からも一時的に皆機嫌が良さそうだった。
「初日、2日目と……みなさんの交流を間近で見させていただきましたが、私どもも楽しみにしておりましたよ」
そう言ってにかっとした笑みを見せるのは魔王国の騎士団長ロギだ。ドラゴニアンの楽しそうな笑顔というのは中々レアだな。ロギは任務中、あまり私情を出さないようにしているそうなので。
ミルドレッド達もうんうんと頷いていた。
この場でも人気なのは、やはり先日水路レースで活躍を見せたティール、リカリュス、ヴィジリスだろうか。
「いや、先日の祭典は素晴らしいものを見せていただきました」
「取り組んでいるものこそ違いますが、競技者としてかくありたいものです」
各国の武官達、競技者の面々から先日の水路レースについて感想や称賛を伝えていた。
ティールはこういう時に照れたりせずに素直に喜ぶという反応だ。嬉しそうに声を上げてフリッパーをはためかせて周囲の表情を緩ませているな。
各国の競技についても見せてもらったが……まあ、短距離走、長距離走等の基本的なものの他にも槍の遠投だとか弓の腕前を競う等々……狩りや戦いに絡んだものがスポーツ化したというものも多い。
「共通の規格や規則を策定すれば、各国で集まって先日の祭典のように催しができそうですね」
そう話をしてみたところ関係者からはかなり食いつきが良かった。各々得意としている種目を紹介したり実演したりして、類似のものはルールとしてすり合わせが出来ないかと話し合ったりもしている。
こちらとしても各国にそうした様子を中継する分には問題ないので話が進んでいってくれれば協力したいところだ。そういった催しの打ち合わせも、仮想街があるお陰でやりやすくなるだろうし。
ともあれ、そんな調子で仮想街での交流は進んでいった。俺が想像している以上に間口の広い使い方ができると思うし、悪用しようとする者に関しては契約魔法で弾くことができるので利用に関してはなるべく気軽に参加できるようにしていきたいところだな。
そうして交流会は予定していた三日間も無事に進んで、仮想街として始動していくこととなったのであった。
しばらくの間は各国の面々が打ち合わせや交流をしているし、まだ一般から広く参加するほどの端末台数がないのだが……話題になっているのに参加しようがないというのはつまらないと思うので、申請者から抽選して一般からも参加できる席を確保していくこととなった。
レドゲニオスやイグレットを始めとしたエントランスホールのスタッフも慣れてきたら一般への対応も増えてくるということになるかな。まあ、入場者の人数はそれほど変わらないので極端に忙しくなるということはないだろうが。
当人達はもっと色々な点で手際よく、上手く対応できるようになる余地があると気合を入れているから今後についても期待できる。注視してサポートしておこう。
ダイブから目を覚ました後の食堂もまた、初日から三日目に至るまでどの層にも好評だった。各国の料理が食べられるということもあり、お互い興味を抱いた相手国の料理を口にし、そこからまた話題が弾んで……といった調子で異文化交流も促進された様子だ。
知己を得て議論や研究、研鑽も進んでいきそうだし、今後の仮想街での推移に期待したいところである。
そうやって予定されていた交流会も終わり……仮想街の様子に注視しながらも日常の執務や仕事に戻って数日も経った頃、フォレスタニア城の中庭でのんびりしていると、ティエーラ、コルティエーラと共にヴィンクル、ユイがやってきて、ヴィンクルの脱皮が近いと切り出された。
「脱皮か。また一回りか二回りは大きくなるのかな」
そう尋ねるとヴィンクルはこくんと頷き声を上げる。翻訳の魔道具によれば前の脱皮よりも本格的なもので、身体も魔力も出来上がってくるので使える術も相応に増えるだろう、とのことだ。
魔力出力が大きいので魔力資質を超えて力技でレパートリーを増やせるし、身体もより頑健になってきているので色々無茶が利く、と。
普段の行動については変身なり人化の術なりでサイズを縮めておけるから不便は出ないだろうと、ヴィンクルは喉を鳴らしながら言う。
「ヴィンクルちゃんは竜の姿が好きだから、見た目を偽装することはしても、普段は人化の術は使わなさそうだけどね」
にこにこしながらユイが言うと、ヴィンクルが首肯する。それから俺に視線を向けて声を上げた。
一度は暴走したが、ラストガーディアンとして再び自分を必要としてくれたからここにいる。だからもう一度望んでくれた俺に対しては勿論、ティエーラ、コルティエーラ達との絆も大切にしたいと。鳴き声にそんな意味を込めて。
「ん……。そうだね」
月面での戦いで俺もティエーラ達の想いを垣間見たけれど……ヴィンクルはコルティエーラをその身に宿して、我がこととしてその想いを記憶しているのだ。
だからヴィンクルは、迷宮を護ることがティエーラやコルティエーラを護る事にも繋がると、そう考えている。
それはラストガーディアンとして迷宮を護る強い動機にもなるし、ティエーラ達と長い時間を共に過ごすことを考えれば、良いことなのだろう。
ともあれ、ヴィンクルは脱皮で少しの間ラストガーディアンとしての働きができなくなるから、完了するまで迷宮の護りを頼むと伝えに来た、というわけだ。
「分かった。俺達も脱皮の間は迷宮を離れないようにしつつ、迷宮内に入っている人達の動きにも気を配っておくよ」
「ふふ……。それならば安心ですね」
そう答えるとティエーラが微笑み、ヴィンクルも納得してくれたようだ。声を上げて頷くと陽当たりの良い芝生の上に腰を落ち着けていた。
コルティエーラも寄り添うように隣に腰かけ、そんな様子にティエーラとユイもにこにことしていた。仲が良くて結構なことだ。
「そうなると……脱皮が始まるのに合わせてヴィンクルの周囲に泊まり込みで待機しておく……っていうのが良いかな。ヴィンクル自身も無防備になるから、自分の事も迷宮の事も気にせず脱皮に臨めるなら安心だ」
「ん。少し楽しそう」
シーラが言うとマルレーンやユイがにこにことした笑みで首肯し、ヴィンクルも確かに、と声を上げて応える。
ルーンガルドの竜はヴィンクルや水竜親子を含め、魔界竜と違って極端な変異は起こさないが、それでも心理面での変化は多少なりとも影響があるだろう。その点、俺達が詰めていればヴィンクルは安心して脱皮だけに臨むことができるというわけだ。
そんなわけでヴィンクルとしても賑やかなのが良い、とのことなので、母さんや子供達も一緒にラストガーディアンの間や迷宮核で泊まり込みという話になったのであった。
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