番外1844 海中都市散策
イルムヒルトがリュートを奏でつつ歌声を響かせ、防音室の機能や音楽堂、舞台の音の響きや照明等を確かめたりと、第4棟の設備や機能、使い勝手を色々と確認して回った。
「現実でも作られた施設だし、使いやすく感じるわ」
イルムヒルトが施設を使っての感想を聞かせてくれる。
「それなら良かった。やっぱり使う側じゃないと分からないところはあるからね。イルムヒルトの演奏や歌声も、綺麗に聴こえてた」
「ふふっ。こっちでも楽しく演奏できそうね」
当人としてもきちんとした手応えが感じられたらしい。俺の言葉ににっこりと笑うイルムヒルトである。
そうして機能確認が終わったら第5棟へ移動し少し休憩だ。歓待や滞在を目的としており、ここはサロンや休憩室に遊戯室に運動場といった施設が入っている。
食堂は存在していないが、各地の食文化や料理、食材を紹介するコーナーはあるな。
仮想空間では物を腹が膨れたり酔ったりできるわけではないから、紹介することで文化交流や交易を促進するという目的の施設だ。
「空腹が満たされなくとも各国の珍しい食材、料理等を手軽に楽しめるとなると、それで満足してしまう部分がありますからね。文化交流や相互理解の観点からは、紹介だけに留めているわけです」
匂いまでは食欲を促進するので有りということで、視覚と嗅覚までだ。
「施設の近くにそういった料理を実際に食える食堂を作れば、盛り上がるかも知れないな」
ゼルベルが思案しながら言うと、メギアストラ女王も「ふむ。確かにな……」と頷いていた。各国の料理人を誘致しての食堂を開く、なんてこともできるかも知れない。
そうして……施設を見て回り、第5棟のサロンにて少し休憩してから水中側へと移動していくこととなった。
サロンではみんなも今まで見てきた仮想空間のあれこれについて語り、楽しそうな雰囲気だ。茶の味や香りは気軽に楽しめる仕様なので、のんびりと寛ぎながら談笑させてもらった。
それから今度は第一棟のエレベーターにて、水中側へと移動していく。浮石のエレベーターがあり、そこからゆっくりと水に沈んでいくわけだ。
水に入ると通行証のエフェクトが発動する。この辺は水中呼吸の術を使った時と同じだな。
そのまま下っていくと浮き石の軌道がゆっくりと変化する。足場ごと大きく方向が変わっているが、重力を感じる方向は常に下だ。
軌道が変わった後は下っていたはずのエレベーターがそのまま上昇していくような動きになる。
やがて水中側の学園第1棟に到着した。浮石乗り場の構造は水中であること以外は地上と同じだ。装飾が少し魚や人魚、珊瑚のレリーフになっていたりと、水中モチーフになっていることぐらいか。陸上版は鳥や人、花等のモチーフにしてあったからな。
「下っていたはずが上昇して真逆の方向に辿り着いているというのは……何というか面白いな」
リカリュスが先程の浮石の動きに感心したような声を漏らす。
「浮石の方向転換も大きくゆっくり方向を動かしているからあまり違和感は出なかったかと思います」
と、浮石の軌道の解説をしながら言う。浮石エレベーターではなく、水路を使った場合も同様に途中で水路の進行方向に捻りが加えられて、下降していたはずが上昇に転じて到着、という流れになるな。主観的には進んでいるだけで到着ということになるが、途中で重力の方向に惑わされないよう案内板も貼られていたりする。
学園内の基本的な機能と役割、構造は地上と水中で共通している。出入口を高所にも確保していたりと、水中用に合わせている部分はあるけれど。
その為みんなの関心を強く引いたのは、水中側の庭園だろうか。光る珊瑚やクラゲ、色とりどりの小魚、イソギンチャクやヒトデなどの環境生物を配置していて、目にも鮮やかだ。
美しく平和な光景だが、ルクレインを腕に抱えたエスナトゥーラは少し思うところがあるのか。そうした海底の美しい風景を見上げて目を細めていた。
エルドレーネ女王やロヴィーサがそんなエスナトゥーラに視線を送ると、エスナトゥーラもまたそれに気付いて静かに一礼する。
「ふむ。浮かぬ顔だが、大丈夫かな」
「ご心配をおかけしました。今に不満がある、というわけではないのです。昔であればこうした光景をルクレインと共に見る事は叶わなかったし、この子が育った後にもこうした景色を美しいと思うこともなかったのだろう、と」
「うむ……。そうさな」
エスナトゥーラの言葉にエルドレーネ女王は少しの間瞑目するも、やがて頷き、エスナトゥーラに向かって言葉を続ける。
「子らは宝。次の世代にこうしたものをしっかりと伝え、残していかねばな。我らと海王達とは、確かに争った過去があるが……だからこそ繋いでいかなければならないもの、護らねばならぬものはある。そなたの夫君が護ろうとしたものは尊く、素晴らしいものだ」
エルドレーネ女王がそう言うと、エスナトゥーラは少し目を大きく開き……そしてルクレインの髪をそっと撫でてから一礼をする。
「ありがとうございます陛下。私も……子供達の為に平穏な世を繋ぎ、護りたく存じます」
そんなエスナトゥーラの反応を受けて、エルドレーネ女王は微笑むと、俺に視線を向けてエスナトゥーラのことを頼むというように頷いてきた。
「そうですね。ルクレイン達だけでなく……エスナトゥーラ達も含めて氏族のことはしっかりとしていきたいと思っていますよ」
エスナトゥーラはしっかりしているし、子供達の幸福というのなら親達の平穏な暮らしもあってのもの、と言うことになるからな。
「うむうむ」
「ふふ。そうですね」
俺の言葉に満足そうに応じるエルドレーネ女王やロヴィーサである。
エスナトゥーラだけでなくテスディロス達も静かに笑みを浮かべていたりするな。
そうして水中学園の庭園を見てから地下にある水路を確認してもらう。こちらも現実の水路コースと遜色がないと、リカリュス達からはかなり好評だった。物流等を気にせず、空いた時間で気軽に訓練ができるようになるということで、次のレースに向けて気合を入れているリカリュスとヴィジリスである。
それから……街並みからその外側。岩礁地帯となる珊瑚の群生地まで眺めて海岸を経由して陸上に戻るという散策コースを取る。
遠景は外海となっていて、しかも柔らかい光が頭上から差し込んでいる。環境生物も多数配置していて、生態系の豊かな温暖な海といった風情なので綺麗なものだ。
明るく広々とした海というのはオービル達にとっても初めてのものなので、感動している様子が窺えた。
「おお。これがルーンガルドの海……」
「広々としていて遠くまで見通せるんだな……」
「確かに見通しが良いが……まあ、魔界の外海のように危険な魔物は少ないという話だな」
リカリュスとヴィジリスもあちこち泳ぎ回って遠景を見たりして、ティールもそれに付き合って仮想空間の海中を楽しそうに右に左に泳ぎ回っていた。建物の間を自由に泳ぎ回るのは中々に楽しそうだ。
環境魔力も……始原の精霊の影響があるから心地の良いものに感じるし、見た目も明るくて豊かな海なので余計に、というのはあるのだろう。
ティールが元気よく泳いでいる様は見ていてこちらも楽しくなるというか。出会った時のことを思い出すな。そんなティールの様子にみんなもにこにことしている。
そうやって水中の街並みを楽しんだり、岩礁地帯の珊瑚礁を眺めたりしながらも地上に戻り、適当な家を例にとって家具のカスタマイズシステムも説明していく。
「まあ、自分好みの部屋で過ごしつつ書き物をしたり寛いだり……友人たちを招いたりもできるわけですね」
「好みの内装を気軽に追及することもできる、というわけですな」
ボルケオールがうんうんと頷く。
マイルームと家具カスタマイズの機能についても、中々楽しそうだと好感触な様子だ。
仮想空間なら部屋の位置等も融通が利くからな。実在しない部屋であっても窓からの眺めをカスタマイズすることでいくらでも好みの景観を追及することができるという寸法だ。
一般的なアカウントは、建物から出るときに転移装置を使う、という体にすれば、主観的にはいくらでも良い住環境を増やせるという寸法である。
さてさて。アルバート達も参加してくれたしカドケウスで実証もした。迷宮同士、始原の精霊同士に繋がりがあるからこそ可能になった事ではあるが、魔界とルーンガルド間の気軽な交流も問題なくできそうだからな。このままダイブ用のスポットを増やしていく方向で考えていこう。