番外1840 七色の尻尾
「広々としておるな。これならばギガス族達でも問題はあるまい」
出来上がった施設を見て、メギアストラ女王が満足そうに頷く。
「ふむ。妾でも使えると聞いたが」
パルテニアラも尋ねてくる。
「そうですね。精霊や霊体に対しても個別で対応できるようにしていますので、交流までは問題なくできるはずです」
仮想空間内部で触れられるものに対し、肉体的感覚がフィードバックされるわけではないが、同じものを見聞きする、というところまでは再現できている。元々意識だけを引き込んで視覚や聴覚に影響を及ぼすというのは迷宮核でもやっていたことだしな。
パルテニアラにも魔王国側の面々との交流を通して、日々の楽しみが増えてくれれば俺としても喜ばしいことだ。
ともあれ、ギガス族達にとってだけでなくアルディベラやエルナータ達も人化の術を使っていれば問題なく利用できるということで、一緒に見に来て喜んでいる様子である。
3階部分は渡り廊下で魔王城の他の区画からも直接入ることができる。秘匿性や警備能力も他の階より高めているからVIPも利用しやすくなっているな。
まあ、後々魔王城内にあるファンゴノイド族の集落にも端末を構築する予定だ。アバターを使って安全に交流もできるから、ボルケオール達も興味津々といった様子だったし。
「では……仮想空間に入って動作確認をしてきますね。内部の様子は見られるようにしておきますよ」
「ん。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
見送ってくれるみんなに笑って子供達にも手を振り、ポッドへと向かった。
フォレスタニア以外の仮想空間については権限や要請がない場合、基本的には仮想街に繋がるようになっている。
初期設定も訓練用の舞台を決めるものではなく、まず個人認証をし、仮想街への接続が初回の場合は仮想空間での諸注意と共にアバターを構築する、というものになっているな。
端末から個別に内部映像を見せて外とのコンタクトも取れる作りだからこのままテストの様子を見せることができる。
端末ポッドに身体を横たえ目を閉じる。フォレスタニア側でもカドケウスが仮想訓練施設の端末ポッドに寝そべり、準備を完了しているな。
意識が少し遠ざかって、光に包まれるように周囲が明るくなり――目を開くと、もうそこは仮想空間内部だった。
タームウィルズの中央区にあるような様式の一室。寝台から降りて部屋の中央にある、水晶球の置かれた台座に近づくと、発光と共にデフォルメされた姿のナビゲーターが姿を見せる。
「ようこそ仮想街へ。お初にお目にかかります。私はここを初めて訪れる皆さまの案内役を仰せつかっております、ヴィーアと申します」
ナビゲーター……ヴィーアはぺこりとお辞儀をして言った。
ヴィーアの姿はオウギに少し似ているな。等身が低く、丸っこくてどこか愛嬌があり、威圧感を感じさせない姿だ。ディアボロス族に似た特徴を持っており、魔王国の民から見た場合の馴染みやすさを持っている。
ちなみに魔王国から見た場合の印象についてはカーラの監修でもあるし、オウギに似せたのは仮想空間の案内人に親しんでいれば、オウギが交渉役として姿を見せた時も魔界迷宮側の使いとして認知してもらいやすくなるからである。
名前の由来は道を意味する言葉のもじりだな。
といっても、ヴィーアは所謂AIに近く、想定された範囲内での受け答えを目的とした存在ではあるからオウギとは違うのではあるが……機会があれば更なる高性能化を図っても良いかも知れない。
ともあれ、ヴィーアは細かく仮想空間での諸注意や避難方法、緊急時における対応方法等を教えてくれた。
それが終わると続いて仮想街の通行証でもあるメダルの譲渡やアバターの設定についてだ。
「このメダルが仮想街の通行証でもあります。仮想街は水中や極寒等、様々な環境を体験できますが、このメダルを持っていれば、それら特殊な環境からも身を守れる、というわけですな」
ヴィーアが通行証の説明をしてくれる。メダルを受け取ると、光の粒になって身体に染み込むように消えていった。通行証も設定として必要なものとして存在するが、常に持ち歩くのは面倒だしな。念じれば出てくるし、仮に手放しても資格を失効しない限り戻ってくるという設定だ。
通行証を受け取ったところでそうした説明も交えつつ、仮想空間で普段とは違う姿――アバターになれるということや、それを設定するかどうか尋ねられる。
「それじゃあ、お願いしようかな」
そう答えるとヴィーアが頷き、近くに光の粒が生じた。床に向かってゆっくり降っていき、輝きを増したかと思うとそこから鏡が迫り出す。
これを使って自分の姿をカスタマイズできるというわけだ。
VRゲームではよくある機能だな。現実に戻った時に齟齬が生じるので、背丈や体格、手足の長さ等を元から大きく変えることはできない。
まあ……比率ごと変えることでギガス族や小人のようになったりすることは可能だ。ギガス族が更に大きくなるという方向では不便さが勝ってしまうと思うので設定できないようにはなっているが。
「変えたい場所を念じるか、鏡の縁にある装飾に触れることで、色々切り替えることが出来ますぞ。完全に自由に変身というわけではなく、変えられる範囲、調整できる部分はある程度限られておりますな」
ヴィーアの解説に相槌を打ちつつ、実際に切り替える事でどんな風になるかをみんなに見せていく。
髪型、髪の色、長さ。瞳の色、瞳孔の形。肌の色といった部分は基本として、獣人族や鳥人族、魚人族に魔物種族、魔界の種族等々、多岐に渡って対応している。
これもまあ、登録された種族ごとの特徴を大まかに分けてプリセットとして使っているだけなので、ある程度パターン化されたものではあるのだが、元の顔を分かりにくくしたり、特徴を残したり。或いはデフォルメされた着ぐるみを被るような姿で完全に分からなくしたりといった事もできるな。
いずれにせよアバターを装着した場合腕章も装着されるので、アバターを使っているという目印はあったりする。
そういった内容を一つ一つ見せていくと、みんなも楽しそうに水晶板をのぞき込んでいた。
『面白いですね。いじっていると時間が過ぎてしまいそうです』
『完全に別人になれるわけか。うむうむ』
というわけで俺も髪の色を変えて伸ばす程度の軽い変更を加えて決定し、仮想街に繰り出すこととなった。部屋を出るとエントランスホールへと出る。
四方八方に扉のある広間だ。端末の数だけ扉があり、端末が増設されると螺旋スロープ状の外周通路に沿って扉が増えるという、いわば拡張性のあるタワー構造だな。
そこに猫の姿をしたカドケウスが現れる。前足に腕章を装着していてアバターを設定しているのが分かる。
一目でアバターを設定していることが分かるなら見た目は好きにしていいと伝えたところ、何やら耳の先と尻尾部分がゲーミングカラーというか。派手な色で光っている姿で現れたが……。
確かに……形を変えてもカドケウスの場合は意味がないからな。自分ではできない色の特徴で、ということになるのだろうか。
同期しているか確認を取る為、カドケウスを右に左に動かしてタイムラグが生じていないか等を確認していく。
バロールが外からモニターしてくれているが、表示されているデータも問題ない。
「どうやら……問題無さそうですね。体調についても安定しています」
カドケウスを肩に乗せてそう言うと、外にいる面々が頷く。
『では、我らもそちらへ参るとしよう』
「はい。お待ちしています」
というわけで……仮想街の機能を確かめつつみんなで散歩していくとするとしよう。