番外1829 熱狂と歓声の中で
止まらない。ギアを上げるにはまだ少し早いと思われた位置だったがヴィジリス、リカリュスもティールも、かなりのハイペースのままで突き進んでいく。
「内側から差し込んだかと思えば僅かな隙間からすり抜けて。再び差し返し。非常に高度な立体機動による技術戦と言えましょう」
「リカリュス殿も、ここまでの動きを見せることは過去ありませんでした……! ティール殿が好敵手故というのもあるでしょうな」
「実に楽しそうだな。祭典、しかも噛み合う相手故という部分は大きいだろう」
メギアストラ女王も楽しそうな笑みを見せ、その言葉に魔界竜達もうんうんと頷いていた。
「先行するのはヴィジリス選手。彼もさっきから速度を緩めていませんね」
「やはり技術戦ではリカリュス殿やティール殿に分がありますな。動きや荷船の制動を見るに、実直ながらも全力である事が伺えます」
先を行くヴィジリスに油断はない。船の制動にしろコーナーへの突っ込み方にしろ、自身に対応可能なギリギリを見極めて攻めているのは間違いない。
ティールとリカリュスに技術面で劣る事を認めた上で自身にできる限界に挑んでいる、ということだろう。その動きは危険、安全というよりも鬼気迫るという印象だ。
主観映像も凄まじい迫力になっていて、迫ってくる壁の連続はスリリング且つスピーディーなものだ。ティールとリカリュスの主観映像は立体機動なので慣れていないものが注視していると酔いかねない内容だが。
ストレート。しかしヴィジリスは追走してくるティールとリカリュスを引き離せない。大技が使えなければ圧倒するような速度は出せない。
もう使えないのか温存しているのか。それともストレートが短すぎて使うには適さないのか。
映像だけで判別はできないが、失敗例も見ていると使いどころを選ぶ難しい技というのは分かる。
ヴィジリスの大技は一度決まれば距離がかなり開く。にも拘わらず、リカリュスとの間で優勝争いになって結果が揺らいでいる理由も、このあたりにあるだろう。
一方で、それでもまだ追い抜かれない現状はヴィジリスの気合や矜持としか言いようがないというのがオービルの評だ。
「あれだけの気迫ならば闘気も魔力もうっかり連動してしまいかねませんね」
「ん。そこを自制しているのは流石」
グレイスやシーラが感心したように言う。
前を譲らず、そのままコーナーへ突っ込む。後数度のコーナーを経て、最後のストレートはそのまま都市部――クシュガナに突入して、水路駅に戻ってきてゴールというコースとなっている。
ラストスパートとばかりに3人はますます速度を上げて、先を相争う。リカリュスやティールも、ここまで来ると余裕はない。嬉しさよりも闘志を前面に見せているあたり、互いの気迫に引っ張られているのだろう。
ティールとリカリュスがついに追いつく。どちらかが前に出そうになるとヴィジリスが気合を以って水路を蹴って前に出て驚きの粘りを見せ、一瞬並んでは抜かれ、誰かが前に出て更に抜き返す。
実力は本当に伯仲している。ここまで来れば誰が勝ってもおかしくない。団子になったまま最後のコーナーを抜けて――。
「ここに来てもう一度か! 無茶をする!」
メギアストラ女王が声を上げる。
ヴィジリスの身体が水を吸って膨れたのだ。跳躍して噴出する構えを見せて――しかし跳躍も吸った水の量も最初の一回目より明らかに見劣りしている。本当に身体に負担をかける技なのだろう。
噴出して稼いだ距離と速度は僅か。それでも前に出てはいる。リカリュスとティールはストレートでの小細工はできない。愚直に前に突き進むだけだ。
割れるような大歓声と熱狂する群衆の声に後押しされて。三人はほぼほぼ横並びになったままでゴールを目指して突っ込んでいく。水路駅で広々としているから、お互いのラインを邪魔するものは何一つない。
二度目の跳躍で僅かでも強引に加速したヴィジリスと、高速でコーナーを抜けて立ち上がりが早かったティールとリカリュス。傍目にはほぼほぼその差はない。
「三者とも譲りません……! 最終盤にこの激闘は素晴らしいものです……!」
「誰が来てもおかしくはありませんぞ!」
誰かが前に出ればそれに触発されるかのように速度を増し合い、前へ前へと出ようとする。
「おおおおっ!」
大歓声の中で咆哮し、雄叫びを上げ。ゴールラインを突き抜けて駆け抜ける。
「際どい……!」
最後の最後、その瞬間まで、三人は速度を緩めようとはしなかった。体力の限界であったのか、フォームが崩れてしまった者はいたが、それでも各々自身の持てる全てを以って勝ちを目指していた。
ゴールラインをトップスピードで突っ切ったその後は、3人とも本当に全てを振り絞り尽くしたというように脱力し、ただただ水路に流されるがままになってしまう。轟くような歓声の中、すぐに係の者達が気遣うように彼らの身体を支える。
「いや、実に素晴らしい内容でした。まずは3人の敢闘に敬意を表したいと思います。そして今のは――誰が最初にゴールしたのか、非常に判断の難しいところでしたね」
「そうですな。まずは主審達の判断を待つことと致しましょう」
「うむ。魔道具の確認と判定をしなければならないというのもある」
そうだな。ゴールラインの判定も可能にしてあるが、それは俺達が持ち込んだ技術で後付けだし。必要であれば補助的に使う、というのが良いだろう。
レース中、反則によるペナルティがなかったかについても魔道具を確認して判断しなければならないということで、早速魔道具の回収と確認が行われていた。
レース中のティールの術式行使も問題なかったようで、魔道具に反応がなかったことを示すために荷船から取り出されたそれを、周囲から見えるように翳したりしていた。
それに対して観客達が沸き立ってくれているな。
「3人とも、魔道具の判定に問題はないようですね。かなり疲労困憊なようなので、そちらの方が些か気がかりでもあります。体調が悪くなるようでしたら、僕も協力させていただきましょう」
「それは安心できるな」
メギアストラ女王が笑顔で頷くと、観覧席のみんなも笑顔になり、観客達も魔王都、クシュガナ、迷宮中枢問わず喜びを露わにしていた。
ここから見る限り、生命反応の光に遜色はないが……循環錬気でできることもあるだろう。3人とも精も根も尽き果てたといった様子で身体を休めているし。ただ、水路駅に案内された場所に一塊に座って楽しそうにしている。
「流石に……今回はくたびれた」
「ああ……。俺としたことが……楽しくて、途中で、没頭し過ぎたよ……柄じゃあ……ないんだが……」
水噴出の技を2度も使った反動か。足や腹部といった甲殻に罅が入っているヴィジリス。リカリュスも息も絶え絶えといった様子だ。
途中のティールとの技術戦に没頭し過ぎた、ということだろう。体力を使い果たしながらも滑り込んだのか、最後は体勢を崩しながらゴールに突っ込んでいたしな。
そんなヴィジリスとリカリュスの言葉に、ティールも突っ伏したまま声を上げる。「楽しかった」と、翻訳の魔道具で伝えて……お互い楽しそうにしていた。
さて。このレースにおいてどのような状態がゴールと定義されるのかについてだが、これも祭典の理念に基づいて決められている。つまり荷を目的の場所に無事送り届けるまでだ。選手の身体ではなく、荷船全てがゴールラインを超えた段階でゴールとなる。
3人の魔道具に問題がなければ、最終的にはそのルールに基づいて審判達から判定されて順位も決まるはずだ。