番外1832 仮想空間の活用法
食事がひと段落してからの歓談では選手達とも話をさせてもらったが、みんなティールがどんな訓練をしてきたかが気になっていたようだ。
この期間でどんな訓練を行ってきたのかと、俺とティールが揃ったところで質問してくる。
「まず、こうやって光の輪を連ねて簡易の水路を想定したものを作り、その中を行き来することで通常の体力作りをしました。それと並行して行ったのが……循環錬気による体調維持や回復の促進、それから……幻の中に入り込んで、実物と似たような仮想空間の中で訓練できるという設備を利用してのものですね」
俺が光のリングを空間に作り出し、続いてマルレーンがランタンを仮想訓練の外観やその中での様子を幻術で映し出してくれる。
その様子に「おお……」というどよめきが起こった。
そこで「こうやって泳いでた!」「格好良かった!」と口々に言うのは、マギアペンギンの雛達だ。そんな雛達の反応にみんなの表情も緩む。シャルロッテと一緒にカギリもにこにことしていたから、カギリの子供好きはマギアペンギンの雛も含むということだろう。
「仮想空間は夢や幻と思えないほど精巧で、空間内ではその時の身体能力も反映されるけれど……やはり夢の中のようなものだわ。結局体力や筋力の向上は実際の鍛錬を平行しなければならない、というわけね」
クラウディアが補足説明してくれる。
「なるほど。有意義な鍛錬を集中して行ったからこそというわけだな」
「当人の感覚や技量もあってのものだとは思うけどね。しっかりと準備してきたってのは伝わってきたよ」
ヴィジリスとリカリュスは納得したように頷き合っていた。ティールは少し照れているようであるが。
「個人的には……そうですね。魔王国側にも仮想訓練設備を作れたら面白そうだと思っています」
「ほう。何か考えがある様子だが?」
メギアストラ女王が興味を示す。
「ええ。仮想訓練施設をこちらでも使えるようにしておけば互いに研鑽するのに良いかなというのもあるのですが――」
ヴェルドガル王国と魔王国の間を、実際に行き来しなくても交流することができる場を作ることができる、と考えている。
これならば境界門を使わなくてもいいので、今までより交流のハードルが低くなる、という寸法だ。境界門はセキュリティ的に重要なものだから、大きなイベントならまだしも気軽に行き来というわけにもいかないしな。
交流の場は……そうだな。仮想空間にのみ存在する街などというのも面白い。
その考えを説明するとメギアストラ女王だけでなく、ジョサイア王を始め各国の面々も興味を示す。
「仮想の街か。面白いな」
「交流の場ですからね。現実に戻ってきた時に何かを持ち出せるというわけではないのですが、情報をやり取りすることのできる性質上から、親善の場としたり合同訓練をしたり学習をしたりといったことは可能ですね」
魔王国に作る分には既にフォレスタニアにある端末をこちらにも生やすだけだから、それほど手間もかからずに構築することができる。同じく迷宮の区画であるタームウィルズでも同様だ。
景久の記憶では、そういうコンテンツも色々あったっけな。VRでの仮想の街というのは。
正確に現実の街の構造を再現し、そこの市民としてアカウントを取って暮らすだとか、VR内ではあるが海外旅行ができるだとか。
「仮想空間では見た目を好きに作って、現実の姿とは違う姿を取るということも可能ですね」
「それは……仮面舞踏会のようで楽しそうね」
身分を隠して無礼講、というのに興味があるかはわからなかったが……そうか。仮面舞踏会のようなものだと言えば確かに。
というか、お忍びが好きそうな面々も多かったな……。その印象は間違っていないというか、そんな話をしたら更に興味津々で乗り気になった面々もいるというか。
海の民とも交流ができるように水路がある街が望ましいとか。目的から考えれば大型の建物があって人が集まって学べるような方が良いとか。色々と構想案も持ち上がっていた。
まあ、国内にいながら……。或いはルーンガルドにいながら魔界留学できるようなものだし、有望な人材同士の技術交流や親善が以前よりも気軽にできるということを考えれば、その意味するところは大きいだろう。
リカリュスやヴィジリス達も仮想訓練設備が魔界側にあるのなら是非使ってみたい、と乗り気な様子だな。
「では、この辺は帰って各国での上映関連の仕事の後で進めてみます。要望全てというわけにはいかないかも知れませんが、現状迷宮の力も余っている印象ですし」
「ほほう」
ティエーラがコルティエーラと共に管理者として収まったことでリソースが増している部分があるというか。余剰があるのは良いが、供給に消費が追い付かないとそれはそれで後々問題が出てくる。
全くの無策でいると、結局迷宮魔物や更なる新区画を増やしたりして迷宮が対応してしまうから、こういう拡張性のあるコンテンツは有難かったりする。仮想空間の拡張でユーザーが増えれば調整も効くしな。
リソースが寧ろ豊富になっている、というのは贅沢な悩みだと思うので、上手い活用法を考えていきたいところだ。
そんな話題で盛り上がった後は、ルーンガルドの海の民達が、魔界の海の民と一緒に歌や演奏で楽しんだり、泳ぎ方の話をしたり暮らしの話をしたり……色々なところで交流も進んでいる様子であった。
外海ではなく水脈で暮らしているということで、意外と共通の話題が出るのは地底の面々だったりするな。まあ、こちらは溶岩と海という違いがあったりするのだが。
俺達のところにもクシュガナの面々が挨拶に来てくれて中々に賑やかなものだ。ケイブオッター族は総じて子煩悩な種族ということで、子供達の顔を覗き込んで楽しそうにしている。
見た目がラッコだから子供達の方も興味津々といった様子で。手を差し伸べたところに指を握らせたりして。その感触にアイオルトが楽しそうな声を上げたりしていた。
「ふふ。ケイブオッター族の人達は毛並みが素敵だものね」
と、アイオルトの反応に楽しそうに笑うステファニア。当人達も毛並みの良さには自覚があるのか、誇らしげな反応である。
ラッコは防寒のために毛の密度が非常に高いというのは有名だが、だからなのか非常に手触りがいい。実際にケイブオッター族と握手をしてみるとなるほどと思わせられる部分だな。
そんな調子で魔界の面々とも交流させてもらってから、クシュガナに一泊することとなった。
「この場面も良さそうね。駆け引きの様子や顛末がよくわかるわ」
「こっちも主観映像の迫力があるわね。少し粗削りな気もするけど、だからこそかしら」
ローズマリーとイルムヒルトが映像を検証しながら言う。
「良いね。上映の時に盛り上がりそうだ」
割り当てられた客室で、みんなと共に映像を振り返り、各国で上映する際に使えそうな場面を更に増やしたりしながら、のんびりと寛がせてもらった。
現在中継している各所でも盛り上がりを見せているから、他の場所で上映した時の反応も楽しみだな。
タームウィルズやフォレスタニアでも木箱を荷船に見立てて路地を走ったりする子供もいたり、酒杯を合わせて歓声を上げている。湖で競争する海の民もいたりと水路レースの余波は中々に大きそうだ。
一先ず明日以降はオービルと共に、映像を追加する部分の解説を新たに入れたりといった作業をすることになるかな。それほど時間はかからないと思うので、各国での上映もそれほど間を置かずにできるだろう。