番外1846 タワー内部にて
予告線の点滅と色の変化により、建築が近い事を知らせてから建物を構築していく。光のフレームが下から上へ上へと伸びていき、今度は何ができるのかと見守っていた見物人の視線も光のフレームを追うように上がっていった。
塔ということで予想以上に高い建物であったからか、歓声やどよめきが起こる。それから一瞬の間を置いて、下から建物の構築が始まった。光の波が地面を這うように走り、まずは整地から始まる。
煌めく光の波の動きと共に地面が掘り進められ、階段や通路、排水等の設備が地下方向にも伸びていく。
塔の作られる場所は湖に面した一角だ。海の民もそのまま湖側からやってきてダイブスポットを使えるように、という設計思想である。
水面部分まで光の波が及び、水を円筒状に除けるようにしてそのまま建築が進んでいく。塔の外壁が地上部分から水面下まで伸びていく。
「地上の一階部分は見せられる部分は見せてもいいかな」
『盛り上がりそうね』
俺の言葉にクラウディアが少し笑う。外壁を作る前に入ってすぐのエントランスホールや休憩室といった、利用者が立ち入りやすい部分の間取りや柱等を構築して出来上がる前の中身を見せていくと見物人達も楽しそうに声を上げていた。
レビテーションを使って大きく跳躍したりしている冒険者もいるな。
警備員の詰め所や避難用の通路等、防犯や警備上の観点から見せない方が良い、という部分は先に外壁、内壁や天井を構築してから内部を仕上げるといった順番で作っていく。
その間に見せられる部分の装飾などを作り、ディティールを細かくして見物人の関心はそちらに誘導しておいた。
エントランスタワーは、仮想空間内のタワーとは違って全高はそこまで高くはなく、白くて壮麗な印象なので威圧感も少ないデザインだ。
湖畔やフォレスタニア城と併せてみてもデザイン的にはマッチしているな。
地上、水中共に厨房や食堂、風呂にトイレ、仮眠室といった設備を利便性の高い場所に作りつつ、メインとなるダイブスポットを作り上げていく。
VIP用の区画には警備員の詰め所や避難用の隠し通路といった防犯用設備を構築する。もっとも、警備員の詰め所に関してはVIP区画に限った話ではなく一般用の区画にもあるけれど。ともあれタワーの警備に関してはティアーズ達を配備しておくのが利用者としても色々安心だろう。
通常の警備兵や契約術式と併せて防犯体制に関してはかなりのものになるはずである。
さてさて。そうして外壁が構築されていくと段々内側の様子も外から見られなくなっていくので後は一気に仕上げていく。今までは見物人へのサービスということで、構築速度や順番を加減していたところがあるからな。
下から上に向かって塔の外観が一気に伸びるように完成していき、見物人達が沸き立つ。
『塔か……。こいつは一体どういった施設なんだい?』
『境界公が仰るには、魔王国との交流を目的とした施設らしいぞ。迷宮奥を通らなくても良いから、もっと気軽に魔界の人と話をしたり知り合ったりできるってわけだな。すぐには無理だが、将来的には一般にも解放されていくことになるらしい』
ロビンがそう言うと、尋ねた冒険者は感心したような声を漏らす。
『お互いの住んでいる環境を見たりすることもできるそうですよぉ』
と、ルシアンが補足説明をすると冒険者達も『そりゃ楽しみだ』と応じていた。
そんな話をしている内にエントランスタワーも出来上がる。入口から内部に向かってバロールが飛んでいき、問題なく処理が終わったことを確認していった。
では……迷宮核から出て現地の確認もしてこよう。みんなと一緒に使い勝手や安全性を確かめ、それからティアーズ達を配備すれば一先ずは問題あるまい。
後は食材を手配する等々、各国から交流にやってくる面々を迎える準備を進めていけばいい。
「うん。問題ないみたいね。どこもしっかりしてる」
俺の肩に腰かけたセラフィナが、にこにこしながら教えてくれる。迷宮核から戻ってきて、みんなと一緒に建築物を見て回る。背の高い建物ということもあり、後から後から見物人が集まってきていて中々混雑していたが、そこはそれ。大型フロートポッドで移動してきたので特に混雑に巻き込まれることもなく到着した。
「ん。ありがとうセラフィナ」
「任せて」
と、礼を言うと肩の上でにこにことした笑みを浮かべるセラフィナである。
「厨房の方はどうかな?」
「良いと思います。広々としていますが間隔が丁度良いので動きやすいですね」
「ん。避難する時も楽。そもそも火災が広がらなさそうな作りをしてるし」
厨房の使い勝手や安全性についてもみんなに感想を聞いてみると、グレイスとシーラからそんな返答があった。
厨房は各国の料理人が同時に入って料理が提供できるよう、いくつかの区画に分かれている。目指したのはフードコートだな。
ついでに耐火性を上げて火が燃え広がらないようにしたり、空気を浄化したり煙を排気したり、消火したりといった対策は万全だ。
厨房に限った話ではなく、仮想空間にいる間に火災に巻き込まれないようにする必要があるからな。
契約魔法と結界で悪意や害意のある破壊工作や暗殺からは守れるが、過失等からの事故への対策も必要というか。まあ……その点想定しておけば術式で対策が取れるというのはある。
そうして風呂やトイレ、仮眠室といった各種設備もみんなと共に確認し、使い勝手を見ていく。ダイブ用の端末や、それを使うための受付もだ。
受付のカウンター内には案内用の水晶板があり、現在どの階のどの端末を使用されているか、予約状況はどうなっているか等々が一目でわかるようになっている。
端末に対応して水晶板の一部が点灯し、その色で使用中。予約中、使用しているが現在端末から利用者が離れている。健康や保安上の異常発生といった状況が分かるようになっているわけだ。
「なるほど。これは便利ね」
受付や案内がスムーズにできるか。説明して試しに母さんが受付役を買って出てくれたが、楽しそうに応じていた。
案内役はマルレーンとステファニア。客役はカドケウスやバロール、コルリスやラヴィーネといった面々が担当してくれている。
「それじゃあ、カドケウスちゃんとバロールちゃんはそれぞれ、3階の301番と302番に案内をお願いできるかしら」
母さんが笑ってそう言うと、マルレーンがにこにこしながら頷いて、カドケウスとバロールを連れて3階へと向かう。
「コルリスちゃんとラヴィーネちゃんは4階の方ね。401番と402番で」
「それじゃあ二人とも、一緒に来てね」
コルリスとラヴィーネも母さんが受付をして、ステファニアに案内をされていった。
案内された先でそれぞれ仮想空間内に入ってもらったり、使用を中断して食堂に行ってもらったりして受付側の水晶板の挙動を見る、といった具合だな。
カドケウスやコルリス達を客役としたのは、実際の動きが五感リンクで分かるからだ。
俺やアシュレイ、ステファニアからすればどのタイミングでどんな行動をして、連動している受付の水晶板がどうなるかが分かりやすい。
そうやって一つ一つ挙動を確認していったが……まあ想定通りの動きをしてくれた。母さんからも受付業務が直感的に分かりやすくてやりやすいと好評である。
他にも警備員の詰め所にはモニタールームがあって、端末部屋の様子を見たり、利用者のバイタルデータに異常がないかを確認できる。そちらの挙動も見終われば、一先ずエントランスタワーの機能確認は完了といったところだな。
いつも応援していただきありがとうございます!
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詳細については活動報告でも掲載しております。
ウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。