番外1836 仮想街構想
「留学や文化交流をということでしたら、学舎のような場所が必要になりますね」
アシュレイが思案しながら言う。マルレーンもこくこくと頷きながらこちらを見てきた。
「学舎は確かに。必須というか、目的から考えると仮想街の中心的な施設になるね。ペレスフォード学舎やフォレスタニアの教育用設備を基本にして、必要なものを揃えてみよう」
学舎、学園、学校、大学……んー。それぞれのニュアンスからイメージするものは様々だが……どんな感じにしようか迷うところだ。建築様式や装飾だとか、そういうものは俺よりもみんなに案を出してもらった方が良い具合に仕上がるとは思うのだが。
マルレーンから借りたランタンで幻術を展開し、話し合って出てきたデザインを映し出してみる。城風、洋館風、大学風に……少し変わり種なところでは迷宮風といった具合だ。
城や洋館風はそれを模した校舎といった感じでそれほど捻りはないかな。建築様式や装飾は色々考える余地があるが。
「この建物の配置の仕方は……少し学連を思い出すわね」
ヴァレンティナが映し出された幻影を見て微笑む。敷地内にあちこち建物を配置している形だな。
「仮想空間なので見た目だけのものではありますが、実際の場合は目的別に棟が別々になっていると、何かの実験や研究をする時も安全性が高まりますからね。専門性を高めることで効率化する部分もあるかと思います」
「うむ。学連もそうした理由で棟が目的別に分かれて距離を取られておるな。仮想空間ならば土地も自由が利くから、広々としたものにできるであろう」
お祖父さんもうんうんと目を細めて頷く。実際この形式ならデザインも色々と自由が利くし拡張性もあるな。
それとは打って変わって……迷宮風の方は、建物も一体成型だ。迷宮が形成したというような想定で、建築様式もタームウィルズ中心部や王城セオレムに寄せている部分もある。迷宮らしく連絡用の地下通路等も備えているな。この地下通路については月神殿の下部や、迷宮の浅い階層を模している。どちらかと言うと魔界の面々にタームウィルズや迷宮を紹介する意味合いが強いかも知れない。
構造を複雑にしても普段使いでは不便だから、あくまで風味、というだけだ。カギリの城やエッシャーの騙し絵のような現実の建築物としては有り得ない構造にもできるけれど。
「迷宮風は面白いわね。建築様式がセオレムにも似ているから、私としては落ち着けそうだわ」
「タームウィルズを紹介する意味合いもあるからね」
ステファニアの言葉に笑って答える。
「いずれにしても海の民が一緒に行動するから建物内にも通じる水路が必要なのは間違いないね。空を飛べる種族も想定しているから、空中から着地するための屋上用広場もかな」
いわばヘリポート的な設備だな。
仮想空間であれば溺れる心配はないし、墜落や激突しても問題はない。ある程度デザイン優先でもいいが、使い勝手はそれなりに確保したいところだ。
「学園の様式が決まって来れば、周囲の街並みもそれに合わせていくのが良さそうね」
というのはローズマリーの意見だな。
「統一感があると見た目も良くなるからね」
そうやってお茶を飲みながら、みんなで意見を出し合いながら案を練る。出た案やもらった要望から良さそうな部分を少しずつ取り入れて、段々と形にしていく。
音楽堂などは文化交流に良いからということで導入を決定するとイルムヒルトは嬉しそうな表情で鼻歌を響かせたりしている。
「仮想空間とはいえ、人が集まるのだから警備棟等は必要かも知れないな」
テスディロスもそんな風に意見を出してくれた。
それは確かに。逆に仮想空間だから、厨房や風呂やトイレ、上下水道等の生活インフラは必ずしも必要ではないのだが……まあ、ディティールに拘るならその辺も少し整備して組み込んでおくか。教育、文化交流の場でもあるから、出番もあるだろう。
遠景を切り替えることのできる仮想空間ということで外との繋がりが必要ないから、やはり全体的なデザインは迷宮村やフォレスタニア、エンデウィルズのように、外郭ドームに囲まれた街というわけだ。
地下にも通路や水路を巡らせるが、外海風の遠景も映し出すために下側も外郭ドームで覆う必要がある。だから全体的には球体型になるわけだ。
重力の方向も真面目に考える必要はないから……球体の中に陸地となる円盤状の平面を作り、そこに仮想の街が上下でくっつくような感じがいいかな。
中心施設として学園。その周囲に街並みが広がるといった具合だ。カギリの幽世にも構造が似ているな。
「球体内に箱庭があるようで……こうして見ると何だか素敵な置物みたいですね」
空中に浮かんだ幻影に、グレイスが微笑みを見せる。オリヴィア達に浮かんだ仮想都市の幻影を見せるようにしてあやしていたりもする。
子供達も不思議そうなものを見るように幻影を眺めていた。
「確かにそれっぽいね」
ガラス玉の内部に模型というような置物もあるが、確かにそれに似ている。
グレイスや幻影に向かって手を伸ばす子供達に笑って応じて、建物の見た目や街並みを変えてみる。周囲が南極なら雪を被って凍り付いたように。砂漠なら風で飛んできた砂に少し埋もれたような風合いに。月面や星の海を行く宇宙都市風というのも悪くない。木々の生い茂る緑と一体化した街並みであるとか。魔界風の空と森、荒野であるとか。
水中側では――そうだな。いくつかバリエーションが考えられるが、まず思いつくところではグランティオスの海都風が良いだろうか。外観もオープンな海で、光る珊瑚やら差し込む光やら色とりどりの魚、海藻などで美しい水中の街のイメージだ。
他にもハルバロニスを意識したような地底の街、溶岩の流れるドルトエルム風。水脈風の外郭を有する魔界風といったところか。水中側も色々と応用が利くな。
「色んな国を連想させる風景にしているのは良いね。互いの国や文化にも興味を持ってもらえる」
「その辺を狙っているところはあるね」
光景に感心したように言うアルバートに答えつつ、学園から街並みから、色々と構想を練っていく。水中や地底ならこんなものがあった方がいい、というのは流石に俺達にもわからない部分があるので、通信機で連絡を取ってみたところ、ロヴィーサやキュテリア、ナヴェルといった面々も工房に顔を出し、話し合いに参加してくれた。
魔界の遠景も再現するのならということで、カーラもアドバイザーになってくれているな。魔界の各種族の好みにも精通しているのがパペティア族なので有難い話である。
カーラもマルレーンのランタンを借りて、この種族はこういったものが好きだった等、過去の魔界での流行りを例示して、魔王国の各種族の好むセンスを具体的に例示してくれる。
「カーラ殿は司書だったと聞いておりますが、流石ですな」
「ふふふ。お任せ下さい。過去の美術品や文化を記した書物も閲覧することもできるので司書としての仕事についたところがありますので」
ナヴェルの言葉に不敵に笑うカーラである。なるほど。それは各種族の好みや慣性にも精通しているわけだ。
カーラによれば歴代魔王の服飾等がルーンガルド……特にベシュメルク方面との共通点もあるのだとか。この辺はファンゴノイド族からダイレクトで伝わっているだろうしな。色々興味深い話でもある。
そうしてカーラから魔王国の人間が好む天気や空模様だとか、その流れで教えてもらった。
うん。交流用の仮想街ということで、色々面白い事ができそうだな。