番外1818 魔王城での歓待
魔界迷宮でも引き続きティアーズ達が護衛についてくれた。
魔界迷宮でティアーズ達に相当するのは流体騎士団だが、彼らの情報や性質は秘匿しているので。
だから待機中の見た目もそれほど奇異なものではない。人型だし甲冑を纏った騎士人形のような姿。或いは建造物やちょっとした隙間に紛れ込んだりしている。
擬態だな。流体騎士達の見た目や形にあまり意味はない。名前通りに実態は流体だから、目的や作戦に合わせて姿を変えることができるというのが強みだ。戦闘能力や隠密能力も高い。
だからこそ、実戦までは秘匿しておく必要があるわけだ。初見では確実に侵入者を撃破できるし、仮に逃げられたとしても、擬態や隠密が可能という性質そのものの危険度が高いから、警戒させて二の足を踏ませたり、侵入速度を遅くしたりできる。
……という事情もあって、現時点では迷宮外でも活動しているティアーズ達がこちらにも出張しているという形だ。
ティアーズ達に関して言うなら、マニピュレーターを持っている関係で装備品を作戦に合わせて変えられるから、性質が分かっていても強みが損なわれないというのがある。
まあ、飛行できて小柄という点でティアーズ達は単体で言うなら性質の分かりやすい強さだし、見せること自体はあまり問題ではあるまい。
そんなわけで魔界迷宮側の連絡通路を通り、みんなで魔王城へと向かう。
そうしているとヴィンクルから通信機に連絡が入る。
『ルーンガルド側の迷宮は連絡通路に入った人数と出ていった人数は同じ。現状では平常通りに戻った』
『こっちもそろそろ魔界迷宮を出るころだから、ユイからも連絡が入ると思う』
『わかった。魔界での護衛も気を付けて』
状況を伝えあい、改めて『ありがとう』と礼を送信しておく。
ヴィンクルはユイ、オウギ、サティレスやアルクスといったガーディアンの面々と合流して、ティエーラやコルティエーラ、ジオグランタやパルテニアラと一緒に水路レースの見学をするそうだ。水晶板を通して、後で話もできるだろう。
やがてみんなが魔王城に入り……人数の点呼を取ったり名前と位置情報の魔道具を確認したりしていると、ユイからも魔界迷宮深層部の人数が平常に戻った、と連絡がある。
『ありがとう。ヴィンクルからも連絡があったし、こっちでも人数と名前の確認ができているから……迷宮の方は一先ず大丈夫そうだね』
『みんなが帰ってくるまで深層でティエーラ様達と一緒に待機しているね。観戦もしているから、ティールにも応援しているって伝えておいてね』
通信機でユイとそんなやり取りを交わす。
ユイの言葉をそのまま伝えると、ティールは首を縦に振って嬉しそうに声を上げる。うむ。
そんなティールにみんなも表情を綻ばせつつ、魔王城地下から上階へと移動した。通されたのはバルコニーのある広間で、客室に案内する前にまず魔界の様子を見てもらおうというわけだ。
「おお……。これは……凄いな」
ドルトリウス王が魔力のラインを身体に駆け巡らせながら楽しそうな声を漏らす。
あちこちからも魔界の空を見上げて歓声が上がっていた。肌で感じる環境魔力の違いもそうだが、色が変化していく魔界の空は確かに見物だ。
薄紫、青のグラデーションがかかった空。遠くに稲光が走っているが、今の魔界の空は比較的ルーンガルドに近い印象かも知れない。剣呑な印象が強い時もあるけれど、それも魔界の荒々しい環境魔力には合っていると言えよう。
さてさて。この後は客室に案内されて、荷物を預けたら明日の水路レースまでのんびりする予定だ。ジオヴェルムの街中見学に向かう面々もいるが……ティールは明日のレースに備えてゆっくりとコンディションを整えるとのことである。
俺もティールと共に過ごし、魔道具の最終チェックをしたり、必要ならティールの体調を魔力循環で整えたりして支援するということになるだろう。
「それじゃあ、私達は観光に行ってくるわね」
「街中の護衛はお任せを」
オーレリア女王が微笑み、ロギが一礼する。
割り当てられた客室に荷物を置いて身軽になったところで、早速ジオヴェルムの見学に向かうということだ。
「楽しい時間になると良いですね。僕からもカドケウスとバロールを同行させておきますので何かあればこの子達を連絡役にしてください」
「おお。それは助かりますな」
俺の申し出にロギが笑みを見せる。連絡役としてもそうだが、何かあれば転送魔法で俺自身も駆け付けられるしな。
「ふふ。よろしくお願いするわ」
カドケウスとバロールを撫でるオーレリア女王だ。バロールを腕に停まらせた後で楽しそうに肩に乗せたりして。招かれたバロールは目蓋を何度か瞬かせていたが。
「では、カドケウスは儂が連れていくか。うむ。これでよい」
そう言って腕に猫の姿をとっているカドケウスを抱えるアウリアである。カドケウスも大人しくされるがままである。そして腕に猫を抱えるアウリアは妙に似合うな……。
「では参りましょう。案内役はお任せください」
カーラが微笑んで一礼し、ロギやブルムウッドも準備万端というように頷いた。
魔王城にも護衛は残しておく必要がある。ヴェリト達が警護してくれるそうだ。
広間でのんびりとしながら話でもさせてもらおう。
そうして街に向かう面々を見送り、広間に向かう。
茶や果実水といった飲み物、菓子等が用意してあるとのことだ。魔界の果物は……生きている状態だと物理的に噛みついてきたりするが、収穫して少し時間をおいたり加工してしまえば流石に無害である。
「魔界リンゴの果実水は美味しいわね。元の見た目を知っていると少し構えてしまうけれど」
「確かにね」
ローズマリーの評に苦笑しつつも同意する。味自体は甘さが濃密で美味しいという特徴があるのだ。魔力をたっぷり蓄えているからと推測されるな。……管理も難しそうだし繁殖してしまったりすると大変なのでルーンガルドの植物園に輸入はしないが。
「最近ではルーンガルド側の果実に合わせて食べやすいように考えて加工をしているところはありますな」
ファンゴノイド族が教えてくれる。それは何というか、有難い話である。
魔界の菓子もそれを前提にしたもののようで。焼き菓子や練り菓子に果肉や果実の風味が加えられていたりして、芳醇な香りなのでこれも美味しいな。
魔界の楽師隊も面白い。インセクタス族は楽器無しでも多彩な音色を奏でられるし、自分の身体を改造して楽器にしているパペティア族もいるようだ。
歌姫はそのパペティア族と、ディアボロス族だ。羽根を大きく広げて相当な音域で声を響かせるディアボロス族と、彼女に合わせるようにハーモニーを響かせるパペティア族。よく見るとパペティア族の歌姫は喉のあたりにあるサファイアのような宝石を振動させて色々な歌声を一人で重ねているのが分かった。
魔界の音楽文化も面白いものだな……。特にパペティア族の歌姫は色々と謎の技術を持っているというか。イルムヒルトが話を聞きたそうにうずうずとしているのが傍目にも見て取れるが。
と、そこにアルディベラとエルナータのベヒモス母娘が顔を出した。
「おお。テオドール」
「こんにちは……!」
二人が明るい笑顔で迎えてくれる。
「エルナータちゃん……!」
「うん、ラスノーテちゃん」
ラスノーテとエルナータがその姿を認めると両者とも小走りで近づいて行って、お互いの手を取り合うようにして再会を喜んでいるな。人化の術を使っている状態だと体格差があるのでエルナータの差しだす手にラスノーテが手を乗せるような形ではあるが。
アルディベラ達がルーンガルドに来た時に仲良くなった二人である。そんなラスノーテ達を見て、メギアストラ女王とペルナス、インヴェルは微笑ましそうに目を細める。
魔界の竜達も俺達の訪問に合わせて遊びに来るという話なので、ルベレンシアと水竜親子も彼らに会うことができるだろう。