番外1821 水脈都市へ向かって
クリアするのが難しいコーナーといった難所や、水流が一時的に強まったり弱まったりする場所はどこか。有力選手についても幻影を交えて予備知識を伝えていく。
リカリュスの三日月形の体毛やヴィジリスの甲殻の色といった特徴的な部分は記憶できていても、ケイブオッター族やシュリンプル族の細かな部分はまだ見分けが付くわけではない。そこはボルケオールが補う形で幻影を出してくれたので正確な姿だろうと思う。
「他に有力な選手としては――」
期待の有望な若手等、何人かの選手の姿をボルケオールが映し出してくれる。実力を伸ばしてくるようなことがあれば優勝争いにも絡んでくるし、少なくとも先頭集団には躍り出てくるだろうからティールも戦うことになるだろう。
とはいえ……個別に対策と言い出したらあれもこれもときりがない。リカリュスとヴィジリスが違うタイプで各々実績を出している一線級の選手なのだから、そこに対抗できるというのを理想像として訓練を積み重ねていくことで、基礎的となる地力もついて全体的な対処能力も上がるはずだ。
ボルケオールもこの選手は駆け引きが上手い等々、選手の強みと共に見所が増えるように盛り上げてくれている感があるな。
「とはいえ、私個人が解説できるのはここまでですな。選手として参加しているわけではないので水脈都市で観戦したり評判を聞いたりした程度で、各区間の見所等となると難しいものがあります」
ボルケオールが言う。ファンゴノイド族全体の記憶ではまた違う、ということだろうな。
水路の各区間の特徴については……俺も実況や解説ができれば面白いと提案し、実際にはこんなことをするのだと伝えてみたところ、一緒に観戦する面々に対してだけでもいいので解説を頼めないかとメギアストラ女王から打診を受けていたりする。
というのも、コースについてはトレーニングに合わせて研究していたからな。この部分はうねりがついているので高速で抜けるのが難しいと思います、などと分析結果をそのまま伝えていったわけだが、それが結構的確だったらしく。
的外れでないなら、後は多少詳しい人材と打ち合わせれば解説になるだろうという判断だ。一緒に同行している面々に解説し、必要なら編集して各国での放映に際して解説をつけるといった具合だな。
オービルも協力してくれるということで……打ち合わせがてらトレーニング中の様子を本番同様に実況してみたが……当人は実際に若い頃、水路レースに参加していたということで、中々悪くない感触だった。
実況自体は魔道具の操作をしながらでも問題なく可能だし、自分から提案した手前もあるのでそうした解説もしてみることにした、というわけだ。
同行している面々と観戦しながらの解説になるので、その都度疑問や質問に俺やオービルの見解で答えることもできるし、気楽に進めればいいという内容ではあるが。
「ふふ。私達としても楽しみです」
「そうね。疑問に思った事は気軽に聞いても大丈夫みたいだし」
グレイスが微笑むとクラウディアも楽しそうに笑った。
「そうだね。中継には乗せたくないとか、何かしらの問題がありそうっていう場合は中継や放送に乗せる前に編集すればいいわけだし」
音声の切り貼りに追いかけ再生といったことはセラフィナが協力してくれれば何とでもなるからな。セラフィナに魔力で合図を送り、リアルタイムで収録したくない音声を中継に届かなくするだとか、挙手しての発言は中継に乗せるだとか、そういった事もできる。
まあ、そんなわけで魔道具の動作確認がてら、みんなの予備知識を増やしたりしながらもティールにも循環錬気を行い、魔王城での時間はのんびりと過ぎていった。
明日からのクシュガナ訪問と水路レースも楽しいものになりそうだな。
広間から、割り当てられた城の一角に移動。そこに作られた臨時のサロンでみんなと一緒に過ごしつつ、ティールへの循環錬気ものんびりと進めさせてもらった。
ティールに関しては……先程広間でも言った通り、良い仕上がりだと思う。気力、体力共に充実していて、魔力も研ぎ澄まされている。
「いいね。この状態なら、当日もかなり良い状態で臨めそうだ」
「ん。万全な状態で参加できるなら良い事」
「大舞台に挑む時は、楽しんでくるというつもりで行くのが良いわ。集中して前向きだと良い結果になるものよ」
俺の言葉に続いてシーラとローズマリーがそう言うと、ティールはこくこくと頷いて声を上げる。「頑張る!」と率直な反応で気合を入れている様子で、そういう素直な反応にはみんなも表情を綻ばせているな。
やがて頃合いを見て循環錬気を切り上げる。今からなら本番に影響も出ないだろうという余裕を見てのタイミングだな。
「良し……。こんなところかな」
そう言うと、ティールは「ありがとう!」と元気よく礼を言ってきた。俺もそんなティールに笑って頷く。
マギアペンギン達もティールに応援の声をかけたりして。仲間達に囲まれてテンションを上げているようだ。
雛達の上げる応援の声は特に嬉しそうで近くに来た子をフリッパーで抱きしめるような仕草を見せていた。そんな様子ににこにことしているシャルロッテである。
さてさて。魔道具の点検やティールへの循環錬気も終わったし、今日のところは俺もすべきことは終わったかな。後はみんなと一緒にゆっくりしていても問題なさそうだ。
マルレーンが練習していたリュートの演奏を聞かせてくれるということなので、みんなで一緒に鑑賞会だ。
マルレーンの楽器の腕前はイルムヒルトから教わっているということもあって、前より腕前も上がっている。呪歌、呪曲を使う面々が多い影響か、演奏にも魔力を乗せるようにしているということもあって、マルレーンの演奏は素朴ながらも神秘的な魔力が広がり……聞いていると落ち着くような感覚がある。
静かな夜に感じるような安らぎというか……。流石に呪曲としての効果があるほどではないが、この辺はマルレーンの巫女としての力や魔力資質が影響しているな。
夜に活性化するセラフィナは相性が良いのか、耳を傾けながらも楽しそうに足をパタパタと動かし……オリヴィア達も安らいだ様子で耳を傾けて心地良さそうにしていたが……その内目を閉じて、安らかに寝息を立て始める。あどけない寝顔が何とも可愛いものだ。
「ふふ。良い音色ね」
ロメリアを腕に抱えながら、イルムヒルトもにこにこと微笑む。ソファで寛ぎつつ、みんなと手を繋いで子供達とも循環錬気を行いつつ時間が過ぎていくのであった。
さて。そうして明くる日。朝食をとった後はクシュガナに向かって移動していくということになった。
魔王国側も護衛隊を準備して周囲を固めてくれているが、だからと言って自前で護衛しないというわけにもいかないからな。陸路での移動で万一の事が起こらないよう、テスディロス達も気合を入れてくれているようだ。
「ティールさんは今日の主役ですからね。クシュガナまでは私が専属で護衛に当たりますので、よろしくお願いしますね」
オルディアがそう言うと、ティールも「よろしく」であるとか「ありがとう」といった意味を込めて声を上げる。
オルディアは能力的にも防御能力が高いからな。護衛にはうってつけだろう。同じように防御能力の高いオズグリーヴは、煙を薄く広げて周囲の警戒に当たる方向で動いている。
勿論、魔王国の護衛隊も精鋭揃いのようで。騎士団長のロギが真剣な表情で部下達に指示を出したり、報告を受けたりしていた。
いつでも移動できる準備が整ったとのことで。ロギから報告を受けたメギアストラ女王が頷く。
「こちらの用意は問題ない。ルーンガルドの皆はどうかな」
ということなので確認を取ると各国の面々からもいつでも大丈夫という返答があった。というわけで、護衛に守られる形で移動していく。俺達を乗せた車列を牽引するのは岩石のような体表を持つ甲殻竜と呼ばれる種族だ。
ルーンガルドで言うところの地竜の変異種を騎獣として使っているそうで。見た目はいかついが目は丸く、割と人懐っこい気質らしい。
さてさて。防備はしっかりとしているし、王都近隣だから問題はないとは思うが……もし凶暴な魔物との遭遇があった場合、魔王国軍も含めて怪我人が出るのは見たくないからな。俺達も気合を入れて警戒網を広げつつクシュガナまで移動していくとしよう。