番外1835 仮想の街を
水路レース上映も無事に終わり、日常が戻ってくる。
タームウィルズやフォレスタニアに限らず、上映の行われた各地はまだまだ興奮冷めやらないといった様子ではあるが。
というわけで俺達もまずは迷宮の状態確認、執務や領地の視察に工房の仕事といった日常の業務を進めていく。
訓練設備構築の計画もあるが、そうした日常こなしている仕事の進捗を見ながらだ。
迷宮の状態に関しては平常通りと言って良いだろう。大きな問題はなく、システム回り、防衛回り、リソース関係についても良好だ。
防衛計画ということで冒険者達がどの辺の階層に何人ぐらい入っているのかデータを確認しているが、深層域や高難易度区画に挑む者はかなり少なく、平常通りといった様子だ。
現状を読み解く限りだと、中層の比較的安全確保のしやすい区画。各々対応がしやすい区画あたりが一番深く潜られている区画、といったところだろう。
高難易度区画に足を踏み入れる者がいないわけではないのだが、その場合も立ち入ってすぐに退散したり、区画入口付近で迷宮魔物と一当てした後は帰還といったケースがデータからは多く見られる。
これは……箔付けや様子見。或いは到達記念で立ち入ってみたという側面が強い。
実際に命がかかっている以上、早々無茶をする者も出てこない。中層以降まで到達できる冒険者なら弁えているから尚の事だ。
箔付けというのは迷宮のどの階層まで辿り着くことができた、というのが迷宮で活動する冒険者達にとって一つのステイタスになっているからだ。
高難易度区画まで潜れるパーティーに所属しているというだけで、割と冒険者を引退した後の再就職にも困らない。ギルドからの素行に関する評価が悪くなければ、という但し書きがつくけれど。
名誉を求めて更なる高難易度区画や深層を目指す冒険者もいるのだが、だとしても他の区画を回って本命の高難易度区画に挑むための対策を組んだり、実力をつけたりというのが普通だな。
対策をするための中層巡り、というのは……何件か見られる。しばらくすると高難易度区画に挑む事もありえるので、この辺は冒険者ギルドと連携しつつ少し気にしておきたい。
魔力供給と消費のバランスについては――こちらも問題ない。ティエーラの影響もあって使えるリソースが増しているぐらいだ。魔界側に仮想訓練施設を造るというところにも繋がってくるな。
というわけで迷宮に関しては問題無さそうなので、いつものように執務を行う。報告書に目を通し、間違いがないかを確認し、承認が必要な書類で問題のないものに捺印といった作業を行った。みんなで今日の分の執務を進めてから、文官達のところに顔を出す。
「これは境界公」
と、文官達も畏まった様子で俺達を迎えてくれる。
「うん。書類仕事の方も一段落したから、皆の顔も見に来たんだ」
いつもきっちりと仕事をしてくれてありがとうと、労いの言葉を伝えて差し入れというか、魔界のお土産も文官達に渡す。
これもクシュガナの特産品で……オキアミの練り物を味付けして焼いたものだな。オキアミ煎餅とでも言えば良いのか。香ばしくて美味しい。
「これはかたじけない。貴重な品をありがとうございます」
「皆で頂きます」
「ああ。多めに貰っているからみんなで分けて家族や友人にも持っていくといいよ。何か気付いたことや変わったことがあれば口頭でも書類でもいいから報告してね」
「はっ」
そう言って差し入れを受け取る文官達である。お土産に関しては武官、女官といったお城で働く人達の分までクシュガナで購入してきているからな。
そんなわけで、折角なのでお茶を淹れてみんなで休憩ということになった。
話題になるのはやはり、先日フォレスタニアでも中継された水脈都市の祭典についてだ。
「あれは実に見事な戦いでしたな。思わず見入ってしまいました」
「娘がケイブオッター族やマギアペンギン族を可愛らしいと随分と気に入っておりましたよ」
と、そんな話をする文官達である。
「あちこちでも祭典に似た競争や子供達の遊びが増えているみたいですね」
グレイスが楽しそうに言った。
「そうみたいだね。水晶板の映像を見る限り」
少なくとも子供達の遊び方はそのままだな。陸上ということもあって不揃いな橇や荷車だったりするが。
ともあれ橇を紐で引っ張り、手をフリッパーに見立てたように広げて走る様は、ティールの影響からというのが分かりやすい一例と言えよう。
リカリュス、ヴィジリスを模した動きもしていたり、魔界やそこに住まう種族に対する好感度も上がっているのが窺えたからな。良い事だと思う。
そうした話をすると文官達は目を細めて嬉しそうにしていた。
そうして文官達のところで少し一緒に茶を飲んで談笑した後、視察や巡回も兼ねてフォレスタニアで働く面々の関係各所も周り、ゲオルグを始めとした武官や、迷宮村の住民、氏族といった面々にもお土産を持っていく。
「おお。これはかたじけない。皆喜びましょう」
「みんなで頂きますねー」
ゲオルグは兵舎の近くでフォレストバード達の報告を受けているところだった。お土産を渡すとゲオルグと共にルシアンも笑って応じる。
そんな調子であちこち視察しながら迷宮村の住民達、氏族達にもオキアミ煎餅を配って回ったが、評判は上々だった。香ばしくて美味しいとのことだ。
そのまま視察に向かう。街中の様子も今日は比較的落ち着いてはいたが、人通りも多く、町角で話題になっているのはやはり祭典に関する話だった。
まあ、フォレスタニアでも中継されていたからな。まだまだ話題になっていてもおかしくはない。
「祭典の内容もすごかったけれど……。ケイブオッター族が可愛いわよね。フォレスタニア湖にも遊びに来ないかしら」
「魔界の海の民か。行き来はまだまだ限られてるって話だからなあ」
そんな話題も出ているな。
「仮想空間設備をフォレスタニアにも増設してやれば……ルーンガルドと魔界間で一般の人達同士でも気軽に触れ合うこともできるようになるかもね」
「素敵ね。音楽だとか文化面での交流もできそうだし」
と、イルムヒルトが俺の言葉にっこり笑う。
ダイブスポットの増設によって一般人同士の交流も可能になる、と。フルダイブ型のVRが登場して機器が高額だった頃はVRカフェ等も盛り上がっていたっけな。
ああいった形式を参考にするなら使用料を取ったりもできるだろうか。色々形式を考えないといけないな。
ともあれ、フォレスタニアは活気があって良いことだ。
そうして俺達は街中の巡察も済ませて、タームウィルズの様子も見ながら工房へと移動したのであった。
工房に到着すると、アルバート達も笑顔で迎えてくれた。
上映の仕事が首尾よく終わったということもあって、お互い労いの言葉をかけつつ、仮想空間についての打ち合わせだ。
実際の仮想空間のデザインを作っていくのは俺単独の仕事なのだが……アルバート達とは普段から色々一緒に作っているから、アイデアももらえるしな。
装飾品等のセンスにしたってみんなの方が良いし。
「――というわけで、色々案ももらっているんだけれど、これを踏まえた上でみんなの意見や案も聞きたいと思ってね」
各国の面々からもらった案を紙に記したものを机の上に置いて、みんなにも見てもらう、その上で色々と話をしていく。
「ん。共同の場所だから、景色がどうなるかはまず気になるところ」
仮想空間の景色を想像しているのか、シーラは目を閉じて思案を巡らせながらもそんな風に言った。
「景色なら……色々と切り替えられるようにしても面白いのではないかしら」
「ルーンガルドと魔界を繋ぐ場所だから、迷宮風というのも面白そうですわね」
クラウディアがそう言うと、オフィーリアも楽しそうに案を出してくれる。遠景については迷宮村も融通の利く場所だったから、クラウディアらしいアイデアと言えるな。
「切り替えっていうのは確かに面白いね。陸上だけでなく水中側でも外海風と水路風で、お互いの暮らす環境に理解が深まりそうだし」
「ティールさんが盛り上げてくれましたし、南極の風景も良さそうですね」
エレナが楽しそうに言う。それは確かに。色々な風景、環境を構築しても、訓練設備として応用が利くから無駄がないしな。
そんなアイデアに、ティールが嬉しそうに声を上げるのであった。