番外1816 成長の実感を
ガーディアン達による打ち合わせも割合スムーズに終わり、警備計画に沿って準備も進められて……やがて魔界を訪問する日がやってきた。
まずタームウィルズに転移門でやってきて、全員が合流した後に月神殿から魔界へと向かう予定だ。
俺達も転移港の迎賓館にて、みんなと共に来訪を待つ。
「魔界の魔物か。魔王都周辺にそれほど強力なものは出没しないのだろうが、護衛任務となると油断はできないな」
「周囲の探知はしておくから、いざとなったら専用装備の着用も視野に入れておいてね」
テスディロスにそう答える。氏族の面々はサーコートやローブを纏っていて正装に近い服装ではあるのだが、いつでも専用装備を身に纏って戦うことができる。
「今身に着けている衣服も良いものですからね。そういう意味でも安心です」
オルディアが微笑む。氏族長達のサーコートも、アルケニーの糸やヒタカの大蜘蛛達の糸で編まれており、刺繍の裏地で刻印術式を施しているのでれっきとした戦闘装備だ。闘気や魔力を併用すれば生半可な鎧よりも強固だろう。
俺達の服装はと言えば、俺は魔道具の操作。ティールはレース参加という目的はあるけれど、他のみんなはその現地観戦ということで、かなり観光に近い目的だ。
ルーンガルドを代表しての訪問ということもあって、あまりラフな格好で人前に出るわけにもいかない。ただ、水竜の鱗とアルケニーの糸を使ったプロテクターなどはしっかりインナーとして着用させてもらっている。何かあればテスディロス達と共に前に出て守りながら戦えるだろう。
そうやって迎賓館で茶を飲みながら話をしてのんびりしていると、転移門の方からイスタニア王国のギデオン王達が現れる。メルセディアに案内されて、迎賓館に通されてきた。
「これはギデオン陛下」
「ああ、テオドール公……!」
ギデオン王はダンスホールにいる俺達の姿を認めると屈託のない笑顔を見せて小走りで近寄ってきた。
イスタニアで民から親しまれ、慕われてもいる少年王であるが、明るい笑顔は歳相応といった感じのギデオン王である。
「お元気そうで何よりです」
「テオドール公こそ。ご活躍のお話はイスタニアまで届いておりますよ」
ギデオン王が朗らかに応じる。そこにヒタカの面々も顔を出した。カギリやテンドウ、ユキノやソウスケといった面々も一緒で……積極的に外と交流していこうという意思が見えるな。
挨拶をしてから初対面の者同士を紹介すると、カギリは静かに頷いていた。
「その若さで一国を治めているとは」
ギデオン王を紹介するとカギリは目を閉じて感心している様子であった。
「私などはまだまだです。テオドール公という、素晴らしい先達がおりますから。私も頑張らねばならないと思う次第です」
「いえ。僕は周囲の人達に恵まれていたからですね。ですから時には無理をなさらず、周囲の方達を頼って安心してもらったり息抜きをすることも大切かと」
そう苦笑してギデオン王に答えた。
実際、俺は平行世界の自分や景久の記憶や経験があるし……母さんやグレイス達。ロゼッタ、メルヴィン王にアウリア……お祖父さん達と、気にかけてくれた人や支えてくれた人が沢山いるからこうなっているが、何かあればまた今の形とは違っていただろうからな。
「なるほど。それも一理ありますね。此度の魔界訪問、楽しませていただきます」
ギデオン王は俺の言葉に感じ入るかのように頷いていた。そんなやり取りにギデオン王と一緒にやってきたイスタニアの側近達もしみじみと頷いたりしているな。
ギデオン王は真面目で清廉な人柄と評判だからな。若いからこそ頑張っているというのは分かるので、側近達も心配していることだろう。水路レースが良い形での息抜きになるといいな。
カギリもそんなやり取りに微笑みを浮かべていた。基本的に子供好きな護り神なのである。
更に南方のネシュフェル王国からオーラン王子。ギメル族の巫女頭エフィレト、ラプシェム達が共にやってくる。ネシュフェル王国とギメル族はジェーラ女王の事件後も良い関係が続いているようで、オーラン王子とエフィレト達が接する雰囲気も柔らかいものだ。談笑しながらやってくると、俺達の姿を認めて挨拶をしてきた。
「その後の関係も良さそうで何よりです」
「ギメル族は私達にとって祖を同じとしているからね」
「セルケフト陛下やオーラン殿下が私達を尊重してくれているからでもありますね」
俺の言葉に機嫌が良さそうに笑って応じる二人である。
地底のドルトエルム王国からもドルトリウス王やナヴェルがやってくると、フォロスが弾みながら近づいて挨拶をしているな。
同盟各国の面々、国内の親しくしている面々も続々と姿を見せる。みんな機嫌が良さそうで、水路レースに期待されていたことが分かるな。
ジョサイア王やフラヴィア王妃も挨拶をして、賑やかな雰囲気である。
各国の首脳陣が集まっているから、警備体制も相当なものだ。転移港ではヴェルドガル王国が警備を担当しているが、各国からも精鋭が護衛としてやってきている。俺達と面識があって信用のおける面々を中心に編成しているというのもあって、こちらとしても話が通しやすかったり連携しやすかったりで助かるというものだ。
そうやって談笑しながら待っていると、ベシュメルクの面々が現れた。クェンティンとコートニー夫人。デイヴィッド王子とガブリエラにマルブランシュ侯爵。スティーヴン達も護衛としてついてきているな。
「スティーヴン、みんな」
「いらっしゃい。待ってた」
「おお、二人とも」
カルセドネとシトリアが小走りでスティーヴン達のところへ行く。あまり感情表現の激しくない二人であるが、口元に微笑みを浮かべていて嬉しそうだ。ユーフェミアやエヴリン達もカルセドネとシトリアを明るく迎えていた。
「ふふ。カルセドネとシトリアが喜んでいるのを見ると、こちらも嬉しくなりますね」
「はい。ガブリエラ様」
ガブリエラがその姿に微笑みを浮かべ、エレナがにっこりと笑う。各国の面々との魔界訪問ということで、ある意味で一番気合が入っているのがベシュメルクかも知れないな。
クェンティンとコートニー夫人とも言葉を交わす。
「デイヴィッド殿下もご無沙汰しています」
デイヴィッド王子に声をかけて髪を撫でると、嬉しそうににこにこと笑って俺を迎えてくれた。
「殿下は、前にお会いした時より大きくなりましたね」
何でももう、一人で立ち上がることもできるし少しだけなら歩くこともできる。短い言葉も意味を理解した上で口にするようになってきたとか。
もう少しすると、赤ん坊というよりは幼児、といった方がしっくり来る印象になってくるかな。
「お陰様で健やかに育っております。歩けるようになって前より目が離せなくなったというのはありますが、親としては喜ばしいことですね」
「デイヴィッドだけではなく、オリヴィア様達もすくすくとお育ちになられているようで結構なことです」
クェンティンとコートニー夫人が言う。
「ふふ。普段から毎日見ていると逆に実感しにくくなるものですが、確かに顔を合わせると水晶板越しより成長がわかりやすいですね」
グレイスがデイヴィッド王子の成長ぶりに頷きつつ言う。そうだな。デイヴィッド王子は身長も体重も順調に増しているが、それは翻って見ればオリヴィア達もクェンティン達から同じようにしっかり成長していると見られているわけで。そうした実感を持って見てもらえているというのは、子供達が健やかに育っていることが客観的にも分かるということで喜ばしいことだな。
さてさて。そんな調子で顔を合わせて子供達の成長ぶりを確認したりしながら、全員がそろったところで移動することとなった。
広場に大きな水晶板を設置しているので、それを見てもらいながらも魔界へと移動していくこととしよう。