番外1814 水路レース見学に向けて
そうやってイグナード王を始め、同盟各国や国内の有力な貴族にも放送用の大型水晶板を引き渡し、荷船や水路に中継用魔道具を取り付けて、一日一日が過ぎていった。
あちこちで周知も進んで、日に日に魔界の水路レースの話題が各地の住民や冒険者達、行商人といった面々の間でも語られるようになっていく。
仕事の一環として魔界に足を運んで水路に魔道具を取り付けたりしている間に夏も段々と過ぎていき、秋口も近づいてきた。
段々と涼しい日も増えてきて、フォレスタニアの外も日に日に過ごしやすくなっているようだ。
「それが、魔界の水路?」
フォレスタニア城の通信室で魔道具のテストをしていると、ペルナス、インヴェルと共に遊びにきたラスノーテが水晶板に映し出された風景を目にして、小首を傾げて尋ねてくる。
「ああ。ここで競技をするんだ」
「綺麗な水が流れていて良さそうなところ、だね」
と、水晶板を見てラスノーテがにっこりと微笑む。水竜としては水の状態等にも一家言あるのだろう。水の精霊殿も確かに綺麗な場所であったが。
「仮想訓練施設でしか知らないけれど、水質や環境魔力も再現されているのなら……綺麗だし力強くて暖かい感じのする場所だったわね」
キュテリアがラスノーテに答えると、ふんふんと頷く。
「ラスノーテが興味を持っているようだし、魔界の水脈も一度訪れてみるのもいいかも知れないな」
「あちらにはメギアストラ女王を始めとして、竜もルーンガルドより多いようですからね。竜同士での交流というのも、いい経験になると思います」
ペルナスとインヴェルも、そんなラスノーテの言葉に頷いていた。ルーンガルドだと竜は人里から離れた秘境に籠っている場合が殆どと言われているな。
知性がある竜は魔力溜まりを好まず、さりとて薄い魔力だと活力が得られないから、清浄な魔力の宿る――霊場や聖域などと呼ばれそうな場所を塒としている。あまり積極的には活動せず眠りについて過ごすことが多いようだ。長命で時間のスケールが違うからな。眠りの期間だって人間から見ると相当長い。
反面、魔界の竜は割と積極的に活動していることが多い。これは恐らく、ルーンガルドと魔界の、環境魔力の全体的な傾向の違いに起因していると思われる。
竜とて精霊や妖精程ではないが、環境魔力にも影響を受けているということだ。
ルーンガルド側はティエーラがコルティエーラと分離して落ち着いているのに対し、魔界はもっと荒々しい。火山活動にしろ何にしろもっと活発で、変異点も点在しているのだ。竜も荒々しく濃い魔力下で暮らしていれば、活動も活発になる、ということだろう。
ともあれ、ペルナスやインヴェルとしてはラスノーテにとっての学びの機会と捉えているようで、魔界の水脈を訪れてみることに積極的なようだ。
「良いと思う。あっちの竜はかなり友好的な顔ぶれしか魔王国に来ないし、魔界水路はかなり管理が行き届いていて、変異点もないみたいだから」
「我やメギアストラが共にいれば、普段見ない竜であっても襲われるようなこともないであろうしな」
と、ルベレンシアがにやっと笑って言う。
「魔界の竜達にも通達をしているそうだからね。祭典に合わせて見学に行けば、他の竜達とも交流できると思う」
俺からもそう伝えると、水竜夫婦も嬉しそうな笑みを見せた。
「では、その時に合わせて」
「テオドール達ともご一緒できるのですね」
ラスノーテも両親の言葉に、にこにことした表情で元気よく頷く。
魔王都ジオヴェルムやクシュガナの水路駅にも水晶板を置く予定なので、現地での観戦はかなり盛り上がりそうだ。
魔道具の調整も……いい具合だな。分割表示もできるし、小型モニターに個別の映像を出すこともできる。
瞬時の切り替えと一時的な追いかけ再生に、何度かのリプレイ。これらも問題ない。
魔王国の水路にはここ最近何度か足を運んでいるが、そこで見た時と同じ。ごく平和な水路の日常が広がっている。
地下水脈に関しては官民における輸送といった物流だけでなく、旅行や行商などの魔王国内の移動にも使われることがある。陸上を移動するよりも安全なので魔界の海の民だけでなく、陸で暮らす種族も水路を利用することがあるわけだ。
その際、陸上の種族には水中活動用の魔道具が貸し出されたり、移動支援のための案内人がついたりするわけだ。
船に乗せて水路を移動するという、陸上における乗り合い馬車……というよりは人力車や駕籠のようなサービスも民間では行われているようで。客船に乗り込んだ陸上種族が水路を移動している光景も見られるな。
「あっ。本当だね。ケイブオッター族の人が客船を牽いてる」
魔界の水路事情について解説するとユイがモニターの映像を見ながら言った。船はカプセル型で、中に乗り込んで通常の呼吸が可能なタイプだな。内部にはインセクタス族やパペティア族といった顔ぶれが見える。
こういう客船を利用するのは比較的金銭面に余裕がある層、急ぎの用事がある際が多いらしい。海の民が曳航した方が、陸上種族が不慣れな水中を自分で移動するよりも遥かに高速で移動できるからだ。
荷船についても、陸上の荷物を運ぶのも普通に行っている。その為、荷が濡れないように工夫がされているらしい。陸上の都市部で積み込み作業を行い、その後水路へと向かうという具合だな。
水中活動用の魔道具貸し出しについては魔王国側の提供している公共サービスなのでほとんど実費程度で非常に格安で利用可能とのことだ。まあ、水路の利用者が把握しやすくなって治安も良くなるという利点もあるのだろうが。
そうした情報を伝えると、通信室に顔を出していた面々も興味深そうに頷いていた。
「グランティオス王国でも参考にできそうなお話ですね」
ロヴィーサはそう言って思案している様子だ。確かに……グランティオスへの旅行や海底観光、貿易に興味がある陸の民は多いかも知れない。客船に乗せて海底の都市部に向かって曳航したり、水中活動用の魔道具を貸して都市内部に滞在してもらったりといったことも可能だ。
公爵領や月光島でもそうした事を行っていくなら陸上側の窓口や補給地点として支援できるだろうしな。まあ、今のところは何か具体的な形になっているわけではないから、今後エルドレーネ女王から打診があったら進めていけばいいとは思うが。
ともあれ中継用魔道具のシステムは実際に動かしてみても問題ないようだ。機能確認もできたし、競技に使う荷船への装備も進められているから、後は俺達としてはティールの訓練を進めながら待つだけ、ということになるな。
さてさて。当日魔界に訪問して現地観戦したいという面々が結構多く、国内や各国から連絡を受けている。
ティールのトレーニングは軌道に乗っていて、結果として数値にも表れていて順調だ。
ティール達が仮想訓練施設の扱い方にも慣れてきて手がかからなくなっているということもあり、俺の方も余裕があるので護衛部隊の編制、計画等もジョサイア王と相談して進めさせてもらった。
こうなると魔界を訪れるのは初めてという面々も多いからな。各国の面々が魔界を訪れてレース見学というのも同盟各国と魔王国の親善に繋がって良いことである。
『我らとしても当日を楽しみにしている』
『歓迎の用意をして待っているわ』
メギアストラ女王とジオグランタがそう言って笑みを見せた。
ジオヴェルムとクシュガナでそれぞれ歓待の用意をしてくれているとのことで、レースの始まる前に魔王国を訪問してまずはジオヴェルムでのんびりしてからクシュガナへ移動するという形になるだろう。