番外1843 文化交流のために
第1棟は公式な会談を行うための謁見の間や演説、宴席等の多目的に使える大広間。会議室や授業、講義に使える講義室。それに図書館や資料庫といった設備を備えている。
広々とした講義室は仮想ではあるが音声拡大の魔道具を備えていて、大きな声を出さずとも後列にまで声が届くし、現実空間に用意してきた資料を一時的に取り込んで拡大表示するという、プロジェクターとしての機能も備えているわけだ。
「こうした形で拡大して手元の資料を表示できる、というわけですね」
「ほうほう。便利なものですな。講義でなくとも使い勝手が良さそうですが」
「実際に魔道具化してみるのも面白そうだね」
俺の言葉にボルケオールやアルバートが反応を示す。
「魔道具化は……そうだね。難しくないと思う。光魔法で別の場所に映し出せばいいだけだし」
プロジェクターについては工房の仕事として考えておこう。実際便利そうだ。
仮想空間だと本人と共に持ち物をスキャンして一時的に取り込むだけで済むので簡単なものだ。
それから謁見の間や大広間を回ったり、図書館に向かったりもする。
「うむ。落ち着いた良い雰囲気だな」
「豪奢にするというのも考えましたが、その辺は仮想空間だときりが無くなりそうですからね。こういう方向性に落ち着きました」
メギアストラ女王に答える。
謁見の間は内装をどうしたものかと話し合った時に、あまりゴテゴテしているのはみんなも好みではないから、落ち着いて謁見、会談、接見のできる、趣味が良いと言われるような方向を目指すということで纏まった。
仮想空間なら装飾をいくらでも派手で豪華に、細かくできるというのはあるから、凝り出してしまうと際限がない。
「影響を受けて現実でそんなところにコストをかける者が出てきても困るものね」
というのはローズマリーの指摘だ。宮廷貴族や地方領主でそういった事をしそうな者を実際に見ているというのはあるのだろう。今の代は良くても後世では、という危惧もあるし。
謁見の間とは言っても、仮想街は俺が管理している程度で現実の街のように統治者はいない。明確に誰と謁見するための場所というわけでもないから、式典や貴人との面会場所といった目的で作った場所だしな。
仮想空間だと魔法的な防護がなされる上に、契約魔法によって施設や仮想空間内部で攻撃等を行おうとすると契約違反、不正行為として排除されるから、ダイブする場所さえ違えば仮想空間内の警護は然程手間がいらない。
例えば有事の際の会談等も気軽に行えるようになるか。本来の用途以外にも有効活用する方法は色々思いつくから、もしもの場合の案と言うことで文書等に纏めておきたいところだ。
図書館は――とりあえず魔王国と打ち合わせ、危険度の低い書物はルーンガルド、魔王国問わず蔵書とさせてもらっている。
「いやあ……。凄いですね、この図書館は」
上機嫌そうなのはカーラだ。2つの世界に跨ってのものなので、相当な量の蔵書がある。賢者の学連の図書館や、ドリスコル公爵領の召喚術師、ワグナーの秘密図書館、各国の書庫や図書館をいくつか見せてもらっているからな。
色々と考えたが、仮想空間なので本や書棚が崩れたり、蔵書が劣化する危険性がない事等から色々と無茶が利く。
極端な話、館内に水路を設けたりしてもいいし、採光窓をたっぷり作ってもいい。湿気や直射日光で書物が駄目になることもないのだから。
仮想空間なので全員が飛べるし書物が崩れたりする心配もないから、いくらでも立体的な構造にできる。
とはいえ……利便性、実用性も考えなければならないからな。
入口から中を覗けば、アンティークな雰囲気の館内の左右の壁にずらりと書架が並んで奥の方まで続いているという……中々壮観な光景に仕上がった。
利用者が使う机や書台が置かれた閲覧スペースは館内中央に並べられており……そうした閲覧スペースから奥に目をやると大きな置き時計が目に飛び込んでくる。吹き抜けになっている2階分のフロアの上まで伸びている……まあ、小型の時計塔といった風情だな。
俺の持っている懐中時計と合わせてあるから、タームウィルズの時刻を知らせている形だ。こういう形の短針、長針を備える時計はまだまだ広まっていないが……まあ、知名度は高めていきたい。
「あれは……時計か」
「そうですね。仮想街だと時間経過が分かりにくいので必要になってくるものです」
メギアストラ女王に応える。
ちなみに、街中にも時計塔があったりするし、あちらこちらに小型の時計も配置してある。ボルケオールに答えた通り、仮想空間だと現実世界の時間が分からないから必要性が高いのだ。
その点でいうとVRの場合はユーザーインターフェースに表示されていたり、アラーム機能があったりと割と充実していたな。
ともあれ置き時計周辺の休憩スペースにはソファやテーブルなども配置している。ウォーターサーバー、炭酸飲料メーカー等も置かれていたりするな。時計やそれらの設備の見た目も館内のアンティークな様式に合わせているから雰囲気を壊すようなものではないが。
「蔵書に関しては、あまり危険度の高いものは置いていない形ではありますが、必要に応じて一時的に外から取り込んだりもできます。定められた期限が切れたり資格のないものが閲覧すると仮想空間内からは消失する、という寸法ですね」
「あまり広まって欲しくない内容の本でも安全に取り扱えるというわけですな」
オービルがふんふんと首を縦に動かしながら言う。
そうした蔵書は禁書から持ってくるという設定なので……名付けるのなら禁書庫システムとでも言うべきか。
蔵書も目録から受付に問い合わせれば司書役を担う仮想ティアーズ達が運んできてくれるという仕様だな。
「司書ティアーズ達も可愛らしいですね。揃いの制服が良くお似合いです」
カーラがにこにことしながら言う。仮想空間のティアーズ達は特別なコスチュームを身に着けているな。
博士帽やモルタルボードとも言われる、上部の四角い部分から房を垂らした帽子を被り、黒いガウンのようにも見えるパーツを肩部から垂らしている特別仕様だ。仮想学園所属のティアーズ達であるというのを示しているわけだな。
そうやって図書館の内装や機能を紹介しつつも更に敷地内を移動し、機能を紹介していく。
第2、第3棟は研究や鍛錬を目的としており、研究室や実験室を配置しているな。これらは安全のために仮想空間内部に結界を一時的に構築できる。
といっても仮想空間内で実験といっても演算上で再現されたものでしかないから、これが魔法的な実験となると色々限定されている部分や制約等も出てくるのだが。
まあ……再現された結界を超えて閉鎖領域が必要となるほどの実験となるとそう頻繁にあるようなものでもあるまい。
第4棟は演奏や上映等の行えるホール。演劇練習や観劇までできる舞台。楽器や歌唱の練習ができる音楽室。絵画や彫刻、刺繍や細工等の練習が気軽にできる美術室といった設備を備えている。
美術に関してはキャンバスや絵具、彫刻、石膏等の素材が使いたい放題なのが利点だな。これらで作った品は一時的に保管しておけるが永続的に仮想空間に現物が残せるわけではないが……必要となる魔力分の魔石で費用を払えば3Dプリンター的に出力することも可能だ。やはり、習作であれど成果物を残せないと面白みがないし。
音楽室も防音室と共に世界中の楽器が揃っているので学習するための環境としては良いものだろう。
「とまあ……あくまで文化的な交流や学術面の振興、促進を前面に出した設備ではあります」
「良いですね……文化と学術と芸術と……。心がときめきます」
そう言って拳を握っているカーラである。パペティア族としては色々と琴線に触れるものがあるのだろう。