250 その目的は
あれこれと善後策を思案しているとノックの音が響いた。
「どうぞ」
ステファニア姫が入室を促すと、初老の男が入ってくる。
身形の良い、身分の高さを窺わせる人物であった。
「これはステファニア殿下、ご機嫌麗しゅうございます。ようこそいらっしゃいました」
「ご無沙汰しております。スタンリー卿」
スタンリーは愛想良くステファニア姫に挨拶をする。
「お見舞いに来てくださったと伺いましたが」
「はい。エベルバート陛下のお加減はいかがでしょうか」
ステファニア姫の言葉に、スタンリーは瞑目する。
「陛下の容態についてはやや難しいところがありましてな。私共としても、滅多なことが言えないのです。しかし、ステファニア殿下のご希望にはできる限り沿えるように働きかけましょう」
「よしなにお願いします」
ステファニア姫が一礼すると、スタンリーは僅かに相好を崩す。だが、すぐに表情を真剣なものに戻した。
「面会には陛下のご意向を確認し、典医と相談のうえで具合の良い日を選んでという形になります。そのために今の時点では確約できないところがありますが……」
「ご意向と仰いますと?」
「ご自身の弱ったお姿を見せたくないと仰られる可能性があるということですな。しばらくの間、公の場にも出ておられません」
「……そうだったのですか」
それは確かに……使者が会えなかった経緯とも合致する返答ではあるか。
「しかし、陛下のご意向については、お伝えするのに然程時間もかかりますまい。現在の状況を知らせねばならないと、一足先に私から説明に上がった次第です」
そうだな。断るにしたって、ただ待たされただけで会えないと説明されるよりはずっと納得もできる。しかし、断られた場合は少し面倒になるかも知れない。それが本当にエベルバート王の意向かどうか、確認できないからだ。
「お手数おかけします。実はシルヴァトリアを訪れるにあたり、私達でも何かお力になれないかと、治癒の術に通じる者達を同行させてきているのです」
「ほう」
スタンリーは目を丸くする。
「勿論、シルヴァトリアにおける魔法の水準の高さは、私も存じております。ですが治癒魔法だけではなく、呪曲や月女神の祝福など……通常とは異なる技術体系ならば、或いは快方に導くための一助となるかとも思いまして」
「そうでしたか。いや、ヴェルドガルに名高きタームウィルズは人材の宝庫ですからな! すぐにその話を伝えましょう!」
スタンリーは護衛の兵士に、ステファニア姫の言葉を伝えるようにと告げる。兵士は敬礼すると貴賓室を出ていった。
実際に様々な系統の治癒の術を持っているというのは本当のことだ。こちらとしてはボロも出ないし、ステファニア姫と共にエベルバート王に面会する理由ができる。
逆に……これを断るのならエベルバート王が公の場に姿を現さないのは、別の理由である可能性が高まるということだ。
相手の意向に探りを入れつつの一手というところだが……さて。
スタンリーの言葉通り。エベルバート王からの返答は、それほど長い時間を待たなかった。
「陛下は是非、ステファニア殿下にお会いしたいと」
戻ってきた兵士に報告を受けたスタンリーは笑みを浮かべてそんなふうに伝えてきた。
……となると、病床という話は本当ということになるか。
「それは良かった。お会いになっていただけますか」
「ステファニア殿下の訪問を、喜んでおいでということですぞ。勿論、お供の方々も一緒にと」
「では、今日のところは町へ戻り、面会の日を楽しみに待つとしましょう」
そう言ってステファニアが宿の場所を伝える。
スタンリーは上機嫌な様子だったが、ジルボルト侯爵の護衛について話が及ぶと、一瞬だけ表情が曇った。この人物も、王太子に対して何か思うところがあるわけか。
スタンリーはステファニア姫の滞在する宿に、城からの使者を送るということで王城での話は終わった。王の具合を見ながらという話だったが、ステファニア姫を歓待する席を設けるという面もあるのだろう。
もっとも宿には影武者であるアンブラムが泊まる形なのだが。
影武者の身辺警護をするのは、エルマーの部下達だ。彼らはアンブラムを知っているし、ジルボルト侯爵への忠誠という点で潔白なので、情報開示は別段マイナスにならない。
ジルボルト侯爵の別邸に戻り、早速王城での顛末を待機していた皆に話して聞かせる。
「まずは、順調な滑り出しというところかしらね」
クラウディアが俺を見て言う。
「そうだな。会わないと分からないことは多いし」
まずはエベルバート王の考えと、病状の確認をしないといけない。操作されているだとか魔法生物や魔人やらが成りすましているだとか、そういう可能性は真っ先に把握したうえで排除しておきたいからだ。
呪法や魔法薬の類は月女神の祝福と破邪の首飾りで対抗策が取れる。操作、或いは偽者の可能性。これも循環錬気で判別が可能だ。ドッペルゲンガーの実物を知っているので、変身した後でも違いを判別できる。
「面会の見通しが立ったのは良いけれど。私としては、どうしてザディアスがあれこれと動いているのかが気になるのよね」
ローズマリーは首を傾げる。
「と言うと?」
「王太子の立場であるなら、普通に待っていれば王の座は手に入るもの。野心があったとしても、それを隠さずに動くような真似をしては、ザディアスの王位継承には不利になるだけでしょう」
そう言って、ローズマリーはマルレーンに視線を送る。マルレーンは神妙な面持ちで頷いた。
ローズマリーの場合は、その目が薄かったからこそ正攻法を取らず、野心も隠さなかった。対してロイは自分を目立たせないように立ち回った部分がある。
黙っていれば安泰なのなら、野心を抱えているにしても王位を継承してからのほうが、合理的と。まあ、そういうことになるわけだ。
「目的は……最初から王位継承とは別のところにあるのでしょう」
「うん。それはグレイスに同意だ。廃嫡を恐れていないなら、もしもの時は簒奪を考えているかも知れないし」
ザディアスは王位継承そのものは当たり前のものとして享受している。だからこそジェムによる国民の管理なんてことを思いつくのだろうし、そのための準備も進めているのだろう。
「エベルバート陛下の治療のためというのは……考えにくいでしょうね。あんなやり方をしなくても、事情を話せば協力してくださる人は多いでしょうし」
とアシュレイが言う。これは自分ならばというところか。それも発想法としては大事だな。
エベルバート王の容態が極秘事項であるというのなら最初から使者に明かさない。なので事情を話せないという線はない。
「エベルバート王が昔から難病を抱えていたと仮定するなら……一応可能性としては通るかな? 例えば家系的なものなら……自分のために必死にもなるかも知れない」
ただ、それもザディアスの諸々のやり口を無視すればだが。
現にテフラはやや怪訝そうな面持ちだ。
「テフラが納得いかないのは分かるよ。俺も、一応の可能性を考慮して潰しているだけだから」
「ふむ。我には人の子の考えというのは、よく解らん。まあ、テオドールは信用しておるが」
「うん。私も助けてもらったもん」
テフラの言葉に、その肩に乗っかったセラフィナが頷く。ん。まあ、信頼にはきっちり応えたいところではあるな。
「お2人はどう思われますか?」
ステファニア姫に水を向けられて、ジルボルト侯爵が答える。
「エベルバート陛下の容態について、詳しいところは王宮のごく一部の者しか知り得ませんでしたから……。ですが、私に与えられた仕事は諸侯の弱味を握ることです。あまり治療とは関係が無かったように思えますな」
「……思い出しました。それについては建前でと言っていましたね」
腕を組んで考えていたエリオットが口を開く。
「建前?」
「治療のための研究だと言えば、ある程度行動が自由になると。側近の黒騎士にそう言っていたことがあります」
「なるほどね……」
目的についてはともかく、今までのことについては少し納得できた部分もある。
強引なやり口を正当化するためにエベルバート王の治療を建前にすると。ザディアスの行動が許容されたのも、そのあたりが理由かも知れない。治療のためだと抗弁されたらザディアスを強く罰するのは心情的に難しいだろう。
手法についてもそれは同じ。治療のための方法を持っているのに出さないと因縁を付けて賢者の学連の情報開示を迫る。それは民のためにもなると強弁することもできるだろう。王家の問題だから外に向かってはそういった情報は開示されない。それでも……結果としてザディアスの悪評は広まったが。
問題はそこからだ。ザディアスの行動はそんな建前で許容される範囲を遥かに逸脱している。だからこそ治療という建前ではカバーし切れない部分をやらせるためにジルボルト侯爵を使って秘密裡に工作活動を進めたのだろう。
本来ザディアスの膝元にいるはずの黒騎士に派手な動きをさせては、エベルバート王に企みが漏れる可能性があるからな。
「となれば、やっぱり賢者の学連が抱えていた秘密やら、ザディアスの進めている研究やらが、奴にとって余程の旨味があることなんだろうな」
「私も、そっちのほうが合ってると思う」
シーラの言葉に苦笑する。
「エベルバート陛下とザディアスの協調は?」
「んー。現時点ではその可能性も薄いかなって見てるけど」
ザディアスが裏で建前だと言い切ったことや、あっさりと見舞いを受け入れたあたりから判断してのことだ。
だが、イルムヒルトの口にした点はある意味ザディアスの動向以上に重要な点だ。その部分はしっかりと見極めないといけない。
とはいえ、これ以上のことは当人達を見て判断するしかあるまい。エベルバート王との面会もそうだが、王城からの使いが来るまでの間にザディアスの動きもあるだろうしな。




