番外1823 祭典の開幕
水脈都市に向かって出ると、同行している面々から歓声が起こった。
地上部分から出口を抜けると広々とした空間に出て、上の方からクシュガナの水脈都市部分を目にすることになるから、眺めは抜群なのだ。
水の中に揺らぐクシュガナの煌めきは……中々に幻想的で綺麗なものだ。
「文化や建築様式は違えど、良いものだな」
「水中都市を目にすると高鳴るものがありますね」
エルドレーネ女王とロヴィーサがクシュガナを目にしてしみじみと語り合う。海の民の琴線に触れる光景でもあるようだ。
「陸に住んでいる身としても、確かに水中の都市は綺麗だと思います」
「確かに、グランティオス王国に行った時も都市部の明かりは幻想的で素敵でした」
俺やアシュレイが言うと、ルーンガルド、魔界を問わず海の民達が嬉しそうな笑みを見せる。
元々水守りであるエルドレーネ女王やロヴィーサとしては、水脈内部の環境魔力についても言及していた。
曰く、環境魔力は荒々しい力強さを感じる事に変わりはないが、水質は清浄で水守りとしては言うことがない、とのことだ。
水脈は閉鎖されているように見えて外海から水流が流入しているし、内側に住んでいる海の民も浄化や維持に気を遣っているからな。この辺りは魔界の海が過酷だからこそ地下水脈を大事にしている証左だろう。
さてさて。そんな調子でエルドレーネ女王やオービル達と水脈内部についての話をしつつ、都市内部に向かって降下していくこととなった。
水路レースに合わせる形で、荷船に乗っての移動だ。みんなで都市遊覧用の荷船に乗り込み、体温低下を防ぐ術式が施された魔道具も用い……シュリンプル族の牽引してくれる船に乗り込んで進んでいく。ティールも選手として参加するが、競技用の荷船を牽いているので、俺達と同じ船には乗り込まずに横を泳いでいる。
まずは祭典開始の宣言の際にメギアストラ女王から紹介するということになっている。荷船を身に着けてみんなと一緒に移動だ。
都市上部を移動していると、クシュガナの民が歓迎するというように大きく手を振って歓声で迎えてくれた。
俺達も大型の荷船から手を振ってクシュガナの面々に答えつつ、荷船は城からの武官に迎えられ、城の上層部に作られた船着き場に向かって降りていく。
クシュガナ城には水路駅を一望することのできる大きな城内庭園がある。色とりどりの珊瑚が育てられ、巨大な真珠の二枚貝が開かれた状態でインテリアとして置かれて……庭園自体も見所が多いが。
俺達が通されたのはその庭園の一角。広々としたバルコニーのような場所だった。
賓客が多いので、そこから観戦するということになるな。大型の水晶板や魔道具類もそこに運び込まれている。
広々とした庭園の一角には演説用に特設の舞台やら、ソファ、テーブルやらが持ち込まれていた。バブルシールドのような泡で囲われた観覧席は陸の民用ではあるが、食事も可能だし、濡れた衣服もすぐに乾かすことができるよう、きちんと術者を揃えたりしている。
俺達も案内された席に着いて一安心といったところだ。
「無事到着したね。みんなもありがとう」
「このまま身辺警護は続けさせてもらうが、一先ずは何事もなくて何よりだ」
そう言うとテスディロス達も少し笑って頷く。魔道具の準備、中継と録画の準備が整ったところでメギアストラ女王を見て頷く。
するとメギアストラ女王も満足そうな笑みで頷いて応じ、水路駅やクシュガナに集まった民衆に見えるように壇上に立つと大きな歓声が起こった。
宙に浮いたメギアストラ女王が――人化の術を解いて竜の姿を露わにすると、クシュガナに集まっている面々が大きな声を響かせてそれを迎え、喜びに沸き立つ。
メギアストラ女王はしばらくそれを静かに眺めていたが、やがて大きく頷き、翼をゆっくりと閉じて壇上に音もなく降り立ち首を巡らせる。人々の歓声も落ち着いていったところで、メギアストラ女王が口を開いた。
「――まず、今日という日を迎えられたことを喜ばしく思う。ここからこうして皆の顔を見れば、そなた達も祭典を心待ちにしていたことが分かろうというものだ。余もまた、ここに集まっている皆と共に祭典を楽しませてもらおうと思っている」
メギアストラ女王が首を巡らせれば、水脈都市の皆が湧きたつ。そんな反応に口元に笑みを見せ、落ち着いてくる頃合いを見てから更に言葉を続けていく。
「そなた達の日々の努力と働きにより、我が国の兵が飢えることもなく、民が魔物にその身を案じることなく移動することができているのだ。その働きを喜ばしく思う。今日という日の祭典はそんな働きの中で培われた技術を人々に見せ、更に切磋琢磨していく良い機会とも言えよう。また、今年の祭典にはルーンガルドのヴェルドガル王国より、マギアペンギン族のティールが特別参加をしている。ティールはこれへ」
名前を呼ばれたティールがこくんと頷き、壇上へと上がる。歓声で迎えられてやや緊張しているようだが、それでも動きは堅くない。
メギアストラ女王の脇まで行くと、ぺこりとお辞儀するように首を動かし、翻訳の魔道具を通して声を上げる。
今日はよろしく。一族みんなの代表として恥ずかしくないよう頑張ってきたので、今の自分にできる泳ぎを見せたい、と。そんな意味が込められている。
「とまあ、当人もやる気だな。泳ぎの巧みさについては相当なものだと言っておこう。魔界とルーンガルドとの間で更に交流と親睦を深めるにあたっても好機であろう。皆、今日の祭典を存分に楽しんでいって欲しい」
メギアストラ女王がそう言って、祭典の開幕が宣言される。水脈都市に響くほどの歓声が巻き起こった。
メギアストラ女王は満足そうにその反応に頷くと、再び人化の術を使って人の姿に戻る。ティールもこれから水路駅に向かうが、その前に俺達のところにやってきた。
行ってくる、と声をかけてくる。
「うん。やれるだけの事はしてきたんだ。楽しんで来るといいよ」
「応援していますね」
俺達がそう言うと、ティールが声を上げる。
「ふふ。今日の日の為に頑張ってきたものね」
みんなもそう言って、いってらっしゃい、応援しているとティールに声をかけて送り出す。ティールは元気よく頷くと、クシュガナの武官や女官達に先導される形で水路駅に向かって泳いでいった。
『いよいよだね』
『ええ。楽しみです』
水晶板の向こうで中継映像を見ているユイやサティレスも笑みを浮かべていた。オウギがお茶を入れたりして、観戦モードになっているガーディアン組である。
さてさて。開幕の宣言もきちんと映像として残せたところで、俺も中継を頑張らせてもらおう。ティールの動向やそれに対する反応、水路駅やクシュガナの街の人々の様子といった部分を映像として映させてもらう。
『おお、来たなティール』
『待っていた』
ティールの到着を迎えるのはリカリュスとヴィジリスだ。優勝候補と目される二人がティールを出迎えたことで、水路レース参加者からも少しどよめきが起こった。
ティールも改めて今日はよろしくと声を上げる。そんな様子を眺めながらも解説を始める事にした。
「では――解説を始めましょう。僭越ながらルーンガルド側代表として解説役を務めさせていただきます、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアです。今日はよろしくお願いいたします」
「陛下からクシュガナ代表として協力するようにと仰せつかっております、オービルです。こちらこそよろしくお願いいたします」
「中継のお手伝いをするセラフィナだよ。よろしくね」
俺とオービル、セラフィナ。各々の顔を少し映し、一礼してから解説を続ける。
水路駅では祭典の運営側が参加者の確認をしているところであった。本人であることや、荷船にきちんと魔道具が組み込まれていること等をしっかりと確認している。
今水路駅で行っていることの解説をしつつ、オービルに尋ねた。
「競技に際しての開始時の順番は――抽選で決める、とのことですが」
「そうですな。公平性を期すために魔道具を利用しております。駅の広場に水晶があるのが見えるでしょうか?」
オービルに尋ねると、そう答えてくれる。あの水晶で順番を抽選するとのことだ。差し当たってはティールやリカリュス、ヴィジリスのスタート時の位置は気になるところだな。