番外1837 学園構築
仮想街については最初に出た話の通り、水路レースの練習をできるようにしておく。
仮想街の陸上側、海中側のどちらからでもアクセスできるように、というところだ。コースやトレーニングメニューに関しては既にデータが存在しているので、それを流用……というよりも拡張する形で仮想街を造っていけばいい。
工房で色々と話をして、仮想街の構想もおおよそのところが纏まる。
「工房の話し合い、楽しいわね……」
顎に手をやって反芻するように目を閉じて頷いているキュテリアである。
「そうですね。工房の仕事のお手伝いは毎回楽しませてもらっていますよ」
「お茶や焼き菓子を頂きながらの和やかなものですからね」
「仮想街の構想に加われたのは光栄なことです」
カーラがそう答えると、ロヴィーサやナヴェルも同意する。
「打ち合わせはいつもこういう感じですわね」
「楽しんでもらえたなら何よりだよ」
オフィーリアとアルバートがそう応じるとカーラ達も楽しそうに頷いていた。
そんな調子で仮想街について大体のところが纏まったところで話し合いも終了となる。工房の普段の仕事を、そのままロヴィーサ達も見学していき、和やかな空気で一日は過ぎていくのであった。
さて、明くる日になって――。
日常の仕事が一段落した後、早速仮想街の構築作業を行うために迷宮核へと向かった。
魔界迷宮にも関わる案件なので、ユイも顔を出しているな。ヴィンクルやオウギ、サティレスといった面々と共ににこにことしている。
「違う姿でも遊びに行けるようにするって聞いたけど……私達も使って良いのかな?」
「お忍び用でもあるからね。戦いも起こらないだろうし、魔界の動向を見ておく事にも繋がるし、良いと思うよ。試技や鍛錬という話になった時に動きを見せない方が良いっていうのはあるけれど」
首を傾げて尋ねてくるユイにそう答えると、嬉しそうな笑顔を見せる。
「良かったですなあ、ユイ様」
「うんっ」
と、オウギと言葉を交わしているユイである。
アバターを被っていればラストガーディアンとしての仕事にも支障はあるまい。
仮想空間は学習や文化交流の場だ。だから武術絡みの合同訓練を行うということもあるだろうが、その辺には顔を出さなければいいだけの話なので。
「ヴィンクルもアバターを被れば遊びに行けるからね。ルーンガルド側でも向こうの情報収集も必要だろうし」
そう言うとヴィンクルもにやりと笑って喉を鳴らす。もう少ししたら人化の術を覚えるから、そうしたら考える、とのことらしい。
今のヴィンクルだが……戦闘能力はともかく、客観的に見れば生まれたばかりでそれほど間もない竜だ。人化の術を使うと見た目が幼くなりすぎるというのがある。後一回ぐらいは脱皮してから、と当人は考えているようで。その時期も近いようだが。
そんなわけでユイ達はアバターを作るとしたらどんな姿にしようか等と、楽しそうに話し合っている。
「ヴィンクルちゃんの人化の姿に合わせて考えてみようかな。一緒に行動したりも増えそうだし」
「ふむ。人化した際のお姿はそれでもまだ幼い事が予想されますからな。共に行動していても通用する姿というのは良いのかも知れません」
オウギが言うとユイとヴィンクルは確かに、というように二人で頷いていた。
そんな様子を傍目に眺めつつ、迷宮核へと向かう。
「それじゃ行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「お待ちしていますね」
みんなに向かって笑って手を振ると、アシュレイやエレナがそう言って。みんなも一緒に笑顔で手を振って見送ってくれる。
そうして俺の意識は迷宮核内部に沈む。目を開けばそこは術式の海だ。
手を翳してまずは仮想空間――水路レースのコースを呼び出して、その周囲に仮想街を構築していく。
水路コースの周辺を覆うように円盤状の陸地を作っていくわけだ。ついでに水路の一部から延長し、陸と海の両面に接続できるようにしていく。
光のワイヤーフレームが展開して大体の形が作られる。ここに風景を被せるように肉付けしていくわけだ。
『仮想街の水路駅ですね』
「水脈都市の駅を参考に、少しタームウィルズの中央区風にしたものだね」
街の建築様式はどうしようかという話も挙がったが、出ている案の中から基本的な形は中央区風にするという事で纏まった。仮想街であることや迷宮産であることも売りの一つだからだ。
外壁の内側に風景を映し出すことでフォレスタニアの遠景が変化しているという説明や理解にも繋がる。そういう場所で育った迷宮村の住民への理解や、迷宮村を作った月女神への印象も良くなるという狙いもある。
「基本がこれで……後はその日の装いに合わせて街並みを変化させる、と」
『面白いわね。水路駅が雪や砂に覆われている光景なんて、クシュガナでもまず見る事ができないでしょうし』
駅の装いを少しずつ変えて見せるとローズマリーが楽しそうに笑う。クシュガナとは違い、陸上側に出る水路駅も存在していて……当然ながらそこでは遠景の装いに合わせて少しずつ姿を変える。
基本的な形は、というのは、遠景の変化に合わせて様式と装飾が少しずつアレンジされるからだ。例えば、遠景が南極になれば雪や氷を被り、魔界のものになれば建物の様式、装飾や舗装等も魔界風になる。街の基本構造は変わらないがその辺りで変化は起こる、というわけだな。
この辺、ロヴィーサやカーラ、ナヴェルといった面々がアドバイザーとなってくれたから各々の国の特色を、文化や生活様式を踏まえた上で、細かなディティールで描けるというのがある。
何時訪問しても飽きない程度には変化を出したいところだ。折角の仮想空間なのだし、街が日替わりで装いを変えても特に手間もないし、ゲーム的に例えるならスキンやテクスチャを変えているだけだから、リソースの消費もほとんどない。しっかりと仮想空間ならではの売りを前面に出していきたい。
そうして水路駅を軽く整備してから学園も築いていく。まずは学園の陸上部分からだ。
学園は講義や授業を行え、大書庫で文献等も閲覧することのできる第1棟。専門的な研究等が行える第2、第3棟。音楽を奏でるなどの何か催しを開催したりできる第4棟、食事や宿泊、サロン等を備える第5棟、庭園といった感じに分かれている。
陸側の基本は中央区と装いを似た印象にしている。文化交流や研究機関、教育機関としての側面を持つということもあり、歴史と風格を備えたような印象にしたかったから、少し経年劣化が進んだような風合いに仕上げているわけだな。
『落ち着いた雰囲気でいいですね。この学園、好きかも知れません』
『王城や中央区の伝統ある建物もそうだけれど、少し遺跡めいている印象があるわね』
アシュレイの言葉に、母さんもうんうんと頷きながら応じる。
特に学園では柱に蔦を這わせたり、植え込みを作ったりと緑を多めにしているからな。水路も張り巡らされて……全体的に落ち着いた良い雰囲気に仕上がっているのではないかと思う。文化交流をしたり、学業、研究に集中するには良い環境だ。
敷地内はさながら庭園のようだ。窓から外を眺めたり、外に出て散歩する事で気分転換やリフレッシュにも繋がりそうな雰囲気である。
水路のライトアップを行い、所々にフェアリーライトも配置しており、夜景も中々のものに仕上がっているな。
後は、遠景に合わせたそれぞれの変化がしっくり来るものかどうか、一つ一つ確認していった。
まずは陸側。街並みやその外に広がる海岸までしっかり作ってから海側にも移るとしよう。