番外1827 選手達の闘志に
クシュガナから続く水路を抜けて、次の都市へ。水路駅前の広々とした舞台で、ティールは嬉しそうに泳いでヴィジリス、リカリュスのいる先頭集団の、やや後方につける。
ヴィジリスとリカリュスはやや後方に視線を送る。リカリュスが楽しそうににやりと笑い、ヴィジリスはシュリンプル族なので表情だけでは感情が分かりにくいものの、触覚が少し反応を示していた。
「ヴィジリス殿は機嫌が良さそうですな」
オービルが教えてくれる。シュリンプル族にも普段から接しているから、触覚の動き等のちょっとした所作から細かな機微が分かるのだろう。俺達がシーラの耳や尻尾の動きから何となく機嫌や感情が分かるのと同じだな。
さて。そうやって下馬評通り強い選手が前に出てきたことで、水路駅の面々も大盛り上がりだ。ティールは無理のない範囲で速度を上げて先頭集団に時間を使って追いつく構えのようで。嬉しそうに泳いでいるが冷静に動いているというのが分かる。
マギアペンギン達の同族によると、海でのティールはいつもそう、とのことだ。楽しそうに泳いでいたり狩りに集中しているように見えて、仲間の動きや周囲の敵に気を遣っているという話で。
囮を買って出た時も最初に気付いたのはティールであったらしい。
実際、訓練や実戦でもティールは動きがいいしな。視界前方にトップを捉えた今も、前との距離や相対速度を正確に測って無理することなく追いつけるように冷静に調整しているようだ。
それでも都市部は広々とした直線だ。水路の流れも相まって、ティールも含めて全員の速度が上がっている。高速で水路を横切っていく選手達は相当な迫力で、水路駅周辺に集まって生で観戦している住民達は、大歓声を以ってそれに応える。
横切っていく姿も良いが、主観映像も……相当なものだな。水を切って突き進む先頭の選手からの映像の迫力は大したものだ。
選手達はそのまま都市部を駆け抜けて、都市内壁に空いたトンネル部分――水路内に次々突っ込んでいく。
ここからテクニカルな専用区画に突入していくというのは、ここに来るまでで凡その実力分けがなされるからだろう。各々の技術と体力のレベルに合わせて前に出られる者は前へ。
然る後に実力者同士で争うことができるコースの作りになっているのが分かる。
「さて。競技専用の区画がここから増えてくるわけですが……この区画にしても、配置されている場所等、色々と考えて練られているのが伺えますね」
「うむ。平常時は管理用として使われている通路だな。先人達が祭典で使うことも想定して作っている」
これからのコースについての解説の話題を振るとメギアストラ女王が応じる。
非常時は迂回路としても使えるが、急流であったり曲がりくねっていたりと水路に慣れていなければやや使いにくい上に封鎖自体も容易だ。魔王都に近いクシュガナ周辺の水路が比較的広く、兵力の展開がしやすいこともそうだが、祭典での運用と併せて、国防面でもよく考えられている。
先頭を走る選手達は都市部を抜け、再びトンネル内へ。ティールも競技用区画突入前に合わせて戦いになる位置につけてきている。
ヴィジリスとリカリュス、他の選手達も……ペースを合わせて温存しつつ勝負所を見ているといった印象の動きをしているな。
とはいえ、ここからの順位維持には技術も問われる。振るい落とされれば容赦なく置いて行かれるだろう。
競技用区画に飛び込んでいく彼らを皆で見守る。すぐに右に左にと、曲がりくねるような構造に様相が変わった。船を制御しながらここで速度を競うというのは、中々に大変そうだ。
こういった構造が得意なのはやはり、リカリュスだろう。速度を変える事なく、自身が流体のように身体をくねらせ、高速で曲がりくねる水路を突き進んでいく。
様子見としてのペースは維持したまま涼しい顔でそれをやってのけるのだから大したものだ。それによって抜かれる者達も出てくる。リカリュスもペースを保っているので極端に前に出るわけではないが、これが積み重ねられれば先頭集団でも次第に引き離されていく者も増えていく。
この辺、優勝候補として名が挙げられる由縁だろう。
ティールもまた曲がりくねったこうした水路をクリアしていくのは苦ではないようだ。大きめの荷船の制動も完璧。その動きには危なげがない。
ヴィジリスは――リカリュスに比べればやや技術面では劣るという前評判であったが、こちらもやはり見ていて堅実というか安定性がある。まだまだ余裕があるということだろう。
その3人に、見劣りしない者も先頭集団には幾人か。流石にレベルが高い。
「勢いを保ったまま、連続で曲がる区間を抜け、短い直線に入ります。立ち上がりは――皆完璧ですね。素晴らしい動きです」
そんな解説と中継映像に応えるように住民達も拳を突き上げ、歓声を上げる。高速で連続コーナーを抜けていく選手達の映像は、主観、客観を交えたもので、スピード感もスリリングさも満点だ。疾走感と共に壁が迫ってきたかと思えば、華麗に曲がって抜けていく。その様を見ているとジェットコースターに乗っているような感覚になるな。
こうした映像に慣れていない水脈都市の住民達はモニターからの映像に合わせて身体を傾けている者もいたりして。
レース系のゲームに不慣れな人を彷彿とさせる様子で中々に微笑ましい。
短い直線を過ぎ、次の緩いコーナーを抜ける。分岐点があり、片方は上に向かって伸びる坂。もう片方は下り坂だ。係の者が分岐点に立っていて上り坂に向かうように指示を出していた。
水流は上り坂ではなく脇道の方にそれて途切れているので……純然たる体力勝負を強いられる区間となる。そのあたりも解説していく。
「十分に高度を上げたら今度は下りに入り、高速を維持できる区間が続きますね」
「そうですな。経験から申しますと、体力の消耗と温存。そこからの回復で終盤戦に向けた準備と共に高速での攻防が見所になるかと」
身体をくねらせ、水路の床を蹴り、水をかき分けて選手達は進む。先頭集団でもペースについていけずに、やや遅れ始める者も出てくる。
体力勝負という点では武官として日々鍛えているヴィジリスに分があるか。体格の小さなリカリュスは逆に不利かも知れない。ティールの体力については……折り紙付きだ。
色々な面でバランスの取れているコースだ。様々な能力を試して種族ごとに極端な有利が出ないようにしている。
「くっ……!」
ヴィジリスに抜かれ、リカリュスやティールに段々と背後から迫られ、若手の選手が焦りを滲ませた表情で漏らした声をカメラの一つが捉える。長く続く水流のない上り坂で苦しそうにしている者もいて、先頭集団の中でも明暗が分かれてきた感がある。
そんな選手達を鼓舞するようにモニターで観戦している観客達から声援が飛ぶ。それぞれの選手の名前を呼ぶ者もいて、個別にファンがいるのも分かるな。選手達が苦しそうな局面だからこそ拳を握って応援しているようだ。
力強く水路を泳いで登っていく者。苦しそうに表情を歪ませる者。やや遅れながらも闘志を漲らせている者。選手達の様子はそれぞれ違うが諦めているような者は一人もいない。不利であっても上り切れば体力の温存と回復を図る事もできる。他の選手の争い方如何によっては再びチャンスが巡ってくることもある。
やがて長い長い上り坂が終わりを見せる。駆け抜けるように頂点に達した選手が咆哮をあげ満を持して下り坂へと。水流も――下り坂に入ってしばらくすると脇の穴から注がれ戻ってくる。こうやって高所から水流を下り坂へと流し、全体の水流を保ってもいるのだろう。落ちていた速度を取り戻すように、選手達が一気に加速していく。